HONZ今年の1冊

2020年 今年の一冊

HONZメンバーが、今年最高の一冊を決める!

内藤 順2020年12月29日

HONZメンバーが選ぶ今年最高の一冊。コロナ一色だった2020年も、このコーナーがやってまいりました。

2011年から始まったこのコーナーも、なんと今年で10回目。歴代のラインナップはこちらから見られるのですが、「2011年はメンバー12人しかいなかったのかよ」とか「やっぱり2017年の塩田春香を野グソで挟んだ年が神回だな」とか、色々と感慨深いものがありますね。

そんなワケで、今年もメンバーがそれぞれの基準で選んだ今年最高の一冊を紹介してまいります。まずは今年入った新メンバーと、僕宛に原稿を送るとき、Facebook Messengerで送ってきた人たちによる紹介です。

ちなみにHONZメンバーへの業務連絡ですが、原稿を送る時はMessengerへテキストをダイレクトに貼った状態で送ってくれると一番ラクで助かります。

鈴木 洋仁 今年最も「ジャケ買いした」一冊

ジャケ買いしてしまった!! ストリーミング時代に反逆する前代未聞のJAZZガイド

 

作者:中野 俊成
出版社:シンコーミュージック
発売日:2020-12-21
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この本は、レコードマニアによる戦いの軌跡である。本好きにとって、同病あい憐れむ、を超えた共感と羨望を覚えるにちがいない。

私は、立ち読みばかりしている。人生のかなりの時間を費やしている。書店で本を買うのは、何よりも楽しい。

最近は、HONZを含めてネットで「予習」してから本を買うことも多い。しかし、本屋さんでの本との出会いは、本好きにとって何ものにもかえがたい。

本は立ち読みできるものの、レコードの試聴は難しい。そこで「ジャケ買い」する。「衝動買い」とはちがう。さんざん悩んだすえの決断だから、ハズレだったときの落胆は大きい。

かくいう私は、アナログレコードを模した装丁に一瞬で射抜かれ、この本を「ジャケ買い」した。もちろん「ジャケ買い大成功」だった。

人気テレビ番組の放送作家による、メディア論としても抜きんでる。サブタイトルにあるように、私もあなたも、しばしばストリーミングで曲を聴くだろう。その意味について、本書を手にとり、「あとがき」を読みながらかみしめていただきたい。

中野 亜海 今年最も「落語が聞きたくなった」一冊 

落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ (ちくま文庫)

 

作者:頭木 弘樹
出版社:筑摩書房
発売日:2020-08-11
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この本はすごい。落語のよさを、意表をつく角度から書いている。落語好きな人でも「今日はつまらなかったな」と思うときがあるのが落語だ。

『落語を聴いてみたけど面白くなかった人へ』というタイトル通り、落語は最初から面白がるのはむずかしい。かっぱえびせんのように「なんか食べちゃうなー」と思って食べているうちに、クセになってやめられないというのに似ている。その、「なんか食べちゃう」部分を明文化したのがこの本だ。

たとえば「面白くない落ちがあるのはなぜ?」という項目がある。

その理由とは「落ちとは、話の起承転結の『結』(いわゆる「おまえの話オチがないねん」のオチ)ではなく、どこでも話を切れるための装置である。そうすることで、構成を気にすることなく大風呂敷を広げられ、最高潮に面白い話をすることができる」ということらしい。

どうりで、さっきまでおどろおどろしい怪談話を繰り広げていたはずなのに、「えっ、こんなくだらないダジャレで終わるの!?」みたいなことがあるわけだ。この最高潮からの雑な終わり、というのも非現実から現実に戻ったことを強く感じさせる効果があるそうだ。

これは「聞く文化」である落語ならではの楽しさで、その文化は世界的に廃れつつあるので残っている日本は幸せだ、ということも書いている。こんな風に、落語が他にはない稀有なエンターテイメントだということを教えてくれる。

ちなみに著者は文学紹介者。『絶望名人 カフカの人生論』という本でのベストセラーもあり、今年『食べることと出すこと』(シリーズ ケアをひらく)という傑作も出している。本書は落語家からも評判がいいらしい。著者こだわりのCDと書籍もたくさん紹介されている。初笑い前におすすめだ。

吉村 博光 今年最も「チョコが欲しくなった」一冊

得する、徳。

 

作者:栗下 直也
出版社:CCCメディアハウス
発売日:2019-12-21
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年末版なので、身内の本を紹介することをお許しいただきたい。本書の著者は、栗下直也。いわずと知れたHONZレビュアーだ。0次会で酩酊し、1次会で爆睡する彼の姿を幾度か見てきた。しかし、本書を読んで私は、「彼の中には時代が棲んでいる」と刮目させられた。

