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『地方メディアの逆襲』共に生きて、共に歩む。これからのメディアのあり方

刀根 明日香2022年2月17日
作者: 松本 創
出版社: 筑摩書房
発売日: 2021/12/9
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記者の仕事は過程がそのまま表に出てくるのが魅力的だ。記者が何に問題意識を持ち、どう行動して、どんなメッセージを込めるのか。好きな報道や作品には、記者の怒りや悲しみ、執念さえも感じることが出来る。記者一人ひとりの存在自体が物語性を帯びていて面白い。

では、「地方紙」の記者はどうか。全国紙の記者と地方紙の記者の違いについて、私は本書を読むまで考えたことがなかった。分かったことは、地方紙の記者が抱く怒りや悲しみは、その地域で生きる人々の怒りや悲しみであった。住民と共に生きて、共に歩むからこそ、地方メディアが生かされる。

本書は、秋田魁新報、琉球新報、毎日放送、瀬戸内海放送、京都新聞、東海テレビ放送の6社を取り上げる。新聞記者やドキュメンタリー制作者などのメディアの担い手に取材を行い、社内の意思決定の過程も含めて「地方メディアのリアル」を描いた作品だ。

地方紙の記者には、地元の人間もいれば、大都市からたまたま地方に流れ着いた人間もいる。記者自身も、最初は地方紙ということに特別な感情はないが、災害や事件など地方の取材を重ねる中で、東京との距離を感じるようになる。地方を軽んじる省庁の決定事項や、関心を持たれない基地問題。また、地方で時間をかけて取材することで、地方行政の住民への影響や、残された遺族の人生などが見えてくる。気付いたら「地方紙の記者」となり、地域の一員として居続ける責任と使命を感じるようだ。

著者は、『軌道ー福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』や『誰が「橋下徹」をつくったかー大阪都構想とメディアの迷走』を書いた松本創である。『軌道』は、JR福知山線脱線事故を題材とし、10年かけて一人の遺族の視点から加害企業との闘いを追い続けた作品だ。事故の詳しい状況や加害企業の体質、登場人物の人柄など、全て描き切るという執念を感じる一冊である。

著者自身も他の地域から神戸新聞記者になった人だ。足掛けのつもりが阪神淡路大震災を経て、現在も神戸を拠点としてフリーランスのライターとして活躍している。『軌道』を書いたのは新聞社を退社した後だが、取材のスタイルは地方新聞記者時代に培った賜物だろう。

地方紙の記者は、記者である一方でコミュニティの一員である。「共に事にあたる」ことで、痛みを分かち合い、住民の声を届けることが彼らの使命となる。痛みを共に分かち合える記者こそ、地方紙の記者として必要とされるようだ。

例えば、秋田魁新報が報道したイージス・アショアというミサイル追撃システムの配備問題。周りには住宅街が広がり、なぜ秋田県が選ばれたのかも不透明だった。東京では「秋田に決定」と流されるニュースでも、秋田魁新報は住民の立場に立って、「なぜ秋田なのか」を徹底して問い続け、最後は配備計画を白紙に戻すことが出来た。

京都新聞では、2019年に発生した京都アニメーション放火殺人事件の被害者報道について、遺族の意向を最大限に配慮ながら、社会への説明責任を果たすことに真正面から取り組んでいる。被害者報道のあるべき姿について答えは見えないが、地方紙として今後も長期間にわたり、遺族と信頼関係を築きながら後世に伝えていく。

地方紙は今後どのようにあるべきか。人口が減少し、メディアの形態が変わっていくなかで、今のところ地方メディアが踏ん張って何とか持っているのが現状だ。本当に届けなければいけない記事を書き続けるためにも、解決・改善策を模索し続けている。

個の力だけではメディアは作れない。組織として個の力を発揮させる体制が整っているかどうか。本書を見ると、そのようなメディアが全国には存在する。これまで目に見えなかった地方紙の底力が本書には詰まっている。メディアの本来の魅了がここにはあって、それはメディアという枠組みを超えて私たちにも響く。共に歩み、痛みを共有しながら、進む。どこに住んでいても、人の痛みを価値あるものとして表に出して、みんなで立ち向かう世の中の一員になりたいと思う。それは優しい世の中というよりも、「逆襲」という言葉に込められているとおり、熱く激しく大きな力となるだろう。

作者: 松本 創
出版社: 東洋経済新報社
発売日: 2018/4/6
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