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『喰うか喰われるか 私の山口組体験』山口組を50年間見続けた男 「遊侠の徒」へのまなざし

鰐部 祥平2021年7月3日
喰うか喰われるか 私の山口組体験

作者:溝口 敦
出版社:講談社
発売日:2021-05-17
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ノンフィクション作家の溝口敦といえば、暴力団(ヤクザ)関連を中心に多くの著作を持つ、この分野では有名な書き手だ。『五代目山口組』の出版をめぐるトラブルから山口組関係者に背中を刺されるなど、危険な目にもあってきた。山口組を50年間ウォッチし続けてきた男なのだからさぞ任侠の世界に興味があったのだろうと思いきや、学生時代はヤクザにまったく関心がなかったという。

就職し、『週刊アサヒ芸能』記者として山口組の取材に取り組んだのが初めてのヤクザとの接触だったという。もっとも、このときはとくになんの感慨もなく終わったらしい。

その後、徳間書店で月刊誌『TOWN』の創刊メンバーとなった溝口は、〈日本一山口組の政治と犯罪〉というドキュメンタリー企画に編集部員として参加する。これが転機になった。徳間書店を退社した後、これを基にした『血と抗争』を著し出版する。

以降、山口組と一和会の間で起こった「山一抗争」に始まり、五代目・渡辺芳則の襲名、五代目若頭にして宅見組組長だった宅見勝による「傀儡(かいらい)政治」とそれに反発した組員による暗殺事件、弘道会・司忍のクーデターによる六代目襲名と山口組分裂などの事件をつねに間近で取材してきたのである。

本書には、各事件の際に山口組幹部が何を考え発言し、どう動いたかがつぶさに記されている。まさに山口組の歴史書といっていいだろう。

著者が執筆にあたって交流を持った人物についての記述もある。山一抗争で暗殺された竹中正久の伝記を書く際、実弟の竹中組組長・竹中武に協力を仰いだ。すると出版を快諾するだけでなく、兄の「エエことも、悪いことも」書いてほしいと言われた。兄が喧嘩で「ゴテゴテにやられた」話などを、明け透けに語ったというのだ。道理をわきまえ、地頭が良く侠気のある人物で、著者との信頼関係は竹中が亡くなるまで続いたようだ。

一方、ヤクザの負の面としては山健組が挙げられている。山健組は内部でも追放や破門が多く、同系列の組員を襲撃、暗殺することもあるようで、任侠というよりはマフィアのような世界だと著者はいう。

昨今、ヤクザをめぐる環境は厳しい。法律による締め付けは厳しさを増し、「さすがに人権侵害なのでは」と懸念する向きも一部にあるようだ。ヤクザは彼らの人権を無視してまでも憎むべき存在なのか。著者はあとがきで、「この世に少しぐらい彼らのような遊侠の徒がいてもいいんじゃないかとも感じる」と語っている。

暴力団というと遠い世界の話のようにも思えるが、実は評者自身、10代の頃には暴力団関係者と接触する機会があった。著者のような山口組大幹部との接点というわけではないが、彼らと同じ世界の末端にいるヤクザたちの人生を垣間見る経験をした。

彼らの生き方を批判するのは簡単だ。もちろん評者もすべてを肯定する気はないし、彼らの悪い面は多く見た。だが一方で、人間くささや愛嬌のある行動、そして苦悩も見た。彼ら一人ひとりは何らかの理由で社会から落ちこぼれ、這い上がろうとあがく人間なのかもしれない。ある意味では社会の映し鏡でもある。著者のヤクザ観にささやかな共感を覚えずにいられない。

※週刊東洋経済 2021年7月3日号