おすすめ本レビュー

『六方よし経営』「三方よし」を拡張する作り手・地球・未来への配慮

堀内 勉2021年10月9日
六方よし経営 日本を元気にする新しいビジネスのかたち

作者:藻谷 ゆかり
出版社:日経BP
発売日:2021-07-15
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

本書は東京から長野に移住した経営エッセイストで、「地方移住×起業×事業承継」を支援する巴創業塾の藻谷ゆかり氏による、「六方よし経営」の勧めである。

「六方よし」とは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」という近江商人の「三方よし」に、「作り手よし、地球よし、未来よし」を加えた新たな経営理念である。これは、元国連職員の田瀬和夫氏により、SDGs時代の理念として提唱されたものである。

本書は、日本でその理念をすでに実践している事例を研究し、「六方よし経営」実現のための具体的なプロセスを明確にするものだ。

まず、「三方よし」では、取引を行う者が、「自分の利益追求だけでなく社会にも貢献する」。売り手と買い手、「二方」の利益に「世間よし」というCSR(企業の社会的責任)的な側面が加わっている。

 

これに新しく3つの「よし」を加えたのが「六方よし」だ。経済のグローバル化によりサプライチェーンが複雑化すると同時に、大量生産・消費が地球環境の悪化を招き、人類の存続をも脅かす。そんな今、「三方よし」を「六方よし」に拡張すべきだと著者はいう。

 

「作り手よし」は取引先やその子会社の従業員まで含めたすべての作り手への配慮、「地球よし」は地球環境への配慮、そして「未来よし」は地球や人類の未来への配慮である。現代の企業経営においては、「六方」すべてへの目配りが求められる。

なお、本書の「六方よし」の対象に株主は入っていない。企業数の96.3%を同族企業が占める日本では、ほとんどの場合、「経営者=株主」。つまり、短期的な利益を追求する株主への配慮は必要なく、長期的な視点から経営を考えられる。逆にいうと、本書の「六方よし経営」は日本でこそ実践しやすい手法なのだ。

それでは実際の経営に当たって、経営者はどこからどのように「六方よし」をはじめればよいのだろうか。

それには、①まず既存事業が「三方よし」やそれ以上の「よし」を実践しているかチェックしてみる、②今取り組んでいる新規事業や新製品開発に「六方よし」を取り入れられないか検討してみる、③社内起業を最初から「六方よし経営」で企画する、という3つのやり方がある。

著者は、日本の「六方よし経営」の事例研究を通じて、「六方よし」に至る典型的なプロセスを見つけたという。その手始めは、普段の仕事や生活とはまったく異なる経験をしたり、未知の人々と交わったりする「越境学習」だ。

こうしたプロセスを経ると、自分たちの既存の事業や、地場産業や伝統工芸といったこれまで身近にあった地域資源について、改めて価値を発見できるようになるのだという。

本書では、小さな会社の先進的な14の経営事例を、①既存事業と地域を活性化する経営、②社会課題を解決する経営、③地域資源の価値を高める経営、の3つに整理して紹介している。

いずれのケースも多額の資本投下をせずに業績を伸ばしている。これから「六方よし経営」に取り組もうとする経営者だけでなく、ベンチャー型事業承継や社会的起業を志す人たちにとっても、参考になる資料である。

※週刊東洋経済 2021年10月9日号