本書の刊行は、コロナが猛威を振るう前の昨年暮れ、五輪を翌年に控えて沸き立つ東京だ。浮足立つ我々を前に彼は「利他の精神で助け合うことの大切さ」を説いている。あれから1年。いま各局の報道番組は、こぞって彼と同じことを力説しているではないか。

栗下の凄さは、その酩酊ぶりもさることながら、「得するために徳を積む」ことの「自己矛盾」を惜しげもなく開陳しているところだ。しかし、私は思う。栗下は、もっとピュアでプリミティブな何かを伝えようとしているのではないか。

子供の頃、東京近郊から田舎の小学校に転校した私は、クラスに溶け込むために、友達が落とした消しゴムや鉛筆を拾いまくった。やがてクラス一の人望家となり、女子という女子からバレンタインにチョコをもらうに至った。あれは皆とWINWINの関係を築いた時代だった。本書は、あの原点を思い出させてくれた。来年は、もっとチョコが欲しい。

アーヤ藍 今年最も「心の深呼吸をしたいときに読んだ」一冊

それでも それでも それでも

 

作者:齋藤 陽道
出版社:ナナロク社
発売日:2017-08-20
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今年は「言葉」を怖いと感じることが、いつも以上に多い一年だった。

マスメディアからは、何が正しいか分からないまま、ただただ不安を煽るような情報ばかりが流れてきて、SNSでも、直接的あるいは間接的に、意見が異なる人を攻撃するかのような言葉が飛び交っている。どんなに仲がいい友達でも、対面で会えずにテキストだけでやりとりしていると、どこか感情がすれ違いやすい…。

そんな「刃」のような言葉が溢れる世界から、距離を置きたくなったときに、静かに寄り添ってくれたのが、本書『それでも それでも それでも』だ。ろうの写真家・齋藤陽道さんが散歩をしながら撮った写真に、その「写真からおのずと浮かぶ言葉」を添えた、写真集のような詩集のような一冊だ。

音のない世界で生きる齋藤さんは、「眼に見えるだけのものの奥」を掴もうとする。そんな齋藤さんが紡ぐ言葉は、私たちが時に聞き漏らしたり見落としたりしがちな、ささやかな美しさや足元にある幸せのカケラを照らし出してくれる。そしてその言葉たちにふれていると、生きることを愛おしむ気持ちがやさしく湧いてくる。

年末年始、溢れかえる言葉を一旦遮断し、大切なモノを見つめ直す時間をもちたい方には、きっと道しるべになってくれる一冊だ。

新井 文月 今年最も「胸が熱くなった」一冊 

新装版 矢沢永吉激論集 成りあがり How to be BIG (角川文庫)

 

作者:矢沢 永吉
出版社:角川書店
発売日:2004-04-24
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「成りあがり 大好きだね この言葉 快感で鳥肌が立つよ」

冒頭からして、どの本よりも違う匂いがする。

私は特に彼のファンということではなかった。 矢沢永吉の熱狂的ファンの存在は知っていたし、車を運転するようになると、バンなど車両後方に「E.YAZAWA」とステッカーを張る車もあるので、よく目についていた。ただ忙しくなってからは、あえて読む本でもない。そんな位置づけであった。

それなのに、今年になって本好きで活躍する知人がこぞって本書を推している。どうもモヤモヤするので、購入して1ページだけ読んだ。なぜ皆がハートを掴まれるのか理解できた。この本は本人が喋りかけてくるのだ。それが他の本と一線を画しており、永ちゃんの声はダイレクトに響いてくる。

内容はシンプルで、広島から夜汽車に乗って上京した少年が、ポケットにアルバイトで貯めた5万円を握りしめ、おれは音楽をやり、スターになる!というものだ。

それでも感情むき出しの声に心を揺さぶられる。自分におきかえても、私は今、こんな恥ずかしいくらいに心の声をさらけ出すことができるだろうか?

