おすすめ本レビュー

『ニッポン異国紀行』在日外国人のカネ・性愛・死

栗下 直也2012年1月30日

ニッポン異国紀行―在日外国人のカネ・性愛・死 (NHK出版新書 368)

ニッポン異国紀行―在日外国人のカネ・性愛・死 (NHK出版新書 368)

  • 作者: 石井光太
  • 出版社/メーカー: NHK出版
  • 発売日: 2012/01/06

 10年ほど前は、コンビニの店員が外国人だったりすると「おっ」と思うこともあった。ただ、最近は都心部などでは全員が日本人であるケースが逆に珍しかったりする。それもそのはずだ。現在、日本には約210万人(不法残留者含む)の外国人が暮らしているといわれる。私やあなたが、仕事以外の生活世界で外国人と関係するのも日常の風景になっているのも当然だ。一方、そこまで身近になりながらも、彼ら彼女らをどこまで知っているだろうか。仕事場の同僚など共通前提がある一部の人間を除けば、外国人が異国の日本という土地でどうやって暮らしているのかという視点はわれわれはあまり持ち合わせていないのが現状だろう

例えば病気になったとき、彼らはどこでどのような治療をどのような言語で受けているのか。ましてや死んだとき、その遺体はどうなるのか。街中のビル中に立地する外国人向け寺や教会では何が行われているのか。そういえばなぜフィリピンパブは廃れたのか。外国人の増大に伴い、日本の中の「異国」の領域も確実に変わり、新たに生まれていっている。本書ではそうした在日外国人の実態を取材もとに浮き彫りにしている。著者は『物乞う仏陀』や『地を這う祈り』など海外のスラムなどのルポを精力的に世に送り出してきた。今回、国内の外国人取材に取り組んだという構図も興味深い。

本書は4章構成でWEBでの連載に大幅に加筆修正した形だ。元々がWEB連載だけに、どこからでも好きなように読み始めることができる。さすがにここで全部の内容は紹介できないので章題だけ挙げておくと第1章が「外国人はこう葬られる」、第2章「性愛に見るグローバル化」、第3章「異人たちの小さな祈り」、第4章「肌の色の違う患者たち」。

 

個人的には1章、2章が興味深い。1章は外国人が日本で死んだらどうなるかだ。厚生労働省の調査では年間6000人超の外国人が死亡する。彼、彼女らの遺体の処置は大きく3通り。遺体を祖国に送るか、火葬して祖国に送るか、日本の外国人墓地に埋葬するか。この中で問題になるのは遺体を送るケース。土葬文化の国はもちろん、火葬の国でも遺体を一目見たいという遺族は少なくないが、防腐加工の技術や金銭面など意外にハードルは低くないという話だ。

 

2章は全290ページの中で、90ページが割かれている。著者の力の入れ具合がひしひしと伝わってくる。ただ、嫌いな人は毛嫌いする内容だ。内容は、一言で言うと、「夜や性の世界もグローバル化が進んでいて日本ヤベーよ」という話である。

例えば風俗産業。05年以降、東京の一角では風俗店がバタバタとつぶれた。国内の浄化作戦などもあったが、淘汰の契機になったのは韓国人風俗店の参入だったという。参入の背景には韓国の性産業が韓国国内の売春規制で締め出され、日本に新たな市場を見出したことがあった。韓国人風俗店は圧倒的な安さを武器にしたが、韓国勢が人気を瞬間風速的に得た理由は、それだけではない。ここでは詳しくは触れないが、日本人とビジネスそのものに対する考え方の違いが横たわっていたことも本書を通じてわかる。

そして、今、韓国人風俗店の波は都内近郊を中心に地方にも押し寄せているという。例えば、群馬県の太田市では、夜の街での外国人の「政権交代」が起き、かつて幅をきかしたタイなどの東南アジア勢はほとんど追い出されてしまったという。日本人風俗店は価格では戦えないため、価格や「ガチンコ」のサービスでなくソフトサービスでコミュニケーションを重視した店に切り替え生き残りを図り、共存共栄路線を模索しているようだ。果たして地方の数少ない雇用のひとつでもある歓楽街から日本人の姿を守れるのか。昼も夜もグローバル化の波にさらされ、日本で事業を展開するのは大変なのである。

2章では他にも三重県にある「売春島」がいまやタイ人だらけなど生々しい話も書いてあるのだが、面白いのは中国人妻を紹介する結婚紹介サービスについての話だろうか。仲介対象となる中国人女性は、昔は玉の輿を狙って、日本人と結婚できれば万歳といった感じだったという。だが、いまや中国の経済発展に伴い、日本の女性以上の条件を要求してくる中国人女性も少なくないのが実情とか。そして中国在住の女性が嫁ぐのでなく、日本在住の中国人女性が男性を探しているケースが大半という。日本は最早、わざわざ海を渡って嫁ぐような魅力のない国になっていることになりつつあるのだろう。本書を通じて浮かび上がってくる日本の「異国」の姿は、確実にこの国の一部であり、まさにこの国の今を映し出しているのである。

 

——————————————————————————————————————————-

地を這う祈り

地を這う祈り

  • 作者: 石井光太
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2010/10/20
これが世界の貧困のむきだしの姿か。強烈な写真が多数だが目を背けてはいけない。
物乞う仏陀 (文春文庫)

物乞う仏陀 (文春文庫)

  • 作者: 石井光太
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2008/06/10
著者の代表作。