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地球温暖化問題を考えるヒント『地球の未来のため僕が決断したこと』

久保 洋介2021年9月15日
地球の未来のため僕が決断したこと

作者:ビル・ゲイツ ,Bill Gates
出版社:早川書房
発売日:2021-08-18
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気候変動メカニズムやその対応策についての議論は、抽象論から枝葉末節まで玉石混淆に陥りがちだ。「脱炭素」「EVの普及」「エコバック」など、毎日のようにメディアでキーワードが飛びかっているが、結局なにから手をつけるべきなのか分かりづらい。地球温暖化問題に対して、どのような視点からアプローチしていけばいいのか分からないと悩む人は少なくないはずだ。

今回、この問題を考える上で分かりやすい「考え方」を示してくれるのが、本書の著者、マイクロソフト共同創業者で慈善活動家であるビル・ゲイツである。エンジニアである著者が本書で紹介する思考の枠組みは、工学的でロジカルなものだ。各対応策の温室効果ガス削減量を定量比較し、甲乙つけるという手法である。

例えば「排出権取引によってある業界の排出量が年間1700万トン減少した」との記事があった場合、これが効果的かどうか素人には判断しにくい。一見、年間1700万トンは大量のようにも思える。ただこれを世界全体の排出総量に占める割合にひきなおすと、削減効果はたったの0.03%にしかならない。仮にこの取引の排出削減幅が年間1700万トンで頭打ちなのであれば、これは枝葉末節な温暖化対策である(もちろん、この%が将来的に大きくなる見込みであれば有用な対応策になりえる)。

このように世界で排出される温室効果ガスの総量対比で分析するのが、著者がおすすめするコツだ。参照する排出量は年間510億トン。内訳は、製造業が31%、電力が27%、農業が19%、輸送が16%、空調が7%となる。

地球温暖化対策では、「石炭火力発電所撤廃」や「EV・水素車の普及」があたかも万能な対応策のように語られがちだが、実はそれらの定量インパクトは電力分野による排出量(全体の27%)と輸送分野(同16%)の一部にしかならない。いくらそれら課題に一生懸命対応しても、排出量の大きな製造業や農業での排出量削減にはつながらないのだ。たとえば鉄鋼とセメントの製造業はそれだけで世界総排出量の10%を占める一大排出源だが、いくら石炭発電所撤廃やEV普及を推進しても、この分野での排出量削減にほとんどつながらない。

このように著者は、定量分析と排出源別分類をもとにした思考的枠組みをもって、それぞれの地球温暖化対策の効果を分析する。科学者、ビジネスマン、政治家、環境NGO職員らにとっては有用となる考え方のはずだ。この思考法を理解するためだけに本書を買っても損にならない。

本書ではさらに、510億トンの年間排出量をゼロにするため、どのようなアプローチをとるべきかと議論を深堀りする。詳細は本書で確認してもらいたいが、製造業・電力・農業・輸送・空調それぞれに技術的な対応策を提示し、さらにこの対応策を考える上でも重要な思考的枠組みを提示する。それが「グリーン・プレミアム」だ。

著者は、排出量ゼロを達成するためにかかる追加コストを「グリーン・プレミアム」と定義する。ガソリンをクリーン燃料(クリーン電力、水素など)に代替するために追加で支払うコストや、コンクリート・プラスチックを製造する過程で排出される温暖化ガスを吸収して排出量を実質ゼロにするための追加コストなどである。著者は技術的イノベーションによって経済合理的にこのグリーン・プレミアムをゼロに近づけるアプローチが必要と本書で力説する

一方、「いくらコストがかかったとしても脱炭素化を急進的に進めるべきだ」と追加コストを無理強いするアプローチは独善的かつ偽善的とし、途上国にとっては苦痛でしかないというのが著者の主張だ。これまで途上国支援を続け、その苦労を肌身で感じてきた著者であるからこその見解である。イノベーションや政策によってグリーン・プレミアムをゼロに近づけない限り(経済合理的な方法でゼロに近づけない限り)、途上国含めた全世界的な脱炭素は成立しないとの考え方がベースにある。

「脱炭素は必ず達成できる」「巨大なビジネスチャンス」と著者は前向きに本書をつづっているが、同時にその難しさも理解している。その証拠に本書の第二章のタイトルは「道は険しい」だ。マイクロプロセッサの性能が毎年2倍改善していったコンピューター業界のような急激な成長はこの分野では不可能と言いきっている。

ビル・ゲイツによる明快な解決策を期待していた読者には少しがっかりかもしれないが、著者は排出量ゼロ達成に向かう現実的で具体的な計画を真摯に議論しているのだ。著者特有の歯切れの良い論理展開は本書でも健全である。本書は、気候変動に対峙しようとするあらゆる人に読まれるべき指南書である。