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トムとジェリーも計測に大活躍!なんも知らんかった『南極の氷に何が起きているか』

仲野 徹2021年11月27日
南極の氷に何が起きているか-気候変動と氷床の科学 (中公新書, 2672)

作者:杉山 慎
出版社:中央公論新社
発売日:2021-11-18
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 いうまでもなく、地球温暖化が問題になっている。気候変動、動植物の分布、疾病構造の変化などと並んで、海面上昇も大きく影響をうける現象のひとつだ。「温暖化→氷の融解→海面上昇」という流れはわかりやすい。では、そこに南極の氷がどれくらい寄与するのか?その答を知っている人は多くないだろう。

現時点ではほぼ無視できるが、いずれ大きな影響を及ぼすに違いない、というのが正解だ。このことを理解するには、地球上に存在する大量の氷、すなわち氷河や氷床のことを知らなければならない。氷河とは、「雪から作られ」、「陸上に形成され」、「流動する」、氷の塊のことをいう。そして、氷床とは「氷河のうち規模の大きなもので、現在の地球では南極とグリーンランドに存在する」ものを指す。なるほど、そんな定義すら知らんかったわ。

南極の氷床はきわめて特殊である。最大の特殊性は、その巨大さだ。面積は約1400万キロメートルと日本の約37倍、もうひとつの氷床であるグリーンランドに比べて8倍以上も大きい。いばるわけではないが、もちろんこのことも知らなかった。よく目にするメルカトル図法の地図では南極をうまく描けないのでイメージを抱きにくいせいもある、と言い訳しておきたい。

そこにある氷の量は2450万ギガトンである。と言われても、聞いたことのない単位でピンとこない。1ギガトンは一辺が1キロの水の立方体の量だから、むちゃくちゃでかい。さらに、密度の関係で、氷にすれば体積は約1割増しになる。日本全体の降雨量が年間640ギガトン(640万ギガトンとちゃいます、念のため)というから、2540万ギガトンというのがいかに膨大な量であるかがわかる。

地球上の氷の量(≒氷河の氷の量といっていいだろう)に占める南極の氷の割合がまたすごい。なんと89.5%に達するのだ。二位のグリーンランド氷床が9.9%なので、それ以外の山岳氷河を全部あわせても1%に満たない。たいがい巨大に見える山岳氷河がその程度でしかないとはびっくりだ。氷床、すごすぎ。

もし南極氷床がすべて溶けたら、海面はなんと58.3メートルも上昇する。この地図は海面が50メートル上昇した時の日本地図だ。国土の約17%が水没し、関東平野はほぼ全滅、北海道は二つの島に分断される。いくら温暖化が進んでもそんなことにはならないだろうという気がするのだが、地球の歴史を振り返ると50メートルというのは荒唐無稽な話ではないらしい。

第一章『「地球最大の氷」の実像』では、このような南極氷床のことがブリーフィングされる。思わず、そうやったんや!と声を出してしまうほど驚いた。しかし、驚きはここで終わらない。しつこいようだが、全編、知らないことばかりだったのだから仕方ない。それには無理からぬところもある。南極氷床についていろいろなことがわかってきたのは最近のことにすぎないのであって、それは観測技術の向上によるところが大きい。そのあたりを解説するのが第二章『南極の氷の変化をどう知るか』である。

人工衛星による氷床の高さ測定は、さすがに想定内であった。だが、それだけでは不十分で、氷床の下にある大陸の変化も知らねばならない。さらには、氷の質量を知るために重力の変化が利用されている。ちょっと信じがたいが、重力変化を引き起こすほど南極の氷床はバカでかいのだ。ちなみに、そのためにGRACEという衛星が用いられていて、愛称は「トムとジェリー」というのがなんだかかわいくておもろい。

上空約500kmで、およそ220km先を飛ぶジェリーをトムが追いかけている。山岳地帯のように大きな質量があれば、その質量が産み出す重力によって先をゆくジェリーが加速され、トムからの距離が離れる、それを測定するという算段だ。

