おすすめ本レビュー

そ、そんなもんまで食べるんですかっ!”辺境メシ ヤバそうだから食べてみた”

仲野 徹2018年11月4日
辺境メシ ヤバそうだから食べてみた

作者:高野 秀行
出版社:文藝春秋
発売日:2018-10-25
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注意して欲しいのは、食事中に読まないこと。
                  中には強烈な刺激を伴うものもある。

冒頭のことばがすべてを物語っている。

サルの脳味噌の燻製、イモムシのピリ辛煮、ラクダ丼、羊の金玉と脳味噌のたたき、水牛の生肉と脊髄ちゅるりん炒め、タランチュラの素揚げ、虫イタリアン、田んぼフーズ、ニシキヘビの唐揚げ、ヤギの糞のスープ、ヒトの胎盤餃子、ヒキガエルジュース、巨大ネズミ串焼き、あまりのことに以下割愛。

これを見ただけで毛沢東、じゃなくて、もうたくさんだろう。数々の辺境モノを著し、ソマリア本でいくつもの賞に輝いた高野秀行、今度は食の探検家である。辺境で経験した数々の恐ろしき食べ物を紹介していく。このリストを見ただけで気分が悪くなった人は、当然のことながら、この本を読まないほうがいい。

いずれ甲乙というか、丙丁をつけがたいラインナップではあるが、私的食べたくないランキング一位は、牧歌的なネーミングではあるが、ビジュアルを想像するだに恐ろしい、カンボジアはメコン川流域での「素材の味を活かしすぎな田んぼフーズ」だ。

川で掬ってきたものは、川ガニ、タニシ、ゲンゴロウ、カエル、フナの稚魚、何かの幼虫みたいなもの(!)、そしてオタマジャクシなど。なんと、美味しそうなカニとタニシは捨てて、他のものを水煮にする。味付けは塩のみ。

カエルは食用もあるし、けっこう美味しいのは知っている。しかし、水煮=姿煮だ。まるでその死体を食べるようであったという。味は悪くなかったというが…。それ以上にすごいのは、長さが10センチもあるムカデとイモムシをかけあわせたようなガムライケーンという幼虫。なんかもう、見るのも怖い。で、その味は、見かけどおりのグロい味だったそうな。どんな味やねん…

それに比べると、タイ北部の巨大クモ唐揚げになるとビジュアル的にも及第点で(ホンマか?)、からっと美味しいような気がしないでもないのだが、「今まで私といっしょの旅で、どんなゲテモノでも平気で食ってきた妻が拒否したのは後にも先にもこの巨大グモだけである」そうなので、奥様のノンフィクション作家・片野ゆかさんに敬意を表して、第二位には巨大クモ唐揚げをあげておきたい。三位はペルーのリマで飲んだというヒキガエルジュースかなぁ。

心理的抵抗感の強いのは、「中国最凶の料理、胎盤餃子」だ。どこからか手に入れ冷凍されたヒト胎盤を解凍し、ゆであげる。漂う強烈な臭い。そして、半分をスライス、半分を餃子に。誰も食べようとしないが、勇気を振り絞って食べる高野さん。そして叫んだことばが「これ、レバーじゃん!」

歯ごたえ、舌触り、味、どれもがレバーらしい。そのことを同席した中国人たちに説明しても、誰も手を出さなかったという。中国人は何でも食べる、というのはウソだったことをここに証明した。高野秀行、恐るべし。

高野さんの結論は「胎盤は胎児の肝臓なのだ」であるが、それはちゃいます。発生学的にも機能的にもまったくちゃいます。でも、まったく違った臓器が同じような味がすることがあっても不思議ではない。たとえば、この本にも出てくるが、脳と精巣は似た味がするとよく言われる。白子など見かけも脳によく似ているが、それは関係なくて、たぶん、味が近いのは、細胞の成分、脳と精巣の場合は細胞膜の脂質成分、ではないかと以前から睨んでいる、

胎盤食というと思い出すのは、かつてうちの研究室にいたS君だ。その昔、胎盤の研究をしていたS君、子どもが生まれた時に病院から胎盤をもらって帰って食べたという。たしか、焼き肉みたいにしてレモンをしぼって、とか。

