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最新イギリス書店事情は『英国の本屋さんの間取り』で!

足立 真穂2024年7月14日
作者: 清水 玲奈
出版社: エクスナレッジ
発売日: 2024/7/4
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2016年以降、イギリスで書店の数が増え続けているという。書店の減少が止まらなかった2010年頃から何がいったい変わったのだろう。コロナ禍が明けた頃、2023年1月6日のBBCニュースは「20年ほど続いた書店の減少に、確実に歯止めがかかった」と報道、この同じ年にイギリスでは51軒の独立系書店が創業したという。

もちろん古い個性派書店も多いお国柄だが、そういう店ほどうまくリセットして再出発している感さえある。そんな新旧19軒の本屋さんを、1996年の渡英以来、書店や出版、カルチャー系を追い続けてきたジャーナリストの清水玲奈さんが、追う。

個性派書店と言っても、当たり前だが紹介される19軒は多種多様で、成り立ちもそれぞれだ。

例えば、LV MHグループの出資を受けた出版社、アスリーンの豪華なビジュアルブックだけを扱う「メゾン・アスリーン」や、ドイツの美術出版社、タッシェン(TASCHEN)による直営店の一つ「タッシェン・ストア・ロンドン」など、大手出版社が背景にいる本屋さんも紹介されている。タッシェン直営店は世界に(と言ってもヨーロッパが多いが)10数店補あり(日本にも一時期あった)、そのうちの一つとなる。タッシェンといえば、豪華本も目立つが、定番のアートブック入門シリーズが有名だ。

また、イギリスならではの老舗本屋さんもいくつか挙げられている。

ケンブリッジ大学のそば、文具店が学生のために書籍も扱うようになったという創業1876年の「ヘファーズ」、そして、それを凌駕する古さ、1581年から経営者は変われど今に至る、「ケンブリッジ・ユニバーシティ・プレス書店」もある。こちらの本屋さん、1992年からはケンブリッジ大学出版局が運営しているのだが、この出版局自体の創業が1534年と古い。イングランド王ヘンリー8世の特許状を経て設立された出版組織で、例えば、英語の文体や表現のその後を変えた奇跡の聖書とも言われる、1611年の「欽定訳聖書」など、歴史を変えるほどの書物を数多く出している。

王立植物園、キューガーデンはロンドンに行くと必ず行きたくなる場所なのだが、そこのギフトショップの書籍部門も紹介されている。「キューガーデンズ・ヴィクトリア・プラザ・ショップ」だ。1772年、このキューガーデン自体は国王ジョージ3世が領地と庭園を統合して始まったそうで、一般公開は1840年、ユネスコの世界遺産登録は2003年だ。書籍スペースは、観葉植物の緑やガーデニング用の木箱がさりげなく置かれて、独特の植物園を舞台にしたかのよう。ポピュラーサイエンスから実用書、写真集まで、所狭しと並んでいて結構広い。

一方で、王道の老舗本屋さんはもちろんお勧めだが、近年イギリスでも人気となっているのが急伸派書店(ラジカル・ブックショップ)だとか。

人種問題やLGBTQ +の権利、気候危機対策などを掲げて、トークイベントなども活発に行い、その問題を議論する場にもなっているようだ。1979年に創立したイギリス最古のゲイの書店、「ゲイズ・ザ・ワード」はその代表格らしい。大英博物館の近く、場所も便利そうだ。

昼間は普通のブックカフェだが、夜になるとメンバーズクラブになるという「カウリー・ブックショップ」は、イギリスでもっともLGBTQ +の人の比率が高いブライトンの目抜き通りに場を構える。会員160人が出資、ボランティアで運営される共同組合だという。こんな形もあるのだなと興味深い。

近年のイギリスで最も成功したした独立系書店と言われる「ジャファ・アンド・ニール」は、書店起業の成功例として有名なようだ。大手書店チェーン、ウオーターストーンの元社員夫婦は、妻の実家だというコッツウオルズへ、とはいえ戻ったのは、観光地ではなく商売に不利そうな街なのだが、2001年に開店する。不利な条件をものともせず、2003年に現在の店舗に拡大、移転してカフェを併設したという。歴史建造物指定されている場を活かして、ハリー・ポッター最終巻刊行時には、発売解禁パーティを開催したとか。仮装したりするんだろうか、行ってみたかった。この店主による「本屋を成功させる10箇条」が本書には紹介されており、意表をつく回答もあるので、知りたい方はぜひ本を。

タイトルにもある「間取り」は、まさに店舗の間取りがイラストで描かれているからでもあり、それぞれの成り立ちや背景を指してもいるようだ。写真も相当数がそれぞれ掲載されており、店長のコメントやその店のお勧め本まで丹念に紹介されている。本好きや本屋愛好家のみならず、書店経営に興味がある人や起業をする人にとっても読み応えがあるだろう。

その土地の住民の個性を生かした本屋さんが多いのも特徴的だが、その中でも個性的なのがウェールズ、ヘイオンワイにある『リチャード・ブース』だ。

ここには私も一家言ある。なにしろ実際に行っちゃったからだ。

その理由は『本の国の王様』(リチャード・ブース、ルシア・スチュアート著、東眞理子訳、創元、2002年)を読んだから。

「神保町が独立宣言したみたいなものか?」と妄想をしていたら、気になってしまい、いつの間にかロンドンに飛んでいたのだ。そのロンドンから、順調でも電車で2時間、ローカルバスで1時間かかるところを、列車が遅れて(民営化してから、イギリスの列車は遅刻が当たり前だと同じ列車の乗客は怒っていた)到着まで5時間近くかかったけれど、やっぱり行ってみてよかった。私には地上の楽園だった。

オックスフォード大学を卒業したブースは、1962年以降、古書店から始めて10軒の書店を街で経営し、ついには1977年に「ヘイ王国」独立を宣言する。そう、独立宣言! 1988年からは夏にブックフェスティバルも開催し、人口2000人足らずの街は30軒ほどの書店が立ち並ぶ本の聖地になった。

『リチャード・ブース』は、ブースが経営していた店の中でも旗艦店で、今残る唯一の店だ。この土地に祖先がつながるというアメリカ人実業家の女性が、2007年に買い取って雰囲気のある現在の店作りに成功した。私が行ったのもこの新しい「ヘイの女王」の代になってからで、周りも含めて訪ね歩いていたら、あっさりと終電を逃した記憶がある。ちなみに私の「X(旧 Twitter)」@homahomahoma のヘッダー画像はずっとこの店の写真だったりもする。

他にも、旅の本屋さんや、船の上にできたお店、風呂が店内にあるお店まで、丁寧に紹介されている。著者の清水さんは「世界で最も美しい書店」『世界の美しい本屋さん』も書かれているが、今回は「美しさ」よりに「間取り」に着目し、書籍化に至ったようだ。

「本屋」といっても千差万別のやり方があり、間取りがある。そして、世界は広くて深い。次の本の旅をまた、始めたくなるというものだ。