おすすめ本レビュー

『渡り鳥の世界‐渡りの科学入門 』 知られざる鳥能力

村上 浩2012年3月2日
渡り鳥の世界―渡りの科学入門 (山日ライブラリー)

作者:中村 司
出版社:山梨日日新聞社
発売日:2012-01-25
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鳥のように大空を舞ってみたい。

人類誕生以来の夢であり、誰でも一度はそう願ったことがあるはずだ。

「願ったことがあるはずだ」とは書いたものの、本当に“鳥のように”飛んでみたいと思ったことがある人などいるのだろうか。少なくとも私はそんなことを願ったことはない。

レビュー冒頭から何を自問自答しているんだと思われるかもしれないが、懐疑的であることは科学的であるためには必須の条件だと聞いたことがあるので、しっかりと問いかけてみたい。

そもそも“鳥のように”とは具体的には鳥のどの部分に着目している比喩なのだろう。やはり、一番の特徴である羽に焦点を当てているのだろうか。サッカー日本代表の応援歌『翼をください』にも、「この背中に鳥のように 白い翼 つけて下さい」とある。ワールドカップともなると相当の人数が大合唱しているので、この歌に多くの人が共感しているのだろう。やはり“鳥のように”飛ぶことを考えるためには、羽を避けて通ることは難しそうだ。

それでは、「鳥のように飛んでみたい」という願望を「鳥の羽のようなものを背中にくっつけてバタバタと羽ばたきたい」と読みかえてみる。背中から羽が生えた人間が空を飛んでいる姿を具体的に想像して欲しい。ぼんやりではなく、目を閉じてその姿を思い浮かべるのだ。ちょっと、いや、かなり不気味ではないだろうか。背中と羽の繋ぎ目がどうなっているかなど想像したくもない。体毛の少ない人間には羽は似合わない。『ブラック・ジャック』の第5話「人間鳥」を読んだことのある人はこの不気味さがよりよくわかるだろう。

飛行機が発明されるまで目に見える形で空を飛んでいたのは鳥ぐらいだったので、比喩として使える対象が鳥だけだったというのだろうか。いやいや、トンボやカナブンだっていたはずだ。そもそも、実際に飛んでいるものに喩えなくても、“海を泳ぐように”空を飛んでみたいでも良いような気がする。なんだかスイスイーっと優雅な感じじゃないか。ドラゴンボール世代なら、“孫悟空のように”空を飛んでみたいと言った方がしっくりくるかもしれない。孫悟空は歩くよりも飛んでいる方が楽そうなので、これには十分憧れる価値がある。ちょっと急ぐと身体から変な光が出てしまうが、それはご愛嬌だろう。やっぱり、わざわざ鳥に喩える必然性は低いような気がする。

さて、盛り上がってきたところだが、成毛眞が言うようにHONZは「おすすめ本」を紹介するサイトである。レビュアーの四方山話が許されるのもこのあたりが限界だろう。最近では身内のはずのHONZメンバーからも「レビューと前髪が長過ぎる!!」とお叱りの言葉を頂戴する始末なので、“鳥のように”についての妄想をもっと広げてみたいところだが、そろそろ本題に入りたい。本当にいい加減にしないと、既にレビューが1000字を超えているのだ。

長ったらしい前フリも本書と全く関係ないわけではない。本書を読む限り、渡り鳥のように飛ぶのはなんとも大変そうで、気軽に「鳥みたいに飛んでみたい♪うふふっ」などと言うのは憚られるのだ。例えば、渡り鳥界の長距離選手であるキアシシギやムナグロは3,000キロを一気に渡る。この距離だけでも気が遠くなるのだが、渡りによって消費するエネルギーも半端ではない。エネルギーを蓄えるために、彼らの体重の48~50%は脂肪である。人間なら完全にメタボと診断される分量だ。そんなメタボな身体が渡りを終える頃には脂肪のほとんどない、ボクサーのような状態になっているというのだから、この渡りがいかに過酷なものであるかが伺える。

渡り鳥の性質は徐々に解明され始めているが、まだまだ分かっていない部分も多い。そもそもなぜ渡るのか、どのように正確に位置を把握しているのかについては様々な仮説が提出されており答えに近づいているようだが、決定打には至っていない。何しろ鳥たちが“渡っている”ということが分かったのは驚くほど最近だ。ヨーロッパでは冬に鳥がいなくなるのは海に潜って魚になるからだと考えられていたし、中国で鳥が冬眠しているという考えが誤りだと理解されたのは18世紀になってからだ。

