著者自画自賛

いまは過去を振り返っている場合じゃない! 『揺れる大地を賢く生きる』

鎌田 浩毅2023年3月3日
作者: 鎌田 浩毅
出版社: KADOKAWA
発売日: 2022/10/7
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日本の大学では恒例行事として、定年を迎えた教員が「最終講義」を一般公開する習わしがある。本書は2021年3月10日に、私が京都大学で行った最終講義をまとめた本である。

24年間の教授ラストの授業は、私と学生・院生たち、そしてネット上のClubhouse聴衆という三者の白熱した時間となった。当時はコロナ禍の真っ最中で、最終講義が成立するかどうか危ぶんでいた。そこで「一生に一度なんだから是非おやりなさい!」と背中をドンと押してくださったのがHONZ代表の成毛眞さんだった。

最終講義は多くの方々に協力していただいた。私が所属する人間・環境学研究科棟の地下大講義室には100名以上が集まった。さらに出来たてのメディアClubhouseで同時配信を行い、海外を含めて1500人を超える方が聴いて下さったのである。

私が話した内容は、最終講義のイメージとは違っていた。通例、定年退職する教授が自身の研究人生の歩みをたどり、想い出を振り返りながら来し方について縷々語ることが多い。時には集まったお弟子さんやファンの聴衆たちがその懐かしさに思わず涙する光景もしばしば見られる。

ところが私の場合、まったくそうならなかった。というのは冒頭で、「昔を振り返っている場合じゃないんです。これから日本列島は大変なんですからね!」と切り出したからだ。

この日は2011年に発生した東日本大震災から10年目のちょうど前日だった。この震災は起きた日付を取って「3・11」と呼ばれている。さらに、この講義の1ヶ月前には、東日本震災の記憶を呼び覚ますような大地震が起きていた。

現在の日本列島は「大地変動の時代」にあり、今も絶えず揺れている。東日本大震災以降、日本は地殻の変動期に入ってしまったからだ。その変動期が具体的に何かは、本書で具体的に紹介してある。ひとことで言うと、地球の歴史から見て、地震や火山噴火などが異常に多い時期のことだ。

たとえば、富士山はいま「噴火スタンバイ状態」にある。そして「南海トラフ巨大地震」は2035年±5年のあいだに確実に発生するだろう。よって今後は、甚大な被害をいかに抑えるか、つまり「減災」の戦略が重要になる。

南海トラフ巨大地震は日本の総人口の半数に当たる6000万人が被災するので、その意識を一人ひとり持つことが生き延びる行動につながる。地球科学に関する最低限の知識が必要で、そのために本書をまとめたのだ。したがって、タイトルは『揺れる大地を賢く生きる』とした。

私は大学卒業後、火山の基礎研究からキャリアを開始した地球科学者である。しかし、必ずしもその専門にとらわれず、京都大学勤務の20年以上を「科学の伝道師」として過ごした。そのきっかけは、次に述べるエピソードを経験したからである。

東日本大震災に先駆けること7年前の2004年12月、インドネシアのスマトラ島沖で巨大地震が発生した。30メートルを超える未曾有の津波が発生し、現地の人々のみならず在住邦人も命を落としたこともあり、津波関連の映像が日本でも多く報道された。

テレビ放送で私の印象に強く残ったのは、和歌山県の海岸でサーフィンに興じている若者たちへのインタビューだった。あるテレビクルーが、若いサーファーに質問した。

「津波が来たらどうしますか?」

するとその若者はこう答えた。

「サーフィンには自信があるから、津波に乗ってみたいです!」

それを聴いて私は愕然とした。津波の特性については本文で詳述したが、激しい勢いで迫って来る巨大な水の壁なのだ。東日本大震災では最大の高さ16.7メートル、陸を駈け上がった水の遡上は40メートル以上とされ、最高速度は時速100キロを超えていた。

次の南海トラフ巨大地震では東日本大震災の津波を上回り、最大34メートルにもなると予想されている。実は、たった50センチメートルの津波でも足をすくわれ溺死することすらある。そのため津波が発生したと聞いたら、直ちに高台に逃げなくてならない。そうした地球科学者の「常識」が、一般市民には全然伝わっていないのである。

多くの人は津波の本当の怖さを知らない。それから7年足らずで起きた東日本大震災も同様だった。地震発生後に津波が襲来するまでは30分ほど、場所によっては1時間ほどあった。避難するための時間的余裕が全くなかったわけではない。にもかかわらず、家や建物に残った人がいた。さらに、いったんは避難したが、もう大丈夫だと思って引き返して亡くなった方もいる。地球科学を専門とする研究者としては、忸怩たる思いだった。

