絶滅寸前のインド仏教復活!その立役者は……『世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う』

塩田 春香2019年06月23日 印刷向け表示
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世界が驚くニッポンのお坊さん 佐々井秀嶺、インドに笑う
作者:白石 あづさ
出版社:文藝春秋
発売日:2019-06-20
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仏教誕生の地、インド。だが、みなさんはご存知だろうか? インドでは一時、仏教が存続の危機にあったことを。その激減した仏教徒を1億5000万人にまで増やす偉業を成し遂げた最高指導者が、日本人であることを。「仏教徒を増やす」ことは、ほかならぬ貧困や差別との闘い、「不可触民」と呼ばれる人たちを救うためであった、ということを。

本書で描かれるのは、今もそのインド仏教の頂点に立つ、佐々井秀嶺(しゅうれい)氏の生き様である。

1935年に岡山県で生まれ、32歳でインドに渡った。自殺未遂を繰り返した青年時代、劇的な出来事に導かれてインドに渡り、暗殺者につけねらわれながら差別と闘い続ける現在……、その人生は波瀾万丈の一言では済まされない。

――しかし恥ずかしながら、私はインドで仏教が滅びつつあったことも、佐々井秀嶺というすごいお坊さんがいることも、まったく知りませんでした! ではなぜ本書を手にとったのかといえば、著者が『世界のへんな肉』の白石あづささんだったから。

『世界のへんな肉』で白石さんは、イランで初対面の人の家に上がりこんでヒツジの脳みそサンドイッチをご馳走になるという、抜群の警戒心のなさを発揮していた。アフリカでは、ダチョウに襲われてマサイ族に助けられていた。だから「本書もハードボイルドなお坊さんを脱力気味に紹介しているんだろうな~」くらいな軽い気持ちで読み始めた。

実際、佐々井さんと白石さんの会話は、どこかかみ合わない。それでいて二人の間に流れる「おじいちゃんと孫」のようなほんわかとした雰囲気が、物騒な出来事にまで、やわらかな独特の味わいを醸し出している。

暗殺されるリスクのある集会に同行するよう求められた白石さんの反応は、「えー、まだ死にたくない! 暗殺とかほんとに無理~」だし、佐々井さんが若い頃に死にかけて山伏から赤い目をした蛇の心臓を食べさせろと告げられた話をすれば、「え~、想像しただけで身震いがします。その赤い目の蛇とは、シマ蛇のことでしょうか?」……突っ込むところ、そこ?という具合。

でも、客観性を損なうことを恐れてあえて取材対象と距離をとるようなことをしない白石さんの姿勢が、佐々井秀嶺という規格外のお坊さんの魅力をぐいぐいと引き出してくる。

父の不貞による家族崩壊、酒に溺れ、女に狂い、血縁もないのに親切に庇護してくれたおばあちゃんを裏切った自分、出家を思い立つも仏教界に失望して自殺未遂。

それでも、運命は彼を見捨てない。行き倒れて運び込まれたお寺で尊敬できる和尚さんに出会って修行を積み、やがて得度。タイでグラマーな女性に拳銃で撃たれそうになり、インドに渡ってからも断食・断水を強行して死臭がするほど衰弱、信頼していた弟子に裏切られ、仏教遺跡を大発見、秘密警察と対決!等等等等……、人生に1回あれば十分なレベルの出来事がてんこ盛り!なのである。

ふしぎなことに、ピンチになると必ず誰かが助けてくれる。だが、それはただの運の良さではないことに、本書を読むと気づかされるだろう。

たとえば、寺に架けたガンジーの肖像が、いつも村人たちにこっそりと外されてしまうことに始めは憤っていた佐々井さん。「インド民衆の心の奥深くを理解するためには知識と実践の両輪が必要だ」と歴史や文化を学びなおす過程で、なぜガンジーが不可触民の人たちに嫌われていたのか、日本ではあまり知られていないガンジーの一面を知り、己の無知を恥じるに至る。

