おすすめ本レビュー

自分の人生を輝かせる「スーパーボランティア」の生き方――『お天道様は見てる 尾畠春夫のことば』

塩田 春香2021年9月20日
お天道様は見てる 尾畠春夫のことば

作者:白石 あづさ
出版社:文藝春秋
発売日:2021-08-25
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2018年8月、瀬戸内海に浮かぶ山口県の島で、2歳の男の子が行方不明になった。警察や消防が150人体制で3日間探しても見つからなかったその男の子を、大分県から駆けつけたボランティア男性が捜索開始からわずか20分で無事見つけ出したニュースを覚えておられる方も多いだろう。「スーパーボランティア」と呼ばれたその男性こそが、尾畠春夫さんである。

5万5千円の年金暮らし、災害があれば全国へボランティアに飛んで行く。そんな生き方が大きな話題となり、尾畠さんは一躍「時の人」になった。その尾畠さんに、ある時は一緒に山に登り、またある時は一緒にボランティア活動に参加して、3年近く取材を続けて生まれたのが本書である。

取材した本書の著者・白石あづささんは、『世界のへんな肉』で世界を渡り歩いてビーバーやアルパカの肉を食べ、『世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う』ではインド仏教徒1億5千万人を率いるカリスマ坊主に密着取材したというこれまたユニークな方なので、この二人の組み合わせでできた本がおもしろくないわけがない!

本書は、尾畠さんの幼少期からこれまでの人生やボランティア活動について語られ、それぞれの章末には「育てる」「乗り越える」「支え合う」といったテーマ別に、尾畠さんの言葉が紹介されている。これが、少しも説教臭くなく心にストンと落ちるのは、尾畠さんの生き方や人柄あってのことだろう。

さて、はじめて尾畠さんの大分の自宅を取材に訪れた白石さん、いきなり初対面の尾畠さんの家の留守番をすることになってしまった。この展開、前著『世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う』で、インドに行くなり鳩と同居するはめになったことを思い出して「白石さんは、呼んじゃう人、だなあ~」と、思わず笑ってしまう。

だが、しだいに明らかになる尾畠さんの前半生は、苦難の連続だった。家が貧しく10歳で奉公に出され、栄養失調のために19歳で歯が全部抜けてしまったほど。だが、尾畠さんという人の持って生まれた性質なのだろう、理不尽なことがあっても自分の了見を狭めるようなひねくれ方はしないし、見栄を張ったりもしない。

こんなエピソードも紹介されている。東京でとび職をして資金を貯め、故郷で念願の魚屋を開業した尾畠さん。フグ調理師免許の筆記試験で、学校に行けなかった尾畠さんには読めない漢字がたくさんあった。そこで、尾畠さんはなんと、試験中に32回も手を挙げて試験監督に読めない漢字を教えてもらい、見事合格したという。

さぞ豪快で細かなことは気にしない人なのかな?と思ったが、それは違った。尾畠さんはものすごい気配りの人でもあった。本書には、「ああ、なるほど、だからこの人は人に好かれて信頼されるのか」と納得させられるエピソードが満載だ。

男っちゅうのはボランティアの現場でも意地を張り合うし、男が男に命令すると、ムッとする人も多いんよ。そうなると現場がギスギスするっちゃ。それに、強い男性がリーダーになって、がむしゃらなペースで作業したらみんながヘトヘトになってしまう。全員が同じ体力じゃないでしょ。グループには初心者もいるからね。だから女性がリーダーになって、自分の体力合わせて休憩にすれば、みんなは疲れないんよ。

ご自身は人並外れた体力と技術をもっていながら、非常によく周りを観察していて、ボランティア活動に参加したことで嫌な思いをする人が出ないように気を配っていることがよくわかる。また、言葉に説得力があるのは、豊富な実体験に裏打ちされているからだ。

地元の山での重機並みの登山道整備や危険な海のゴミ拾い、新潟県中越地震や東日本大震災などの災害ボランティア、そして冒頭の2歳の男の子の救出劇は、読んでいて「スーパーボランティア」ぶりに感嘆することの連続だ。しかし、人に好かれようと思ってやっていない、承認欲求でもない。他人への押しつけがましさもない。かといって滅私奉公でもない。ボランティアのお礼をしたいという地元女性に、笑って答えた言葉が象徴的だ。

欲しいものがひとつある。ワシは姉さんのかわいい笑顔が欲しい。ああ、今、貰ったから何も要らんよ。

地域のためにと頑張ったボランティア活動を「意味がない」とけなされたり、やっておいた作業をめちゃくちゃにされたりしたこともあった。有名になれば、いわれない誹謗中傷を受けて、落ち込んでしまった時期もある。

だが、日本縦断徒歩の旅でお世話になった南三陸の女性を東日本大震災の直後に探しに行く話や、被災地で一緒にボランティア活動をした引きこもりの青年の話、愛車のダイハツ軽ワゴンにまつわる逸話などなど、「ああ、世の中って捨てたもんじゃないな」と、私も読んでいて何度も救われる思いがした。

赤の他人と心と心でつながれる瞬間があることを何度も体験しているから、嫌なことがあっても、ボランティア活動が尾畠さんご自身の人生を輝かせているのだろう。

金銭などの対価をもらえる仕事よりも一段劣るものとして、ボランティア活動をみなす人もいる。だが、対価のないボランティアは嫌なことがあれば仕事と違って簡単に辞めてしまえるし、我慢してまで頑張る必要もない。ボランティアを束ねて活動するということには、仕事以上に難しい面もあり、豊富な経験や技術、そして何より人としての包容力が必要となる。

2歳児の奇跡のような救出劇も決して偶然ではなく、ただ運が良かっただけでもない。本書を読めば、長年にわたる様々なボランティア活動での経験、生き方の積み重ねがあってこそだったことがわかるだろう。

そしてもうひとつ。こうした「時の人」の本の出版は、早ければ早いほどよく売れる。あの奇跡的な救出劇のあと、たくさんのメディアが尾畠さんを追いかけた。念願だった東京から大分への徒歩の旅も、途中で断念せざるを得なかったほどだ。それから3年も経って出版された本書に、私は著者の白石さんと版元出版社の誠意を感じる。白石さんは、尾畠さんを「消費」しなかった。その取材姿勢こそが尾畠さんとの信頼関係を築き、ここまでの魅力を引き出せたのだ。

生きがいが見いだせない。自分はいつも損をしている。世の中悪い奴ばかり。そんな思いにとりつかれて気持ちが沈み込んでいる人にこそ、本書の尾畠さんの生き方や言葉を届けたい。

いいことをしてもズルいことをしても、お天道様はちゃんと見てるんよ。

 

世界のへんな肉 (新潮文庫)

作者:あづさ, 白石
出版社:新潮社
発売日:2019-04-26
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最近は中高生にも人気という本書。わかるわかる、だって、おもしろいもん!
「澱んだ川で釣ってしまった鯉の味」というビーバー。「魚のハラワタのような苦くて渋い味」というライチョウ。では、アルパカは? イグアナは?? キリンは??? カブトガニは???? 紹介記事はこちら
 

世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う

作者:あづさ, 白石
出版社:文藝春秋
発売日:2019-06-20
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存続の危機にあったインドの仏教をたてなおし、仏教徒を1億5000万人にまで増やす偉業を成し遂げた最高指導者、佐々井秀嶺氏の生き様を、白石あづささんが密着取材。紹介記事はこちら