世の中には知らなくてもいいことはたくさんある。しかし、津波のように知っておかないと命に直結する知識が確かにある。イギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561~1626)は「知識は力なり」という言葉を残した。ヨーロッパに経験主義の思想をもたらし、産業革命をはじめとして科学技術が世界を変える基礎を創った学者だ。そして私はサーファーをはじめ国民全員に、自らの命を救う地球科学の「知識」を伝えなければならないと思った。

私自身の学問に対する礎もそこにある。「なぜ学問をやっているのか」という問いかけにはこう答える。「学問は人に幸せをもたらす。それを多くの人に伝えたい」。すなわち、私が40年以上研究者として得た学問の恩恵を「皆さんにそっくり返したいのです」と。

私たち学者は国からたくさん研究資金をいただき、大学という自由に研究できる環境にいる。特に京都大学には優秀な学生・院生がたくさん集まり、とても幸せな24年間だった。

でも、私と京大生だけが幸せになったのでは、まったく不十分ではないか。大学で得た研究成果をどうやって社会に還元したらよいか。それをずっと考えていた。そのときに脳裏に浮かんだのが、「津波に乗ってサーフィンしてみたい」という一言だった。

南海トラフ巨大地震で被災する6000万人の中には、あのサーファーがいる。そういう人たちこそ、学問の力で助けなければならない。 知識がある人は自力で助かることができる。しかし、知識のない人こそ救わなければならない。

だからこそ最終講義では、私の来し方を振り返るのではなく、今ここにある「危機」を共有しなければならないと思った。教室に集まった若者たち、そしてネットの向こうの聴衆に、いかにして身を守るかを考えて欲しかったのである。

何があっても命を失わず、被害総額220兆円という南海トラフ巨大地震後の復興のために、全員が力を尽くさないと日本は持たない。だから講義のメッセージをひとことで言えば、「みんな死ぬなよ」だったのである。

「ノブレス・オブリージュ」という言葉がある。フランス語で「地位ある者は責任を伴う」という意味だが、その昔、ヨーロッパの貴族は、普段は遊んでいても、いざ戦争が起きると、領民を守る義務を果敢に果たした。このエピソードも24年間、学生たちに語ってきたメインテーマだった(鎌田浩毅著『100年無敵の勉強法』ちくまQブックス)。

地球が誕生して46億年、生命の誕生からは38億年が経過した。そのなかにあって人類は、誕生後わずか700万年しか経っていない。営々と生命をつないできた我々の祖先ホモサピエンスは、30万年前から今までしっかりと生き延びてきたのである(鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学』岩波新書)。

さて、ここで各章の概略を述べておこう。第一章では、日本が変動期に突入するのにあたって「3・11」の影響がどれほど大きかったのか説明し、併せて地震に関する基礎知識を紹介した。

第二章では、来るべき「南海トラフ巨大地震」の激しさを知ってもらうため、その被害予測と根拠を解説した。続く第三章では、現在20座の活火山が噴火スタンバイ状態にあることを述べ、火山の仕組みについて、主に富士山を例に挙げて説明した。同時に、一般的に馴染みが薄いと思われる噴火被害については、節を分けて詳しく予測した。

第四章では、「地球温暖化」に関する解説だ。最終講義では触れられなかったものの、読者の関心も高い脱炭素とカーボンニュートラルのテーマである。 火山の大噴火が起きると地球温暖化が停止し、逆の地球寒冷化が起きる可能性がある。こうした地球の摂理を「長尺の目」で判断しなければならないのだ。

第五章から第六章では地球科学にまつわる専門的な話題を離れ、ポストGAFAを見据えた「教養」「勉強」「人生」に関する持論を述べた。そして最終章の第七章では、地球科学の視点で現代社会を眺めるとどのように見えるのか、について紹介した。

24年間の京大勤務は本当にエキサイティングで、「あとがき」には語りきれなかったことを記した。NHK総合テレビ「爆笑問題のニッポンの教養・京大スペシャル」に出演する機会を得た後、どういう経緯で学生たちから「京大人気No.1教授」と呼ばれるようになったかも書いた(2008年3月25日放送)。

ちなみに、「京都大学最終講義」の動画はYouTubeで試聴でき、現在93万ビューを数え324件以上のコメントが付いている。改めて「京大地球科学教授の最終講義」(本書のサブタイトル)を刊行し、「過去を振り返っている場合ではない」という思いをお伝えできたのではないかと思う。皆さま、24年間本当にありがとうございました。

作者: 鎌田 浩毅
出版社: 筑摩書房
発売日: 2021/9/17
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