読み終えた後は、すっかり本人と語った気持ちになった。矢沢永吉を知らなくとも、対話する本として完成した一冊だ。

刀根 明日香 今年最も「友達にエールを送った」一冊

父と子の絆

 

作者:島田 潤一郎
出版社:アルテスパブリッシング
発売日:2020-11-24
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2020年、私の友達がお母さんになった。自分は変わらないのにどんどん周りは環境を変えていく。

「今日の夜は子どもと2人きり。不安……。」そんな友達の言葉に寄り添えるようになったのは、本書『父と子の絆』を読んだからだと思う。赤ちゃんと一緒に生まれた新しい世界。「円の中心に息子がいて、ぼくと妻はそのまわりをぐるぐる、ぐるぐる回る。近づいたり、離れたり。たまにゆっくり、ときに全速力で。」著者がつづるように、友達も新しい世界で必死に生きているのだろう。

著者の島田潤一郎は吉祥寺でひとり出版社・夏葉社を営む。昨年出版された『古くてあたらしい仕事』は、編集未経験の著者が従兄の死をきっかけに出版社を立ち上げる話だ。私はそれを読んで「仕事との向き合い方は十人十色、自分の想いを中心にして働いても良いんだ」と勇気付けられた。どんなビジネス書よりも、「自分は自分」という著者の後ろ姿が心の糧となる。

そして本書は仕事に代わって子育てのはなし。

情報過多な世界で仕事以上に不安になるだろうが、自分の想いを信じて進んでも良いはず。私は友達を応援したい。励ましたり、褒めてあげたい。友達が子どもを大切に思うように、私もその友達を大切に思っていることを伝えたい。そんな気持ちが溢れてくる1冊でした。

こちらのページはメールで原稿を送ってくれたメンバーたち。締切やルールをきっちり守ってくれる堅実派の方々です。

鎌田 浩毅 今年最も「素直に脱帽した」一冊

「人生100年時代」に人さまへ迷惑かけずマトモな生活をしようと思ったら、生物学の知識が必須である。人は誰しも年を取るのは、もともと生命に仕組まれた掟だからだ。しかし昨今、生物の教科書はどんどん分厚くなり、物理も化学も数学まで忍び込んでしまって、評者のような地球科学オタクにはますます敷居が高くなっている。

こういうときには「一点突破」で、一つのことだけ理解すると良い(と学生たちに語ってきた)。人生100年に必要な一つとは、ボケないこと、体のガタがなるべく来ないようにすること、だろう。それには「オートファジー」という「細胞内の不要な物質を分解する仕組み」、もっと簡単に言えば「細胞を新品にする機能」だけ知れば、まあ何とかなる。

筆者はその筋の世界的な専門家で、先年ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典博士の共同研究者でもある。一般に、科学の本はどれもそうだが、学者としての実力がある人ほど素人に分かりやすく本質を伝えてくれる。本書はそのお手本と言っても過言ではなく、いわゆるアウトリーチ(啓発・教育活動)が完璧に成功している。その裏では、もちろん著者に抜群の力量があるだけでなく、文系バリバリの編集者が「わかりません」を連発した結果、生物学の基礎から説く画期的な入門書になったというわけだ。

実は評者は、恒例の「HONZ今年の一冊」にウキウキしながら何冊か用意していたのだが、12月に刊行された本書がいわばゴール直前でゴボウ抜きしてテープに飛び込んだという次第。「科学の伝道師」を自認しつつも24年無為無策のまま定年を3ヵ月後に迎える評者は、まず、素直に脱帽した。だから著者にはもっと啓発書を書いていただきたい。

地球が誕生して46億年になるが、生命はその中でも38億年も絶えることなく続いているスゴイ古株なのだ。だから人生100年というが、地球科学的には人生38億+100年なのである。「人生100年」を人から後ろ指を指されず「胸張って楽しく」過ごすための、「第一級の教養」としての最先端生命科学講義。正月休みにぜひ薦めたい。

古幡 瑞穂 今年最も「想像力って大事だと感じた」一冊

八本目の槍

 

作者:今村 翔吾
出版社:新潮社
発売日:2019-07-18
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コロナ禍の中、何かを変えてみようと思い、これまで一切手を出さなかったノンフィクションを読み始めた。おかげで非常に気づきと学びの多い1年を過ごす事が出来ている。。。が、その反動で本業(?)のエンタメ作品の読書量が激減してしまった。今回発表になった直木賞は全点未読。かなりやばい状態である。

そんな中、やっぱ小説っていいなと改めて思った1冊がこの『八本目の槍』だった。

歴史が大の苦手なので、歴史小説を読むと創作なのか実在の人物なのかをよくわからないまま読む事が多いのだが、さすがに石田三成くらいは知っている。知っているがそれほど好印象を持った事はなかった。この小説では石田三成をはじめ「賤ヶ岳の七本槍」を大胆な新解釈で描いているのだが、読み終わったときには彼らの印象がガラッと変わっていた。

小説には目の前にある「当たり前」から人を解放する力がある。この不安に満ち先が見えない世の中だからこそ、もっともっと物語や想像力が必要なんじゃないか、と、そんなことを考えている。

