「お腹すいたなあ……」
ラーメン店の長い列に並ぶ人たちをぼんやりと眺めながら、つぶやいた。2024年2月、小豆島にあるヤマロク醤油で行われた木桶サミットの会場で、私は本を売る店番をしていた。視線を机に並べた本に落としたその時、すっと横から、真っ白なおにぎりが2つ入った容器が私に差し出された。びっくりして顔を上げると、隣に出店していたお兄さんがにっこりと笑って、元気よく「どうぞ!」。
これが、滋賀県北部、ちょうど琵琶湖の北の端あたりの西浅井を拠点に地域おこしをしているグループ「ONE SLASH(ワンスラッシュ)」代表・清水広行さんとの出会いだった。
ONE SLASHは、清水さんが地元の幼馴染たちと作ったグループで、その活動は『RICE IS COMEDY(ライスイズコメディ)』という本にまとめられている。木桶サミットには、自分たちで育てたお米を振る舞う「ゲリラ炊飯」という活動で訪れていた。
おにぎりのお礼にその場で本を買って、パラっと開いたページに書かれていたのが
「今やってるそれ おもろい?」
ブレたら、原点に戻れ。
あ、いま、自分のなかにある、あえて見ないようにしていた惰性をぶっ刺された。
本によれば、清水さんはプロのスノーボーダーの道を怪我で断念し、地元・滋賀に戻って「大人になったら一緒に何かしよう」と語り合っていた仲間たちに声をかけ、ONE SLASHを結成。それぞれの得意分野を生かして地元を盛り上げようと、農業だけでなく建設、アパレル、不動産なども手掛けている。
じつは先日、この『RICE IS COMEDY』の舞台・滋賀県西浅井に行ってきた。自然豊かな田んぼの風景、おいしい食べ物、こだわりの生産者、個性豊かな地元の人たち……などなど、ポテンシャルの高さは想像をはるかに超えていた。
ONE SLASHのお米生産部隊隊長・中筋雅也さんに、田植えを体験させてもらいながら米作りの苦労話や問題点などもうかがえて、都会育ちの私には目から鱗が落ちるようなことばかりだった。
終始笑顔の中筋さんだったが、『RICE IS COMEDY』では「なんやねんそれ、おもんな、だっさ」「なんやお前こら!」と、久しぶりに再会した清水さんと大げんかになっている。本気でぶつかり合える二人の関係は、ちょっとうらやましくもある。
大きなことを成し遂げ、遠くに行くためには仲間が必要
仲間のことを楽しそうに語る清水さんを見ていて、なるほどなあ……と、本を読んだときにはピンと来なかった言葉が、腹落ちした。
ONE SLASHの活動もすごいのだが、『RICE IS COMEDY』も、やたらとおもしろい。メンバーひとりひとりの歩みや、どうやって地域を巻き込んで盛り上げていったのかが具体的に語られている。ふんだんに使われている写真も、めちゃくちゃカッコいい。ページをめくるごとに文字の組み方やデザインの変化があって、飽きさせない。構成も秀逸で、読者を楽しませようとする工夫が隅々まで行き届いている。
版元は、スタブロブックスという2020年に設立された兵庫のひとり出版社。ONE SLASHのもつ熱量が、そのまま印刷された紙を介して伝わってくる。ひとり出版社で、ここまでできるのか……すごい!
でも、「ひとり出版社だからこそできた」とも言えるのかもしれない。組織あるあるだが、会議などで揉むうちに、予算や納期の都合であれもダメ、売れそうにないからこれもムリと、最初の熱量がどんどん削ぎ落とされて、ついには誰もほしいと思わない無難な商品ができあがってしまうことがある。
仲間がいるからできること、ひとりだからこそできること。新しいことを始めるためにはきっとそのどちらも大事で、それぞれの役割があるのだと思う。ONE SLASHの仲間と活動している清水さんも決めるべきことは自分で責任を持って決めているし、『RICE IS COMEDY』の奥付を見れば、ひとり出版社と言っても執筆、デザイン、写真、イラスト、校正等々、一冊の本を世に出すためにたくさんの人たちが関わっていたことが感じられる。
きっと本づくりの情熱がある人が興した会社なんだろうな、と「スタブロブックス」をネット検索してみたら、社長の高橋武男さんによる設立への思いにつながった(https://stablobooks.co.jp/about/) 。そう、この「熱さ」がある本は、やっぱりわかる。
思い出すのは今年5月に、文学フリマ(文学系同人誌の即売会、といえばイメージがしやすいかもしれない)の会場を初めて訪れたときのこと。2002年に始まった当時はこじんまりした会だったと聞くが、徐々に来客数を増やし、次回はついに東京ビッグサイトに進出するという成長ぶりだ。
商業的な流通はしなくても、一冊入魂の自作本を自分の手で売る人たちと、それを買い求める人たち。「活字離れ」という言葉が信じられないほど会場は熱気にあふれ、売り手と買い手が楽しそうに会話する姿が随所に見られた。そして、次々に本が売れて行く。
インターネットの動画配信がテレビを凌ぐ勢いになったように、既存の出版ムラ社会とは違うところで、活字文化のまったく違う業界が興る可能性もある。いや、すでに育ちつつあるのかもしれない。でもそれは旧来の出版業界を圧迫するのではなく、むしろ救世主にもなり得るのではないか?
日本は世界に先駆けて人口減少と高齢化の時代を迎えていますが、それ自体はネガティブなことではないと思います。日々進化するテクノロジーを使い、人口減少・超高齢化社会に適応した新たな国づくりや地域づくりの在り方を日本が示すことができれば、世界をリードできる可能性があるわけですから。
『RICE IS COMEDY』に出てくる清水さんの言葉に、ふと、木桶サミットを主催している小豆島のヤマロク醤油社長・山本康夫さんと、今年3月に陸前高田で会った八木澤商店社長・河野通洋さんのことが思い浮かんだ(その時の記事はこちら)。
そうだ、この人たちと話していると地方のポテンシャルの高さに気づかされ、未来に希望を感じさせてくれる。もちろん実際に暮らすとなれば地方ならではの大変さはあるけれど、3人とも口だけではなく有言実行して地元を盛り上げ、道を切り拓いているから説得力がある。
将来への不安と沈鬱な雰囲気が漂う日本社会のなかで、西浅井の地域おこしや、ひとり出版社の奮闘、そして同人誌の世界で感じたものを、一言でいえば「希望」。悲観的な話題にこと欠かない地方と出版業界の10年後が不安で仕方なかったが、元気にがんばる人たちに出会い、いま、ちょっとだけ未来が「楽しみ」にも感じ始めている。
本文中に出てくる、八木澤商店の河野道洋さんが東日本大震災で被災した会社を立て直す奮闘を追った本。
本文中に出てくる、ヤマロク醤油の山本康夫さんが絶滅寸前だった巨大木桶を復活させる奮闘を追った本。