それを聞いて、うげげっ、お前、どっかおかしいんとちゃうか、と怯えるわたしに、S君はひとこと。先生、なに言ってるんすか、「胎盤、食べ方」で検索してください。いっぱいひっかかってきますから、とのこと。確かにそれは事実であった。そして、何人もがレバーに似てると書いている。あな恐ろしや現代日本

中国では昔から胎盤はからだにいいと言われていて、一部の人たちの間では秘かに食べられていたそうだ。プラセンタ(=胎盤)エキスの広告もよく見かける。しかし、食べますか。まぁ、病院にとっては、胎盤はけっこうなサイズの医療廃棄物になるから、持って帰ってもらったらありがたいような気がするけど。

冒頭リストの中で、ひとつだけ食べたことのあるものが。「アンデスのオーガニック・巨大ネズミ串焼き」がそれだ。2年前、あこがれのインカトレイルを歩いてマチュピチュを訪れた。その時に、勇気を振り絞って、巨大ネズミ・クイに挑戦してみたのだ。

串焼きといっても、焼き鳥とか焼き豚みたいな串焼きではない。串にさした姿焼きである。なので、これも、けっこう心理的抵抗感がある。しかし、味は、中華料理にある子アヒルをからっと焼いたやつにそっくりで美味しかった。今度ペルーに行ったら、ぜひまた食べてみたいほどだ。

この経験から、見かけと味は違う、ということは一応わかっておる。昔から、食わず嫌いは見て嫌い、と言うではないか。あ、言いませんか、そうですか。しかし、やはり最初に突破すべき、見かけからくる心理的バリアがけっこう大きいことは間違いない。じつのところ、クイを食べた時も、決断するまでに何日もかかった。

ペルーのクスコでガイドのお姉さんに聞いたお話。ご当地では、クイの丸焼きはハレの日のご馳走。小学生の頃、誕生日のお祝いにとお母さんが作ってくれた。美味しくてうれしかったけど、あとで気づいたら、かわいがっていたクイの数が減っていて、とても悲しかった、と。高野さんも書いているように、アンデス地方では、ペットにしているクイを食べるのは普通らしい。なにがなんだかわからない。

あらためて、食というのは文化だと思う。たとえば、魚の活け作り。西欧人からは残酷だと思われることもある。日本人は何とも思わないけれど、魚も痛みを感じるのだから、苦しゅうござる、早う介錯してくだされ、と口をパクパクしているのかもしれない。そう思ったら、かわいそうすぎる。

日本からは、ゲテモノではないが、かわった食材として、広島は三次(みよし)のワニがあげられている。ワニといってもクロコダイルとかアリゲーターのワニではなくて、因幡の白ウサギに出てくるワニ、すなわちサメの料理である。これくらいなら大丈夫、ぜひ一度食べてみたい。

この本を読んでいたら、そこそこの心理的抵抗感があるとはいうものの、本格的に昆虫食をしてみたくなってきた。高野さんの本に、新宿歌舞伎町のその筋では有名という中華料理店が紹介されている。いちど、ぜひHONZのメンバーで行ってみたい。隊長はもちろん、HONZきっての虫女・塩田春香で。

世界の食べもの――食の文化地理 (講談社学術文庫)

作者:石毛 直道
出版社:講談社
発売日:2013-05-10
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世界を食べ歩くとなると、文化人類学者・石毛直道先生だ。どの本も鉄板でおもしろい。残念ながら絶版になっているが、『鉄の胃袋中国漫遊』以来のファン。
 

謎の独立国家ソマリランド

作者:高野 秀行
出版社:本の雑誌社
発売日:2013-02-19
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高野さんといえば、誰がなんといおうとこの本だろう。大出世作、拙レビューはこちら。
 

平成犬バカ編集部 (単行本)

作者:片野 ゆか
出版社:集英社
発売日:2018-11-05
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高野さんの奥さんである片野ゆかさんは、動物愛護の精神にあふれておられる。なんとなくわかるような気がしないでもない。最新作がこちらです。