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『霞が関の人になってみた 知られざる国家公務員の世界』「官僚」の魅力とシビアな現実をゆるーく語るエッセイ

西野 智紀2023年4月6日
作者: 霞いちか
出版社: カンゼン
発売日: 2023/2/17
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国会中、大臣や議員の背後で控えている人々。どこか厳めしく無機質で、原稿を読むときもぼかしたような言い回しをする。「官僚主義」といったネガティブワードに代表されるように、彼ら官僚に好印象を持っている人は少ないと推測する。近年はツイッター等で霞が関の人たちによる暴露が耳目を集め、そのブラックな労働環境に同情されると同時に忌避感も強まっているのは否めない。

そんな官僚たちの仕事と日常をエッセイ風味でゆるーくシビアに語ったのが本書である。著者は人事交流という枠組みで2016年から霞が関に入省した人物で、それまでは他業種で10年程度働いていた。「世間のイメージと違う、ナゾに満ちた知られざる霞が関ワールドをお伝えしたいと思った」のが執筆動機だ。

さて、本書の特徴として、語り口こそコミカルだが、その労働環境は前述の暴露話のとおりおそろしく過酷な点がまず挙げられる。

たとえば、質問通告による国会待機。国会中継のさなか、総理大臣や各省庁の大臣が受け答えするとき、読んでいる紙がある。この原稿(回答シナリオ)を作成するのは官僚の役割であり、質問側の国会議員は事前に質問内容を省庁に伝える必要がある。原則として期日は議会の2日前である。

ところが実際はほとんどが前日の通告で、しかも退庁時刻の18時15分を過ぎても送ってこない議員が多数である。全ての議員が揃うまで、どの省庁の誰の担当について聞かれるかわからないから、「国会待機(帰るな)」となってしまう。この不安定なスケジュールが通常国会中、つまり1月中旬から夏まで150日間ずっと続く。

この悪しき慣習は、2019年に大型の台風が接近したとき、一人の議員の通告遅れで多くの官僚が帰宅できない事件が発生し、大きくクローズアップされた。この議員は16時半には通告していたと反論、結局有耶無耶になった。著者は「個別案件に関することや政策に対する主義主張の話はしない」ことをセオリーとしているが、そうは言っても「そんな人でなし議員はリスト化して早急に世間に周知すべき」としか思えない。

国会待機の話が長くなったが、霞が関の人たちの仕事のメインは法律案・政策・資料作成、ならびにその運用の管理監督、訴訟対応などである。特に法律案作成は一大プロジェクトで、省内や近くのビルに専用の小部屋を設けて、朝から晩まで缶詰になる(通称「タコ部屋」)。こちらもキツい仕事である。

また、通常業務とは別に頻繁に発生するのが「レク」である。つい先月も、このレクが国会の主要議題となり、メディアを賑わせた。レクとはレクチャーの略で、内部や他部署だけでなく、外部や国会議員に向けて自分の業務内容を説明するときに使う、霞が関用語の一つである。役職が上になればなるほどこのレク技術が上手くなり、反対にレク相手が議員、それも大臣や大御所議員となると緊張感が格段に上昇する。

こうした官僚の仕事ぶりを知るのに適した、著者おすすめの映画が『シン・ゴジラ』である。前半の「総理レク」が行われる場面ほか、機密情報のはずの危機管理センター、長テーブルに座る各省庁の大臣と後ろに控える管理職級の役人たち、素早いメモ出し技術等、相当リアルだそうだ(ただし、「霞が関のはぐれ者」と呼ばれている人たちの肩書きが実際には出世コースの役職である場合がある)。

災害時や緊急時に霞が関が不夜城となるのは職務上避けられないにせよ、やはり官僚の仕事はハード極まりない。いくら労働時間が長いとはいえ、公務員なんだから終身雇用で安泰してるでしょ……と思われる方が多いかもしれないが、実際には定年まで霞が関で働く人はほとんどいないという。

これはいくつか理由がある。まず、局長や部長といった省庁内の上のポストが少ないこと。また、総合職は管理職以上になれるが一般職は課長補佐が最終ポストで、定年まで課長補佐のままの人はほとんどおらず、地方自治体や霞が関の外局に異動となり、戻ってこないケースが多々ある。単純に、政策決定に関われず、ひたすら激務な環境に嫌気が差して転職する若手も増えている。

加えて、霞が関の人事は「長くて2年」がスタンダードで、しかもその異動内示が一週間前と短い。著者も6年で5回異動したという。つまり自分のキャリアパスを見通すのがほぼ不可能なのだ。

ネガティブな内情ばかりが目についてしまうが、それでも著者は官僚として働く利点を大いに説く。社会が動くプロセスに間近で関われる、世の中にいる数多の専門家の知識を吸収できる、等々。

また、私生活を犠牲にしてこれだけの業務をこなしているだけあって、霞が関の人たちの多くは非常に能力が高く、頭が切れて、刺激が多いし頼もしい。著者は自身のことを終始謙虚に書いているが、このような労働条件で6年も身を置いているだけでも相当優秀な人物と推察する。著者が幾度となく提示する霞が関働き方改革案が取り入れられれば、その卓抜したスキルを申し分なく発揮できるのでは、と思わずにはおれない。

他にも、各省庁の食堂ランチ格付けや官僚たちの恋愛事情、「霞が関文学」と呼ばれる国会答弁文章の蘊蓄(「検討してまいりたい」は実は確固たる前向き回答である!)など、面白トピックが目白押しである。『シン・ゴジラ』の矜持ある官僚たちよろしく、日々、国に尽くして粉骨砕身する霞が関の人たち。無論、中には問題のある人もいるだろうが、それはどこの業界でも同じである。官僚だからと十把一絡げにして悪し様に言うのは誤りだと痛感する一冊だ。