おすすめ本レビュー

もう英語学習なんかいらんのとちゃう?『グローバル×AI翻訳時代の 新・日本語練習帳』

仲野 徹2022年11月10日
作者: 井上多惠子
出版社: 中央経済社
発売日: 2022/9/30
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素晴らしい本だ。帯文を頼まれたら、「役に立つ、みんな絶対に読むべきだ」という短い激賞文しかない。

タイトルは『新・日本語練習帳』だが、内容は単なる練習帳に留まらない。きわめて簡潔に示されたルールから、機械翻訳に適した日本語やグローバルコミュニケーションの「コツ」がのみこめる。さらには、英語、および英語を通じたコミュニケーションの解説から、逆ベクトルで、日本語と日本語によるコミュニケーションの特性がわかってくる。

数年前、英語の勉強をしたいと妻に相談されたことがある。答えは即座に「やめときなはれ」。これは自分の経験に基づくものだ。中学校以来、英語の学習にどれだけの時間と経費を費やしてきたことか。生業にしてきた研究における英語での論文執筆や、外国人研究者との会話くらいはそこそこできると自負はしている。ただし、念のために言っておくが、論文を投稿する前には必ずネイティブチェックを依頼するレベルでしかない。自慢じゃないが、冠詞の使い方は、いくらがんばってもマスターできなかったし。

だから、英語学習は費用対効果として悪すぎるというのが実感だ。英語学習は60歳代後半から取り組むには割にあわなさすぎる。一昔前なら、それでもある程度の意味があったかもしれない。しかし、今はちがう。なんといっても自動翻訳があるではないか。英語での流暢なコミュニケーションというのは無理としても、普通の意思疎通ならそれで十分だ。

Google翻訳よりもDeepLをよく利用するのだが、その能力の高さには驚くばかりである。くだけた日本語とかたい日本語も訳し分けてくれる。少々の英語学習ではそこまでいくまい。しかし、翻訳する日本語によっては、トンチンカンな訳が出てくることがある。それは翻訳マシンが悪いのではなくて、翻訳しにくい日本語を入力する方が悪いのである。

仕事で使いこなす必要がある人以外は、自動翻訳アルゴリズムが誤訳しにくい、いわば自動翻訳フレンドリーな日本語を操ることができればいいということだ。それなら、英語学習の百分の一、いや、一万分の一くらいの労力で済むはずだ。妻からの質問以来、そんな内容の本があればいいのにとずっと思っていた。なので、この本が出版されると聞いた時、待ってました!と声を掛けたくなったほどだ。そして、その内容は、期待を大きく上回るものだった。

まず最初は基礎編『グローバル時代のわかりやすい日本語表現の原則』だ。「必ず主語を書く」、「目的語をちゃんと書く」といったことから、「風土や文化や慣習などには、補足説明を加える」までの14のルールがレッスン1の『グローバル時代に必要な日本語の文章基本ルール』である。どれも、自動翻訳が誤訳しがちな日本語と自動翻訳フレンドリーな日本語が例示されていて、なぜそうしなければならいかがよくわかる。

レッスン2は、『わかりやすさを倍増する、脱「起承転結」型文章構成 五つのタイプ』で、ここでは日本人が陥りやすい、わかりにくい論旨展開を避けるためのノウハウが書かれている。日本人の頭にこびりついている「起承転結」は、ストーリー全体としては面白く読めるが、最後まで言いたいことがわからないという致命的な欠点がある。これはグローバルコミュニケーションでは通用しない。さて、どうすべきかが書かれている。

ここまでの基礎編だけで、定価2200円の元は十分にとれる。が、まだ、ちょうど本の半ばくらいで、後半には実践編と特別編が控えている。実践編は『グローバル・コミュニケーションのルールから、日本語表現を考える』で、『意見を表現する』、『依頼する・要求する』、『共感を示す』の三つのレッスンから構成されている。ここでは、日本語と英語でのコミュニケーションの違いが紹介されているが、日本語でにおけるコミュニケーションでも活用すべきことばかりだ。はっきりものを言わないのを良しとする日本語のコミュニケーションってあかんやろ。

基礎編と実践編は、日本語で文章を書く、コミュニケーションをとる時にも有用なヒントにあふれている。そして、最後の特別編は『日本語表現にも役立つ、関係構築のための英語表現』で、実際の場面で役立つような、短いフレーズ集になっている。使う機会のある人は限られるかもしれないが、覚えておけばとても便利だ。

いささかえらそうかもしれないが、特別編は別として、本の大部分は、漠然と考えていたことをきちんと整理し、本にしてもらったというような印象だ。これから機械翻訳はますます進歩していくに違いない。多くの人にとっては、英語を学ばずともさして困らない時代がそこまできている。英語のマスターにかける時間を他の有益なことにに回した方が得ではないか、この本を読んで考えてみられてはいかがだろう。

作者: 中津 燎子
出版社: BookWay
発売日: 2017/11/2
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およそ半世紀前、1974年に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、英語教育に一石を投じた本。いまこそ「なんで英語やるの?」が問い直されるべき時代ではないだろうか。