おすすめ本レビュー

『地球進化 46億年の物語』 生物と鉱物の共進化

村上 浩2014年6月2日
地球進化 46億年の物語 (ブルーバックス)

作者:ロバート・ヘイゼン
出版社:講談社
発売日:2014-05-21
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ヒトはどこから来て、どこへ行くのか。いつの時代も人を惹きつけ、現代でも問われ続けている問いである。ダーウィンの『種の起源』をきっかけに、生命の進化にはより一層の関心が払われ、科学の発展とともに多くのことが明らかにされてきた。

それでは、生命を生み出した地球は、そして地球を構成する鉱物は、どのように進化してきたのか。これは、これまで十分に注意を払われてこなかった問いである。鉱物学を専門とする著者も、研究生活最初の20年間で実に多くの鉱物を分析していながら、その標本がどんな年代にどのように作られたかを気に留めていなかったという。地球の歴史46億年はあまりに長く、人類は誕生してからせいぜい数百万年しか経っていないのだから、つい地球や鉱物を不変のものと考えてしまうのも無理はない。

しかし、本書が描き出す46億年の軌跡は、ダイナミックな変化に富んだ物語だ。地球、鉱物はその姿を生物に負けないほどに変化させ続けている。本書を読めば、環境保護運動などで叫ばれる、「地球を救え」や「自然本来の姿を取り戻せ」というスローガンがいかに無意味なものであるかが痛感される。月が誕生した直後の45億年前の地球には、ケイ酸塩の熱い雨が降り注ぎ、赤く輝くマグマの海が地表を覆っていたというのだから、この頃の地球を取り戻して喜ぶ人はいないだろう。

著者は地球進化の長大な歴史を、鉱物の進化と生物の進化との密接な結びつき、鉱物圏と生物圏の共進化という概念を中心に物語っていく。地球を他の惑星と異なる独自な存在としているのは、生物圏の誕生と進化であり、地球の鉱物には他の惑星には見られないような生物の影響が色濃く残っている。著者は、4,500に及ぶ鉱物種の大半が22億年前の微生物による酸素大発生以降に形成されていることを指摘し、こう主張する。

今の鉱物の多様性は、生物がいない世界では生じなかったはずだ。この考え方では、半貴石のターコイズ、紺碧のアジュライト、鮮やかな緑色のマラカイトなどの人気のある鉱物にも、間違いなく生命体由来の徴候がある。

鉱物進化の歴史を辿るといっても、それは容易な作業ではない。数十億年前の出来事に目撃者などいるはずもなく、研究者たちは地球に残されたほんのわずかな証拠、同位体比や地層の変化など、を手掛かりに想像力を羽ばたかせるしかない。

ときには、地球外からのサンプルが決定的な証拠をもたらすこともある。地球の歴史に欠かせない月がどのようにできたのかについては有力な説が3つ(マグマ状態の地球から分裂した説、微惑星を地球の重力が捕獲した説、地球の軌道に残っていた塵や破片からつくられた説)あった。これらの説に最終的な決着をつけ、地球より少し小さな惑星の衝突が月をもたらしたというジャイアント・インパクト説をもたらしたのは、アポロが持ち帰った月の石だった。月の密度は地球より遥かに低く、地球には豊富な揮発性の元素(窒素、炭素、硫黄、水素)の痕跡が見られないという事実などが従来の仮説を棄却し、より確からしい説を与えてくれた。

本書ではこの「月の誕生仮説」のように、地球の進化について科学者たちがどのように議論を闘わせ、共通の認識を構築してきたかという経緯が丁寧に解説されている。地球科学や鉱物学の学問進化の歴史は、科学者たちの創意工夫や激しい論争にあふれており、地球の進化そのものにも劣らないほど面白い。

気象学を専門とするアルフレッド・ウェゲナーによって提唱された大陸移動説は当初、地質学の専門家たちから「ばかばかしいほど的外れ」と辛らつな評価を受けた。大陸が移動するというのは、従来の常識とあまりにもかけ離れており、ある意味で当然の反応だったのかもしれない。著者は、科学界のパラダイム転換について以下のように述べる。

並みはずれた主張をしようとするときは、それに見合う証拠を出すのが科学界のルールだ。そして並みはずれた主張は、たいてい並みはずれた精査を受ける。

ウェゲナーの提出した、大西洋を挟む両大陸の形状の一致や、両大陸をまたいだ地質学的・古生物学的な共通点だけでは、並みはずれた大陸移動説の証拠には不十分だった。大陸移動説には、ニュートン物理学のルールに則った、大陸が移動するメカニズムが欠けていたのだ。どんな力が加われば、これほど巨大な大陸が移動するというのか。地球は伸縮している、いや反対に地球は拡張している、といった具合に様々な仮説が生まれては消えていった。

大陸移動“説”をプレートテクトニクスという“理論”へと引き上げたのは、第2次世界大戦の軍事技術。潜水艦と核兵器に関連する技術が、プレート移動の決定的証拠をもたらした。対潜水艦のために開発されたソナー技術と磁気計は、海底地形の形状や磁気方向の分析を可能にし、新しい地殻が海の真ん中でベルトコンベアーのように産み出されていていることを明らにした。そして、核実験禁止のための世界標準地震計観測網が、新しい地殻が生み出され古い地殻が消えていくメカニズムを人類に教えてくれた。

400ページ近くに渡って46億年を俯瞰する本書が扱う範囲は広大だ。地球全体が厚い氷に覆われていたというスノーボール・アース説の説明があったかと思えば、光合成を行う生物が鉱物にどのような影響を与えたかが考察され、石油の起源を巡る米露の攻防にまで言及される。これほど多岐にわたるトピックを1つにまとめ上げた著者の手腕と、これほど魅力的な物語を提供してくれた地球に、感謝せずにはいられない。

「地球のからくり」に挑む (新潮新書)

作者:大河内 直彦
出版社:新潮社
発売日:2012-06-15
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エネルギーを軸に、地球進化の歴史を振り返る一冊。コンパクトにまとめられており、各章が独立した構成となっているので非常に読みやすい。成毛眞によるレビューはこちら

これまた並はずれた主張であったスノーボール・アースという説はどのように生まれたか。近年ではスノーボール・アース説はスラッシュボール(融けかかったシャーベット状の氷)説にシフトしてきているというが、この大胆な説が生まれた背景もまた面白い。久保洋介によるレビューはこちら

分子からみた生物進化 DNAが明かす生物の歴史 (ブルーバックス)

作者:宮田 隆
出版社:講談社
発売日:2014-01-21
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ダーウィンによる進化説は、その後の科学者の努力によって様々に発展してきた。その中でも日本の遺伝学者・木村資生によって提唱された「分子進化の中立説」は、まさに並はずれた主張だ。本書はその並はずれた主張をしっかり、丁寧に解説してくれる。