東 えりか 今年最も「ひとり籠って惑溺したい」一冊

EXPLORER'S ATLAS 探検家の地図

 

作者:ピョートル・ウィルコウィエツキ&ミハウ・ガジンスキ
出版社:かんき出版
発売日:2020-11-18
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子どものころから地図が好きだ。図鑑と地図があれば空想は果てしなく広がる。だから面白そうな地図を見つけたら、深く考えることなく買ってしまう。本書もそんな一冊で、『探検家の地図』 なんてタイトルからして魅力的ではないか。どうやら世界各国の特徴やら発見やらが細かく記されているらしい。

12月のはじめ巨大な荷物が届いた。開けてみるとあの地図だった。目次には正距円筒図法(?)の地球全図が現れた。次ページは正射方位図法で地球の基礎知識が示される。ページをめくるごとにその章に相応しい図法で地球を説明した後、各国の詳細に入る。説明しにくいので、本当はルール違反だけど日本の一部だけをお見せすると、なんだかマニアックな情報がいっぱいだ。本当に役に立つのか?でも圧巻だ。いつまでも見ていられる。

2020年、まさか自由に旅することがこんなに難しくなるなんて思っても見なかった。多分、もとのように気軽に飛行機に乗って出かけられるようになるにはだいぶ時間がかかるだろう。ならば、地図で旅しよう。どこに行こうか、何をしようか。考える時間はたっぷりある。でも目が辛い。ハズキルーペを買うか、Kindle版を買い直すか…。

田中 大輔 今年最も「デスティーノな」一冊

トランキーロ 内藤哲也自伝(EPISODIO 3) (新日本プロレスブックス)

 

作者:内藤 哲也
出版社:イースト・プレス
発売日:2020-08-19
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今年夢中になって読んだ本の一つが『トランキーロ内藤哲也自伝EPISODE3』だ。2018年にEPISODE1が発売され、完結となるEPISODE3が今年の8月に発売された。

内藤哲也は現在の新日本プロレスの顔といってもいい存在だ。今年の1月4日、5日に開催されたイッテンヨン・イッテンゴ東京ドーム大会で、史上初の偉業を達成した。現在2冠王者である内藤哲也は今年のプロレス大賞で最優秀選手賞(MVP)とベストバウト賞を受賞している。

本書は内藤哲也がロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(L・I・J)を結成するところから始まり、今年のイッテンゴで史上初のIWGPヘビー級、IWGPインターコンチネンタル2冠王者になるまでのことがインタビュー形式で書かれている。

内藤哲也はよく「一歩踏み出す勇気も大事なんじゃないかな」と口にしている。その言葉に今年もなんど励まされたことかわからない。来年1月4日に開催されるイッテンヨン東京ドーム大会にも、内藤哲也はメインイベントに登場する。内藤哲也のデスティーノ(運命)はまだまだ続く。そして続きのデスティーノについてもいつか本になるのかな?それはいったいいつなのか?その答えは、もちろん、トランキーロ!あっせんなよ!!

堀内 勉 今年最も「高かった」一冊

美術の物語

 

作者:エルンスト・H・ゴンブリッチ
出版社:河出書房新社
発売日:2019-07-10
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さすがに1冊1万円を超える本というのは中々買わないと思うけど、今年、最も高かったのがこの本です。(値段は自分でチェックしてみて下さい。)

しかも、この値段にも関わらず、1950年の初版以来、第16版まで版を重ね、現在では約30の言語に翻訳され、総販売部数は何と約800万部!!! 世界一売れている美術書なんだそうです。

冒頭の「これこそが美術だというものが存在するわけではない。作る人たちが存在するだけだ」という有名な言葉は知っている人も多いと思いますが、完全読破した人がいたら、読み終えるのに一体どれくらいの時間がかかったのか教えて下さい。

内容的には、写真と図版満載の世界の美術全史なのですが、それにしても、これを書き上げたE.H.ゴンブリッチさんというのは偉い!!!

先史時代のアルタミラやラスコーの洞窟壁画やアメリカ大陸の旧文明から始まり、エジプト、メソポタミア、クレタ、古代ギリシア、古代ローマ、ビザンティン、イタリア、ドイツ、オランダ、フランスを中心としたヨーロッパ美術とイスラム美術や中国美術、イギリス、アメリカ、フランスの近代美術、そして現代アートへという流れが、延々と連なるひとつの歴史物語として描かれています。

とりあえず一家に一冊、書棚に入れておきましょう!!!

