おすすめ本レビュー

さらなる秘境『防衛大学校 知られざる学び舎の実像』が凄すぎる!

仲野 徹2022年8月27日
作者: 國分 良成
出版社: 中央公論新社
発売日: 2022/8/9
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初めてお会いしたのは、読売新聞の読書委員会だった。元・防衛大学校長らしく、動作も物の言い方もあまりにキビキビしておられるのに驚いた。なんでも、以前は中国政治思想史を専門とされる慶應大学法学部の教授だったとか。真っ先に「防衛大学校長にご着任される前からこんなにキビキビしておられたのですか」とお尋ねしたのをよく覚えている。残念ながら、そのお答えは記憶にないのだが。その國分先生から送られてきたのが、この本『防衛大学校 知られざる学びの実像』だ。読まなかったらキビキビと叱られそうな気がして半ば義理で読み出したのだが、これがむちゃくちゃに面白かった。

『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』が数年前に大人気を博した。芸大らしい超ユニークな学生たちの生態にはえらく驚いた。しかし、芸術家の卵たちならそういうのもありかという気もした。そこへいくと防衛大学校の「秘境感」は東京藝大の比ではない。その知られざる「秘境」は三浦半島の東京湾を見下ろす高台にある。

防衛大学校のキャンパス。この日はブルーインパルスも

私もそうであったが、防衛大学校=防大がどのようなところなのかを知る人は多くあるまい。それを、頂点に君臨(?)しておられた元校長が、自らの9年間の経験を踏まえ、詳細に、そして愛情を持って紹介していかれるのがこの本だ。なんだか堅苦しそうだからパス、と思われるかもしれない。それは、著者のファンキーさをご存じないからだ。内容はしごく真面目なのだが、いたるところで炸裂しまくる親父ギャグががすごい。どう見ても不発弾やろというのもあるのがまた笑える。

第1章『防大の日本的特殊性』は、防大の概要説明だ。防衛大学校は文科省所管の大学ではなくて防衛省に所属する「大学校」である。だから、学長ではなくて学校長なのだ。卒業すれば学士の称号がもらえるが、それは防衛大学校によるものではなくて、文科省の学位授与機構が付与するものである。一方、卒後は幹部候補生学校を経て自衛隊幹部というキャリアが約束されているのだから「士官学校」でもある。しかし、諸外国の士官学校とちがい、そのトップは武官ではなくて純粋な文官が任命される。こういった日本の特殊事情は第5章『防衛大学校超の原点』や第6章『槇智雄初代学校長の願い』に詳しくかかれていて面白いが、長くなるので割愛。防大はいわば「大学」にして「士官学校」なのだが、いずれでもないのが悩ましいところであるらしい。

安倍首相、稲田防衛大臣の顔も見える卒業式

防衛大学校といえば、ニュースで放映される卒業式を思い浮かべる人も多いだろう。一学年480人しかいない学校に首相が臨席するという恒例行事が防大の特殊性を如実に物語っている。写真では卒業証書を渡す時に、学校長が親指をピンと跳ね上げておられるのがわかる。これは「いいね!」をしている訳ではなく、ちゃんとした理由がある。また、帽子投げの後に走り出すのにも理由がある。防大での行為にはすべて理由が存在するという。文字通り、一歩間違えば命取りになる職場に赴く若者たちのための学校なのだから、それも納得だ。

新入生は4月1日に着校するが、入学式は5日におこなわれる。なぜかというと、初日から始まる8~10人の「プライバシーなき大部屋」での厳しい集団生活に耐えられず入校を取りやめる学生が何人か出るからだ。納得した上で防大を選んだにもかかわらず、なのであるから、現実は想像をはるかに上回るということだ。開校記念日の棒倒し競技会が有名で、1万人もの観客が集まるらしい。なんと1チーム150人の騎馬戦。それも屈強な学生ばかりだ。そら、迫力ありますやろうなぁ。こういったことが紹介されるのが第2章『防衛大学校の三大行事と11種競技』である。

棒倒し競技、綿密な作戦が練られるらしい

なんといっても凄いのは、第3章『防大の教育と訓練』と第4章『防大生の日常生活』だ。ひとことでいうと、むちゃくちゃに厳しい。文系の学校というイメージだったのだが、発足時は理工系学科のみ、現在も理系が8で文系が2の割合である。カリキュラムは濃密で、卒業に必要な単位数は152単位と、一般大学より30単位近く多くて、実戦訓練の1005時間も含まれている。

午前6時にラッパで起床、5分で寝具を片付け着替えを済ませて整列。それも、6時前に起きることは禁じられている。清掃、朝食を経て8時10分に国旗掲揚・朝礼があり、間に昼食をはさんで8時30分から17時15分まで授業。クラブ活動や入浴、自習などの後、22時30分に消灯で一日が終わる。2000人の学生が一斉に入れる食堂があり、食事は一日3400キロカロリーと多い目だが、それでも足りないという。このようなハードなスケジュールであるが、1コマでも授業をサボれば懲戒処分が待ち受けている。いくら給与が支給されるとはいえ一般の大学に比べると厳しすぎるような気がするが、士官学校ならばこんなものなのだろうか。

もちろん全寮制で平日の外出は原則禁止、特別外出と呼ばれる外泊は、2学年以降は回数制限付きで認められるが、1学年は夏・冬・春の定期休暇以外は認められない。女子学生との恋愛は禁じられていないが、校内での性行為はもちろん、キスのような行為も重大な処罰対象になる。もちろん髪型や服装、言葉遣いなどにもルールが定められている。驚くべきことばかりの秘境と言いたくなる気持ちがわかっていただけるだろうか。

学校での日常業務に加えて、防衛省との折衝、各地での訓練の視察や海外出張など、学校長は激務である。その仕事内容は第7章『防衛大学校長の仕事とは』に書かれている。國分学校長が防大と防大生に愛情を注いでおられたのと同じように、学生からとても慕われておられたことがよくわかる。たとえば水泳競技会でのエキシビション参加だ。毎年、応援の学生から、ファーストネームである『リョウセイ』コールが湧き上がっていたという。そのせいだろうか、写真中央で法被を着ているリョウセイ学校長は、学生たちよりもはるかに気合が入っているではないか。

内容が豊富でとても隅々まで紹介しきれないのが残念だが、卒業生の任官拒否といった問題点や、在任中に生じたイジメなどの不祥事についても十分な記述がなされており、非常にバランスのいい本になっている。国防のためだけでなく災害時にも活躍してくれる自衛隊。その将来を担う若者たちがどのような場でどのように学んでいるのか。

いったん防大、自衛隊の扉を開きその内側に入ると、それは想像していたものをはるかに越えた新鮮な発見と出会いの連続であった。

もし生まれ変われることができれば、次回は防衛大学校に入りたいと密かに思っています。合格すれば、ですが。

すばらしき「秘境」について、校長先生に教えてもらいたくなってきませんか?

写真は中央公論新社の提供

作者: 二宮 敦人
出版社: 新潮社; 文庫版
発売日: 2019/3/28
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秘境としては防大の方が上に違いないと思うけど…。HONZでも内藤順古幡瑞穂がレビューしています。