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『キツネ潰し 誰も覚えていない、奇妙で残酷で間抜けなスポーツ』動物虐待とトライアル&エラーの娯楽史

西野 智紀2022年8月28日
作者: エドワード・ブルック=ヒッチング
出版社: 日経ナショナル ジオグラフィック
発売日: 2022/8/4
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競技場に、細長い布の両端を持った男女のペアが十数組立っている。合図とともに、会場にキツネが放たれる。怯えたキツネは競技場を走り回り、やがて布を踏む。その瞬間、男女は力を合わせて布を引っ張り、キツネを宙に飛ばす。繰り返し空に投げられるキツネたちは当然のごとく怪我をしていくが、誰も手当などしない。そして競技が終了に近づくと、参加者は弱ったキツネを憐れみながら撲殺していく――。

以上が、本書のタイトルにもなっている「キツネ潰し」ゲームである。中世ドイツやポーランドでは為政者が王宮の中庭や庭園で開催するほどのメジャーな娯楽であった。この遊びに熱中していたポーランド王のアウグスト2世は、たった一回の大会で、キツネ687匹、ノウサギ533匹、アナグマ34匹、ヤマネコ21匹を殺害した。

18世紀出版の古書にて、この「キツネ潰し」の記述と挿絵を偶然にも発見し興味を引かれた著者は、歴史の彼方にある喪われしスポーツの文献発掘にのめり込む。そうして蒐集した98種の競技を解説したのが本書だ。

項目の並びは雑多だが、著者はこれらのスポーツを「残酷」「危険」「ばかばかしい」の3つに分類できると述べる。

まず「残酷」は、「キツネ潰し」のように現代ではど真ん中の動物虐待にあたるものだ。開拓時代のアメリカで人気を博した、木の幹を撃って乗っているリスを落とす遊び。魚を食い荒らす悪者として何千年も駆除と残忍な狩りの対象であったカワウソ。

とりわけむごたらしいのは猫の受難である。中世のデンマークでは黒猫を樽に入れ木に吊るし、家族総出で棒を持って叩き潰す遊びが流行した。またフランス・パリでは、猫を大量に入れた袋を広場の特製処刑台で焼き、群衆はその断末魔の叫びを音楽のように聴きながら楽しんだ。さらにイタリアでは、トゲのついた兜をかぶり、柱に釘付けにした猫に頭突きするイベントが大盛況だった。

なぜそんな真似ができるのか理解できないが、これは、中世において猫は黒魔術や災厄をもたらす存在として忌み嫌われていたことが影響している。21世紀でも、動物に矛先が向かなくなっても、特定の人間や事物を悪魔化し、誹謗中傷・罵詈雑言の対象とする事象は見受けられるので、そう遠い昔の話には感じられない。

さて、今にも通ずるという点では、「危険」なために衰退したスポーツにも考えさせられるものがある。

たとえば、20世紀初頭のアメリカで広まった、馬術のポロの小型自動車版団体競技「オートポロ」。スピード感や激しいスリルに米国全土で人気を博したが、選手の怪我の治療費、車の修理費用がかさみ、一気に飽きられた。

この時代のアメリカ人はチャレンジ精神旺盛なのか、風変わりな競技が多い。ガスを満たした巨大風船を背中に装着し、気軽に浮遊や空中散歩ができると謳われた「バルーン・ジャンピング」がその典型だ。科学的検証や調整も入念に行われ、先進的発明として科学誌にも取り上げられていたが、デモンストレーションに立候補した航空兵が高圧電線に引っ掛かり死亡。あっという間に話題から消えていった。

他にも、高所の旗竿に長時間座ってその記録を競う「ポール・シッティング」や、ナイアガラの滝を泳ぎ切る賭けや樽に入って滝下りをして多額の賞金を得ようとするスタントが白熱した。なんとも命知らずだが、現在でも、ローラースケートや街中でのパルクールのような、スリルはあれどもリスクも高いスポーツはあるので、人間の挑戦心は今も昔も同じである。

「危険」とやや似通った部分があるのが「ばかばかしい」スポーツだ。著者肝いりの代表例がスキーバレエだ。簡単に言えばスキーとフィギュアスケートを組み合わせた競技で、スピンやステップ、ジャンプ、ストックを利用したフリップといった技を、音楽に合わせて披露する。起源はこれまた20世紀初頭で、流行のピーク時には選手は奇矯な衣装を身にまとい、技だけでなくアイスダンスのような演技もポイントとなった。

数多のスキーヤーの長年の念願叶い、1988年と1992年のオリンピックでは公開競技となったが、ルールの増加やプレー評価に主観が入りすぎるとの理由から正式種目にはならず、人気は下降する。2000年以降は国際スキー連盟が正式な大会をすべて取りやめて、この種目は消滅した。ただ、著者は調査中にスキーバレエの虜になり、復権の日を夢見ている。

冬のスポーツのくくりでいくと、本書では氷上テニス、氷上ベロシペード(自転車の先駆け)なども19世紀から20世紀にかけて一時ブームとなったと取り上げられている。前者は滑って転んで競技にならず、後者も冷たい川や湖への落下の危険を回避できなかった。冷静に考えれば当然である。

これらの珍奇な競技を見、先人たちはなんと愚かかと、断罪・嘲笑するのは容易い。しかし、今と比べれば庶民の娯楽は限られている。キツネを宙に投げ、猫を焼き殺すのも、血みどろの決闘も、命を粗末にするチャレンジも、ショーまがいのスキーも、当時は画期的でぞくぞくするようなゲームであり、日頃のストレスを晴らす見世物だったのだ。それはどれだけ野蛮で間抜けで否定したくとも、今と地続きの世界だ。遊びにかける熱意や創意工夫などは現代人となんら変わりない。

まとめれば本書は、奇妙なスポーツ列伝というだけでなく、人間の本質が垣間見える、動物虐待とトライアル&エラーの娯楽史でもある。ギネスブックを眺めるのが好きな人、あるいはかつてのフジテレビの番組『トリビアの泉』を欠かさず観ていた人には特に刺さる一冊だろう。