渡り鳥の行動を把握するのは思いの外骨が折れる。バイオロギングをテーマとした『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』を読まれた方は、GPS付の小型記録装置を鳥に付ければいいじゃないかと思われるかもしれないが、ことはそう簡単には運ばない。渡り鳥には体重の軽いものが多く、装置発信機の電池の小型化が追いついていないのだ。理想的な装置の重量は体重の3~5%と言われており、数十グラムの鳥に取り付けることはできない。そのため、主な観測方法は今でも鳥の足に番号の入ったリングを付けて放鳥、捕獲する標識法と言われるものだ。世界で標識法が最も盛んなアメリカでも、4万羽の鳥を捕獲するために100万羽の鳥にリングをはめて放鳥しているというのだから、大変な作業である。

天敵から身を守るため、より正確な方向を進むため、様々な理由から渡り鳥は群れをつくって渡りを行う。群れのサイズは様々なだが、どうやらこの群れにはリーダーはいないようだ。リーダーがいなくても群れの間では0.1秒で情報が伝達し、さっと方向を変えることができるというのは何とも不思議である。群れがあたかも1つの生命体のように振舞うさまは『群れのルール』でも取り上げられている、今後の進展が気になるホットな研究分野だ。もしかしたら、渡り鳥が群れの仕組みを解き明かす鍵を握っているかもしれない。

渡り鳥の視力や記憶力、そして温度の微妙な変化を察知する感度は驚くべきものである。しかし、人間と最も異なる部分は、彼らが地磁気コンパスを内蔵しているということかもしれない。ハトの頭にはマグネタイト(磁鉄鉱)が1億個も存在しており、これをコンパス代わりにして目隠しした状態でも巣に帰ることができる。近年におけるハトの帰巣率低下の原因を磁気の増加だと主張する学者もいるほどだ。また、このコンパス機能は牛にも備わっているという研究結果が報告されている。この研究ではグーグル・アースに映し出された牛8510頭の体の向きが調べられており、地磁気に沿った南北方向に体が向いている確率が最も高いことを示している。北枕を嫌ったり、風水等で方角を気にしたりする人間にもコンパスが備わっているのかもしれないと考えるのは飛躍しすぎだろうか。

本書は私のような鳥初心者でもすんなり読み進めることができる構成となっており、誰にでもおススメできる本なのだが、1つだけ懸念点がある。発売以来Amazonで取り扱っておらず、中古品にも5,000円以上の値段がついている。その他のネット書店も軽くチェックしたが、在庫ありのサイトは見つからなかった。私の手元にある1冊も渋谷の大型書店で最後の1冊だった。

入手されたい方は渡り鳥のように書店を次から次へと移動することになるかもしれない。渡り鳥の世界ではルートから外れた鳥が、異なる地域の鳥とつがいとなる国際結婚が増加しているらしい。普段と違う本屋で普段と違う本と出合えるきっかけになれば幸いだ。

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巨大翼竜は飛べたのか-スケールと行動の動物学 (平凡社新書)

作者:佐藤 克文
出版社:平凡社
発売日:2011-01-15
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文中で紹介した『ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ』の続編。新たなデータから新たなロジックが組み立てられていく様は科学読み物の醍醐味。2冊順番に読むのがおススメ。

群れのルール 群衆の叡智を賢く活用する方法

作者:ピーター・ミラー
出版社:東洋経済新報社
発売日:2010-07-16
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1匹ではなんとも頼りない昆虫や動物たちも、群れになると途端に人間の力を多きく超えることさえある。そこにはどのような仕組みが働いているのか、その仕組みは人間界にも適応できるのか。生物たちの驚くべき習性が満載の一冊。成毛眞のレビュー

ダチョウ力 愛する鳥を「救世主」に変えた博士の愉快な研究生活

作者:塚本 康浩
出版社:朝日新聞出版
発売日:2009-03-19
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HONZで鳥と言えばこの本を紹介しないわけにはいかない。最近もこんなニュースが飛び込んで来たばかりだ。いやはやこの先生からは目が離せない。土屋敦による爆笑インタビューはこちら