おすすめ本レビュー

『【文庫】 女盗賊プーラン』

高村 和久2011年9月29日
文庫 女盗賊プーラン 上 (草思社文庫)

作者:プーラン・デヴィ
出版社:草思社
発売日:2011-08-05
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  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂

文庫 女盗賊プーラン 下 (草思社文庫)

作者:プーラン・デヴィ
出版社:草思社
発売日:2011-08-05
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本書は、1997年に刊行された本が文庫になったものだ。当時も話題になったらしいけれど、読んでいなかった。

プーラン・デヴィがビーマイ村の虐殺事件を起こしたのは1981年、今となっては30年前の話だ。場所はチャンバル渓谷付近、インドの北東部ウッタル・プラデシュ州にあり、古くから盗賊が拠点にしてきた辺境の農村地帯である。そんな、遠くの場所の、ちょっと昔の話だが、上下巻で600ページ以上ある本書、届いた夕方からひたすら読み続けて、そのまま次の日に読み終わった。なので、紹介しようと思います。

プーランは、「マッラ」という河渡しや漁師を生業とするジャーティの家に生まれた。本書は自伝なので記述がないけれど、「ジャーティ」とは、ヒンズー教のカースト制に基づいた職業集団みたいなものだ。生まれた家のジャーティが「マッラ」であれば、その人はずっとマッラの集団に属し、指定された仕事か、もしくは農業をすることになる。今回の人生を良い行いで終えたら、次の人生ではもっと良い(ケガレが少ない)ジャーティに生まれかわる。罪を犯すと、来世は、虫などとひどいことになる。また、自分が属しているジャーティに応じて、現時点でどれくらい「ケガレているか」が決まる。ざっくり言うと、最高に清浄なのが「ブラーミン(司祭)」階級で、それに続いて「クシャトリア(戦士)」「ヴァイシャ(商人)」「シュードラ(上位3階層に奉仕する階層)」という序列だ。その下に、階級にすら入ることができない「不可触民(アウトカースト)」がいる。不可触民は非常にケガレているため、ブラーミンに触ることができない。道を通る時、「不可触民が通るので気をつけてください」とアナウンスしながら通らなければならないこともあった。また、水が一番ケガレを伝えるから、他のカーストと同じ井戸を使用することができない。これらの5つの階層を、さらに細分化して、3000以上の職業に割り当てたものが「ジャーティ」だ。紀元前にアーリア人がインドに侵攻した際、インダスの先住民を抑圧するために考えだしたものだと言われている。

ということで、プーランが属していた「マッラ」はシュードラであり、「タクール」など上位の人に奉仕するための存在だ、というのが、村に脈々伝わる常識であり、神様の教えだった。

極めて貧しい家に生まれ、牛の糞を乾かしたり家事を手伝って過ごした。学校には行かなかった(本書は、口述をフランスの編集者が2年かけてまとめたものだ)。隣の伯父は難癖をつけて父の土地を取り上げ、難癖をつけてプーランを殴った。11歳のとき、かなり年上の男性と結婚した。未成年の強制結婚である。ここでもなんだかんだ虐待を受け、何度も逃げ帰った。警察に訴えても、グルになっていて全くあてにならず、却って牢屋で性的暴行を受けた。そして、誰かの策略によって盗賊に誘拐されてしまう。しかし、そこで、首領のヴィクラムの恋人になり、初めて周りから尊厳ある扱いをしてもらった。インドには20以上の言語があるせいか、「愛情」という単語の意味が判らず、何かの食べ物と勘違いした。

ビーマイ村の事件は、恋人のヴィクラムを殺害したタクール人を追って起こしたものだった。ビーマイ村は、自身が全裸で引きまわされ、集団で暴行された村でもあった。この事件が、「上位カースト」を20人以上殺した事件として国際的に有名になり、女盗賊プーランは警察に追われるようになる。一方で、貧困層を助けている義賊だと思う人も多く、女神だと言われて支持された。「人が犯罪と呼ぶもの、それは私にとって正義だった」。本書では、大観衆が見守る中で警察に投降し、刑務所に入り、11年後に仮出所になるところまでが語られている。

わたしたちはみな、それぞれに誇り高いひとりの人間だ。どのような場所に生まれ、どのようなカースト、肌の色に生まれようと。男であっても、女であっても。 わたしは敬意を払ってほしいのだ。わたしに対しても、すべての人に対しても。

その後、プーランは社会党から立候補して圧勝し、国会議員となる。社会党は貧しい農民層を母体とする政党で、ヒンズー至上主義的な人民党や、不可触民が支持する大衆社会党などと激しい競争があるらしい。本書については、内容が事実でないと言う意見があるみたいだ。2001年に暗殺されてしまったので、もう本人に直接聞くことはできない。でも、本人が語った自伝だ。もし事実でないところがあったとしても、それも含めて、ついでに行間に書かれていないことも想像してみたら、プーラン・デヴィが何を語ろうとしたのか、少しわかったような気がしてくるんじゃないだろうか。

 


アンベードカルの生涯 (光文社新書)

作者:ダナンジャイ・キール
出版社:光文社
発売日:2005-02-16
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不可触民出身のインド初代法務大臣で、インド憲法の草案を作ったアンベードカルの伝記。ほんとうにすごい。気分を引き締めたい人におすすめです。

インド群盗伝

作者:山際 素男
出版社:三一書房
発売日:1993-12-01
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チャンバル渓谷の盗賊がいかに凶悪だったかよくわかる。刑務所にいる時のプーランのインタビューが載っています。

盗賊のインド史 帝国・国家・無法者(アウトロー)

作者:竹中 千春
出版社:有志舎
発売日:2010-10-23
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イギリスによる植民地化とインド独立の際、社会秩序が変化するなかで、「法と秩序」がどのように形成され、そのなかで盗賊がどのような位置づけだったかを検討した論考。国会議員時代のインタビューも掲載。