おすすめ本レビュー

正しい歴史観を持ってウクライナを理解するために『中学生から知りたいウクライナのこと』を読もう!

仲野 徹2022年6月9日
作者: 小山哲,藤原辰史
出版社: ミシマ社
発売日: 2022/6/14
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ウクライナについてのニュースを連日見ているのに、その国について何も知らなかった。恥ずかしい限りである。いかに知識がないかを思い知らされながら、新型コロナウイルス感染症 COVID-19のことを思い浮かべていた。医学を学んだのだから、それについては相当な基礎知識がある。なので、一般の人のウイルスについての知識の貧弱さや、ワイドショーなどでのとんでもないコメントに驚いていた。しかし、えらそうなことは言えない。テーマがウクライナとなれば、何も知らないのは自分だって同じではないか。

ただし、ちょっとひらきなおらせてもらうと、ウクライナについて知識が乏しいのはおそらく私だけではなくて、多くの人に共通しているように思う。そういった人たちに最適の一冊だ。なにしろわかりやすい。それは、この本が教科書的ではないこと、そして、おそらくは二人の著者がウクライナの専門家でないことが大きい。どちらもが京都大学の教員で、小山哲はポーランドの歴史が専門、藤原辰史は「食と農」を専門とする現代史の研究者である。

いうまでもなく、ウクライナはポーランドと国境を接しているし、ヨーロッパの穀倉地帯である。だから、小山はウクライナを斜めから眺めるような形で、藤原は穀物という窓からのぞき込んだような形で語っていく。もちろんお二人とも、歴史学は自家薬籠中の物だ。何も知らない読者にとっては、どんぴしゃりの専門家よりも、こういった先生からの概説の方がかえってわかりよい。

第一章は『ロシアによるウクライナ侵略を非難し、ウクライナの人びとに連帯する声明』である。小山と藤原が名を連ねる「自由と平和のための京大有志の会」が、ウクライナがロシアに侵攻されたた二日後に発表したものだ。これについては第四章で解説が加えられるのだが、そこではロシアが「歴史を悪用して」戦争を開始したことを強く非難している。歴史を学ぶことなく、ウクライナ侵攻は理解できない。

藤原による第二章『ウクライナ侵攻について』では、複線的な考え方でないと歴史も現状も正確に把握できないこと、そして、そういった観点から、『日本は当事者である』ことや『わたしたちに求められること』が何であるかが説かれていく。他人事ではなく、自分のこととしてウクライナ侵攻をとらえなおすべきだ。それも、本当の意味で。

『講義 歴史学者と学ぶウクライナのこと』と題された第三章が勉強になった。小山と藤原、それぞれが専門の立場からウクライナの歴史を論じている。日本で暮らし、ふつうに勉強した者にとっては、ウクライナという国家の成り立ちはあまりに理解しがたい。複雑すぎることもあって、なにしろピンとこないのだ。それでも、周囲の国家に翻弄され、民族的にも宗教的にも極めて複雑であることがよくわかる。また、ウクライナは穀倉地帯であるがゆえにナチスに狙われ、そのことがロシアによる「歴史の悪用」につながっていることは絶対に押さえておかなければならいポイントだ。

そして、第四章『対談 歴史学者と学ぶウクライナのこと』、第五章『中学生から知りたいウクライナのこと』へと続く。全編、文字通り一気に読めた。もともとミシマ社の MSLive というトークショーをまとめたものなので、それもこの本を読みやすくしている大きな要因である。最後にある、MSLive の参加者との質疑応答も面白い。

この本を読めば、ウクライナ侵攻のニュースが違って見えてくるはずだ。さらに重要なことは、馬鹿げた論説に惑わされなくなることだ。手前味噌になるが、同じような意図で、新型コロナ感染症を理解してもらう基礎知識をつけてもらうために『みんなに話したくなる感染症のはなし 14歳からのウイルス・細菌・免疫入門』を一昨年に上梓した。奇しくも、中学生から、14歳から、とタイトルについているが、どちらの本も中学生には少し難しい。しかし、中学生レベルの知識さえあれば、十分に理解できる内容である。そして、いちど基本を身につければ、以後、十分に活用できるというところも共通している。

いろんなものが入っている。すごく豊かで滋養があるけれど、でもちょっと見た目が不思議な感じ

ポーランド史を専門とする小山から見たウクライナは、表紙カバーにある「ウクライナ風バルシチ(ボルシチ)」のようなものだという。

読み終わった今、この喩えがなんとなくわかるような気がする。ウクライナの歴史を理解すること、そして、複線的な歴史観を身につけること。それが、ウクライナ侵攻を「自分の問題」として考えるための第一歩となる。ぜひ一読をお勧めしたい。


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