ここぞという時に学ぶ機会を与えられ、思い込みを捨てて真摯に学ぶ。学んだことは机上での自己満足にとどめない。貧しい仏教徒のために学校をつくり、自立の難しい女性のための就職予備校を開く。身寄りのない老人のために無償の養護院や病院も建てる。さらには「犬が憑いた女の悪魔祓い」とか「息子にお嫁さんを紹介してほしい」といった、身近なよろず相談にまで乗ってあげる(それもほぼ毎日)。

私利私欲なく、ただ、貧しい人たちのために尽くす佐々井さんは、絶大な尊敬を集めるようになる。やがて彼への尊敬は、仏教への興味へと変わってゆく。

インド13億人のうち「触れると穢れる」と3000年にわたって差別され続けてきた不可触民の人たちは、約2割。インドで大多数を占めるヒンドゥー教は、この身分制度、いわゆるカースト制度と強く結びついている。それほどの長期間差別を受け続ければ、「変えられる」という発想などもはや浮かぶはずもなく、希望なく、ただ耐えるだけだったことは想像に難くない。

ところが、佐々井さんの登場で、カースト制度から離れるために仏教に改宗する人たちが飛躍的に増えた。佐々井さんの助言で貧しくとも子供を進学させ、卒業した子供は仕事を選べるようになり、収入が増え、治安もよくなり、街に希望が生まれる――。

こうして、人間扱いされてこなかった人たちが、「同じ人間なのになぜ差別されるのか?」と疑問を抱き、自ら考え、主張できるようになった。まさにこれは3000年間変えられたなったことを変えた、革命的なことだった。

当然、カースト制を維持したい人たちからは、恨まれる。じつは、佐々井さんには弱点があった。とっくの昔にビザが切れて不法滞在のまま活動していたのだ。国外退去命令に従わずにいたある日、ついに警察に連行されてしまったのである。強制退去になれば、二度とインドには戻れない。

だが、独房で失意の佐々井さんを救ったのは、まさに彼が希望を与えた、インド人仏教徒たちだった。「今度は自分たちが親分を守る番だ!」と警察署に乗り込み、暴動を恐れた警察は佐々井さんを釈放。それに留まらず、デモ行進や10万人規模の抗議集会、署名運動を繰り広げ、ついには佐々井さんにインド国籍を取得させるところにまでこぎつけたのだ。

驚くべきことにこれらの活動には、ヒンドゥーやキリスト、イスラムなど、宗教を超えた人たちも参加した。皆、佐々井さんが貧しい人たちのために尽くしてきたことを、ちゃんと見ていた。

さらには1998年、インドが核実験を行ったとき、首都デリー近くにいた僧や信者たち約300人は誰の指示を受けるでもなく、自ら抗議行動をした。これは以前ならば考えられないことだった。「やったー、インドはすごい!」と喜んでいた何も知らないインド人たちのなかには、この抗議行動を見て「核は人殺しの道具である」と気づかされた人も多かったに違いない。

理不尽な差別を耐え忍ぶだけだった人たちが、自分たちの暮らしに希望を抱き、さらには
人のために行動できるようになった。これこそが、佐々井さんの成し遂げた最大の偉業ではないか?

――あれ? ゆるい旅行記を読むような気持ちで手に取ったはずの本書なのに、目頭が熱くなっている……。

けれど本書の最大の魅力は、このレビューには書かなかった、身体を張って民衆に寄り添い続ける佐々井さんの日常にある。佐々井秀嶺の命をかけた闘いは、いまも続いている。こんな偉大な人物をまったく知らなかった自分を恥じつつ、いい意味で期待を裏切ってくれた本書に、賛辞を送りたい。

世界のへんな肉 (新潮文庫)
作者:白石 あづさ
出版社:新潮社
発売日:2019-04-26
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