おすすめ本レビュー

爆笑につぐ爆笑!オモシロ論文集『すばらしきアカデミックワールド』を読まずに死ねるか!

仲野 徹2022年3月27日
作者: 越智 啓太
出版社: 北大路書房
発売日: 2021/12/30
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『すばらしきアカデミックワールド オモシロ論文ではじめる心理学研究』という真面目なタイトルに騙されてはいけない。ひかえめに言って、驚きにつぐ驚き、爆笑につぐ爆笑の一冊だ。

総論文数、数え間違えていなければ84編が真面目に紹介されている。必ずしも心理学に限定されている訳ではないが、すべての論文が素晴らしくおもろい。怪しげな論文がない訳ではないが、きちんとそう注釈が書かれていて、眉唾かどうかもちゃんと判断できる。もちろん、その気になれば原著論文も調べられる。

おもろい論文ばかりなので、どれを紹介すべきか迷うところなのだが、面白さと学術的な考察から、えいやっと「キスをするときどっちに頭を傾けるか問題」をとりあげてみたい。このテーマで4つの論文が紹介されている。キスをしたことがある人は、まず、自分がどちらに傾けるかをイメージしてちゅうだい、じゃなくて、ちょうだいね。

ひとつめの論文は、なんと、研究者のあこがれ Nature 誌に掲載されたものだ。タイトルは「Adult persistence of head-turning asymmetry」、直訳すれば、「成人における頭部回転の非対称性維持」といったところなのだが、単に「キスするとき人は頭を右に傾ける」というだけの内容だ。羊頭狗肉ですな。でも、その狗肉がむっちゃ美味しい。アメリカ、ドイツ、トルコの公共の場所(空港とか駅とかビーチとか)で、キスをしているカップルで調べたという、まぁ言うたら、覗き見みたいな研究ですわな。

被観察者は13~70歳で、124回のキスを数えている。もっと本気でたくさん調べろといいたくなる数でしかないが、右が80回、左が44回と、この程度の調査で有意差が出るくらい顕著な傾向があった。これはおそらく、右利き左利きみたいに生得的なものであろうと結論づけられている。ふむふむ、なるほど。と納得するのはまだ早い。その説に対して、反論を唱える論文が出されているのだ。

「親子のキスは、右に偏らない」というタイトルで紹介されているのは、カップルではなくて親子間のキスを調べたところ、右に偏らないという論文だ。これはインスタなどのウェブサイトで写真を調べた論文だが、夫婦ではやはり右に傾けるけれど、親子は逆で左に傾けることが多かった。不思議だが、右利き左利き生得説はあっけなく棄却せざるをえない。なんと学問的なんだ。

ウェブサイトの写真による研究というのは怪しげだと思われかねないと案じたのか、この論文の著者はさらに研究を続けている。なんでも、初対面の人がキスをする写真がアップされている First Kiss というオンライン動画サイトがあるらしい。それで調べると左右がほぼ半々、すなわち、親子でなくとも、初対面のように恋愛関係ではない場合は右バイアスが認められない。ということで「非ロマンチックキスでは左に傾ける人も結構いる」という結論が確認されたのだ。いやぁ、素晴らしい。

わかっていただけるだろうか。研究というのはこのように先行研究をヒントにして進んでいくのである。また、Nature 論文に対して、まったく違った方向からの研究「キス時の偏りバイアスは文章を書く方向性に関連している」も報告されている。これは着想が卓抜だ。もともとの研究は左から右へと文字を書く文化の人についておこなわれたものである。それに対して、ヘブライ語あるいはアラビア語といった右から左へと書く文化の人について調べてみた。

なんということでしょう(ビフォーアフター風に読んでください)。 右から左系文化では、キスをする時、右ではなく左に傾ける比率が高かったというのだ。キスの時に頭を傾ける方向は、生得的ではなく、文字学習という後天的なものによって左右されるとは。これを画期的と言わずして、なにを画期的というのだ!これっておもろすぎまへんか?

同じように、ある論文が発表されて、それに対して反論する、あるいは、補強する論文が出された例が、他に9ケース紹介されている。こういうのは当然ながら、連続技の内容がおもろい。それらのタイトルと簡単な内容だけ紹介しておこう。

赤色が性的魅力に関係するかという「ロマンチックレッド効果」。そそられずにはいられない「いい男あるいは美女が今夜一緒に寝ませんかというとどのくらいの人がOKするか」問題。賛否両論ある「アスリートは長生きするか?」。たくさんチョコレートを食べるとノーベル賞がもらいやすくなるかについての「ノーベル賞-チョコレート論争」。なんとこれには7つもの論文が紹介されている。暇な研究者が多いんやな、きっと

他にも、「おしっことウンコの時間に関する研究」、「暑い日はスポーツで反則が増える」、「イニシャルがAの学生は成績がよいか」、「スラッシャー映画(「13日の金曜日」みたいな映画)ではセックスすると死ぬ」などなど、どうでもええといえば完全にどうでもええけど、ちょっと覗いてみたくなる論文が目白押しだ。

もちろん、単独で紹介されている論文のレベルもバカ高い。「絵文字使うやつはエロい」、「ロマンス小説愛読者はコンドームが嫌い」、「誰がペニスサイズを過大申告するのか」、「隣に人が立つとおしっこを早く切り上げる」とかになると、どうしてそんな研究をしようと思ったかの方に興味がわいてしまうやんか。

念のために言っておくが、こういった系統の論文ばかりではない。「あなたは自分で思っているより魅力的ではない」というイヤな話や、「金持ちは横断歩道で歩行者に道を譲らない」、「でかいサイズを頼んだほうが社会的地位が高く見える」という何となくそうだろう的な話もある。

なかには、まさかそんな、というものも。そのトップは「試験前にはおばあさんが死にやすい」だ。試験を受けたくないがために「祖母が急死して」という言い訳を使うのではないかという発想でおこなわれた研究なのだが、本当に死亡率が高かったというのだ。ただ、この論文はおもしろ論文として有名だが、信頼性には問題があるらしい。そらそやわなぁ。

いやぁ、どうです?これほど真面目に笑えて、なおかつ、ひょっとしたら役にたつかもしれないような気がしないでもないと思わせる可能性のある本って、なかなかありませんで。この本、Amazonでのランキングは15万位近くと低迷し、☆はひとつもつけられていないというのは驚きだ。あかん、こういうことやから日本のアカデミズムが沈む一方なんや。ぜひご一読を!

作者: 倉原 優
出版社: 中外医学社
発売日: 2014/11/26
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作者: 倉原優
出版社: 中外医学社
発売日: 2015/4/15
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ずいぶんと前ですが、HONZで紹介したことがあります。

作者: サンキュータツオ
出版社: KADOKAWA
発売日: 2017/11/25
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これはヘンな編集者、塩田春香のレビューがあります。