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『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』「ガースー」を笑えたら・・・。

鈴木 洋仁2020年12月23日
喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書

作者:読売新聞政治部
出版社:新潮社
発売日:2020-12-16
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笑えなかった。あなたも、「ガースーです」と自称した菅義偉総理を笑えなかったのではないか。世の中の空気を読みまちがえただけではない。イントネーションもちがう。寿司をひっくりかえした「シースー」のように、平板に言わなくてはならない。

「鬼滅の刃」にあやかって「全集中の呼吸で」を国会答弁でつかったときも、菅総理は「すべった」。つまらないから、だけではない。「2020年」は、コロナのせいで「絶対に笑ってはいけない1年間」だったからだろう。

本書に書かれているのは、そんな2020年までのドロドロした政治である。その「知られざる履歴書」が、これでもかと詰めこまれている。リアルタイムの現場報告であり、新聞記者らしい読みやすい文章に引きこまれる。

「令和おじさん」と彼を呼んでいたのは、もう、昔のこと・・・。「令和」発表直後のアメリカ訪問はもちろん、幹部官僚40人を引きつれていたことは「知られざる」というより、ほとんどの人の記憶にいないだろう。しかもこれで、当時の安倍晋三首相周辺は「菅さんから『けんかを売られた』と感じた」というから、政治の世界は、こわい。その「喧嘩の流儀」を笑えない。

菅は内外からの人気を博し、自民党は、昨年7月の参議院選挙に圧勝する。翌月、菅は、同じ神奈川県選出の小泉進次郎を首相官邸に呼ぶ。安倍総理と面会させ、フリーアナウンサーの滝川クリステルとの結婚を報告させたばかりか、その場で発表させる。環境相として初入閣させるための、つゆはらいだった。くわえて、「菅カラー」とされる2人の側近も内閣改造で重要閣僚に押しこむ。経産相の菅原一秀と、法相の河井克行である。

権力をほしいままにしたかに見えたそのとき、「文春砲」が菅を襲う。側近めがけた3連発だった。

まず10月10日発売の週刊文春で菅原経産相の「秘書給与ピンハネ」「有権者買収」が報じられ、菅原は辞任に追いこまれる。つぎに狙われたのは河井法相だった。彼の妻・案里陣営による参院選での公職選挙法違反疑惑を、同誌はスッパ抜く。もちろん彼も辞任し、わずか1か月半で閣僚2人、それも側近を失った菅は凋落する。

とどめに12月にも、菅側近の和泉洋人首相補佐官と、厚生労働省の女性官僚との「不倫」を同誌はスクープする。和泉は辞職だけはなんとかまぬがれたものの、ほとぼりの冷めるまで謹慎状態を強いられる。

菅にとっての凶事はつづく。彼は、カジノを含む統合型リゾート(IR)の日本への導入を熱心にあとおししてきた。そのIR事業参入を目指していた中国企業から賄賂を受けとった疑いで、内閣府のIR担当副大臣・秋元司衆院議員が逮捕される。

「菅さんには今、安倍さんの代わりになろうとするオーラは感じられませんけどね」と、同じころ、麻生太郎副総理兼財務相は切りすてた。

こうした「菅包囲網」ともいえる動きにたいして、「やるなら真っ正面から来いっていうんだよな」と菅は言いはなったという。たしかに、本書のタイトル「喧嘩の流儀」は、この負けん気の強さからくる。

それは、ときに外交面での成果に結びつく。アメリカは、空母艦載機部隊の離着陸訓練場所に困っていた。そこで側近の和泉洋人をつかい、鹿児島県馬毛島(まげしま)を買収し、米軍に提供する。あるいは、沖縄の在日米軍訓練場を返還させる。どちらも、外国の交渉相手ではなく、国内の実力者をおさえたからだった。

人脈を築くだけではなく、権力をもっている人を見ぬいて近づく。これこそ、横浜市議会議員時代から菅のつちかってきた「知られざる履歴書」の賜物だった。

ところが、2020年の新型コロナ対応では、「喧嘩」も「履歴書」も使えない。

地元・横浜港に帰ってきた「ダイヤモンド・プリンセス号」での感染者対応では弱音を吐く。全国の小・中学校などへの「一斉休校」では、決定はおろか、検討の場からもはずされる。東京オリンピック開催延期を決めた、IOCのトーマス・バッハ会長との会談にも同席していない。

そんな菅と、安倍との「すきま風」を報じたのは、本書の著者・読売新聞の政治部だった。記事の自己検証というべき、つぎの部分は、本書の読みどころである。

安倍と菅の2人について、内心どうあれ、互いを悪ざまにののしったという場面があったと証言する関係者はいない。すきま風が言われている中でさえ、菅は執務日には必ず、安倍と顔を合わせて話をしていた。お互いが相手に対して疑心暗鬼になったというのが最も真相に近いようだ。

みじかい文章の積みかさねにより、読みやすい本書にあって、めずらしくまどろっこしい。安倍と菅、それぞれに十分すぎるほど気をつかい、もちろん笑えない。

じっさい、このあと、アベノマスク、4月の緊急事態宣言発令、全国民への一律10万円給付などから、菅は蚊帳の外におかれる。

ところが、こうした政策は、ことごとく「すべった」。結果として菅は、息をふきかえし、着々と総理への階段をのぼるのだが・・・。そこから先は、ぜひ、本書で確かめてほしい。

「2020年」は、現在進行形で過去にはならない。ふりかえる意味でも、来年の総選挙にそなえるためにも、本書を手ばなせない。「ガースー」を、こころから笑いとばせる日は、いつか来るのだろうか。