他にも最先端技術が駆使されているが、海面上昇に与える影響を考えるのに重要なのは「インプット・アウトプット法」である。インプットは氷床における「表面質量収支」で、これは降雪量と氷の融解の収支による。温暖化しても南極の気温は氷点下のままなので、氷床表面での融解はごくわずかである。なるほど、言われてみればそうですよね。知らんかったけど。一方のアウトプットは、図にある「棚氷」(海洋にせり出している氷床)が重要な役割を担っていて、海水に接している面での融解である「底面融解」と、氷床が割れて海洋に流れていく「カービング」がある。これらインプットとアウトプットのプラスマイナスによって氷床の量が変動する。と、ここまでが南極氷床の現在を知るための基礎知識だ。

第三章がメインイベント、『崩壊する棚氷、加速する氷河』である。この24年間、年平均で100ギガトンの氷が南極から失われている。けっこうな量だが、全部で2540万ギガトンもあるのだから一万分の一にしかすぎない。しかし、これが次第に加速していると考えられているので油断はできない。かつて南極氷床の変動は100年単位の時間が必要だと考えられていたのだが、最新の観測によると10年単位での変化が認められるようになっている。これはおそらく温暖化の影響と考えられている。特に顕著なのは、西部の氷床、西南極氷床の急速な減少である。

そのような変化の影響が詳しく述べられているのが、第四章『南極の異変は私たちに何をもたらすか』だ。氷床融解が加速している西南極の氷床がすべて融けると海面が5メートル上昇する。その時、日本の主要都市はこれだけ水没してしまう。ここには総人口の16%も集中しているから、いかに大きな影響を及ぼすかがわかるだろう。

影響は海水面だけに留まらない。海洋大循環と呼ばれる1000年から2000年で地球を一回りする「海洋のベルトコンベア」がある。氷床融解はこの大循環に影響を与えて、地球の温暖化や二酸化炭素量増加が、悪循環のように促進されてしまう可能性も指摘されている。そして話は第五章『気候変動と地球の未来』、終章『そして、私たちは何をすべきか』へと進み、地球温暖化についてどう考えて対処すべきかが示される。

本書執筆の大きな動機となっているのは、近年の気候変動と、氷床融解によって懸念される地球環境への影響である。しかしながら、そのような内容に加えて南極氷床そのものについて詳しく紹介する機会となったのは、正直とても嬉しい。

全編、とても平易な解説で、密度、重力、質量など、中学校で学ぶレベルの物理、じゃなくて理科の知識があれば十分に理解できる。さらには、数年に一度は研究のために南極へ行かれるという著者、北海道大学低温科学研究所の杉山慎教授の「南極愛」があふれているのがとてもいい。

この本を読んだ若い読者が、南極を舞台にした難しくもやりがいのある研究活動に加わってくれたなら、この上ない喜びである。

来春に定年を迎えるので、来し方を考えることがよくある。もし、いま若くて進路を選ぶなら、医学部へ進んだり生命科学の研究をしたりではなく、地球環境関連の仕事をしたい。杉山先生のことが、なんだかえらくうらやましい。
 

面白南極料理人 (新潮文庫)

作者:淳, 西村
出版社:新潮社
発売日:2004-09-29
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 南極といえば、どうしても思い出してしまうのがこの本。爆笑です
 

南極ではたらく:かあちゃん、調理隊員になる

作者:渡貫 淳子
出版社:平凡社
発売日:2019-01-24
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南極探検隊の料理についてですが、もっと最近の本。これもおもろい
 

雪 (岩波文庫 緑 124-2)

作者:中谷 宇吉郎
出版社:岩波書店
発売日:1994-10-17
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 北大の低温科学研究所といえば中谷宇吉郎。この本ははずせません
 

なぞとき 深海1万メートル 暗黒の「超深海」で起こっていること (KS科学一般書)

作者:蒲生 俊敬 ,窪川 かおる
出版社:講談社
発売日:2021-03-10
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 「海のベルトコンベア」などについてはこの本を。読売新聞で書評を書きました