内藤 順 今年最も「STAY HOMEだった」一冊

世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現

 

作者:ぼそっと池井多
出版社:寿郎社
発売日:2020-10-23
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この一年を振り返れば、やはり「STAY HOME」の掛け声が飛び交った4−5月の自粛期間のことが忘れられない。

外食もできない、ジムにも行けない、本屋にも行けない、旅行にも行けない。まさに世界中の人がSTAY HOMEを余儀なくされたわけだが、こんなライフスタイルを早期に確立していた先達こそが、引きこもりと呼ばれる人たちなのである。

中身の紹介は、カブってしまった別のレビュアーに任せるが、本書の著者の経歴もなかなかスゴい。就職を目前に控えて気持ちが落ち込み、引きこもりがちになった著者は、これではいけないと一念発起しアフリカへ向かうものの、行った先のアフリカでも引きこもってしまう。しかしそこで、引きこもりが日本特有の現象ではないことに気づき、引きこもった状態のまま、世界へ目を向けはじめるのだ。

当初は周りから白い目で見られることもあっただろうが、今や引きこもりこそが王道の生き方。「未来は周縁から」を地で行く一冊なのである。

山本 尚毅 今年最も「マイ・パラダイム・シフトが起きた」一冊

世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現

 

作者:ぼそっと池井多
出版社:寿郎社
発売日:2020-10-23
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ひきこもりは世界にもいるのか、どんなことを考えているのだろう。日本のニュースで時折見かけるひきこもりと何が同じで何が違うのだろうか、そんな好奇心から手に取った。で、読んでみたら、おったまげた、ひきこもりに対する認識のパラダイム・シフトが起こった。

特に、1人目のインタビュー、フランスのひきこもりギートの言葉に胸を突き抜かれ、ずっと頭を離れない。このインタビューを読むまで、ひきこもりはいつか部屋を出るのが望ましいし、あたりまえだし、本人も周囲も社会にいつかは出たい、と思っている考えていた。

ぼくがひきこもったのは、社会がそこまで苦労して適応するに値しない世界であり、そこで生きる「ふつうの人」がそこまで忍耐して付き合うに値しない者たちである、ということがわかったからなのさ。

この言葉で、ひきこもりについての報道やドキュメンタリーの論調に影響を受けすぎて、当事者の気持ちのことなんて考えたこともなかったことを恥じた。

このような声を引き出せたのは、何より、当事者が当事者にインタビューするこという構造が一番の要因だろう。当事者同士でしか共感できない、だから話を膨らませることができない話題がある。そして、変に編集されきっていない野暮ったさが残っていることも、真実味を感じさせてくれる。

社会的に一見正しいと思われる見方も、視点を変えればまったく違う。改めて、本を読む意義と面白さを感じた一冊だった。

西野 智紀 今年最も「ライフハックを得た」一冊

私事で恐縮だが、今年の秋からうさぎを飼い始めた。ネザーランドドワーフ(黒)である。夏に特別定額給付金が振り込まれ、何に使おうか悩んだ末の結論だった。普段帰宅が遅いので最初は世話に苦労したが、今は無表情でぴょんぴょん跳ねたり、おやつのリンゴを異様な早さで食べたりする様子を面白がりながら過ごす毎日である。

それはさておき、なんでペットを飼おうと思ったかと言えば、今年がうんざりするほど暗いからだ。世情を見てもそうだし、個人的にもろくなことがなく、ただただ疲労と失望が蓄積しただけだった。まあ、そもそも生まれてこのかた、嬉しかった出来事なんてほとんどないのだが。

そんなわけで、ルーマニアの最強ペシミズム思想家シオランの解説書『生まれてきたことが苦しいあなたに』は、凡百の自己啓発本よりよっぽどためになる最高のライフハック本だった。詳細はレビューに書いたので繰り返さないが、シオランの言葉、「生にはなんの意味もないという事実は、生きる理由の一つになる。」とはまさしく至言と思う。額縁に入れて部屋に飾っておきたいくらいだ。

生に意味なし。来年はうさぎを見習って、刹那的享楽を求めていきたい。

首藤 淳哉 今年最も「タイミングを逸した」一冊

RANGE(レンジ)知識の「幅」が最強の武器になる

 

作者:デイビッド・エプスタイン
出版社:日経BP
発売日:2020-03-26
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なにごともスピードが大切である。妻に土下座しなければならないとき。あるいは仕事でやらかした失敗を上司に報告しなければならないとき。すべてスピードが肝要である。本もそう。面白そうな本が出たら、即レビューを書く。これ鉄則である。

本書の刊行は3月末。発売後すぐに購入したものの、読んだのは8月になってからだった。コロナで世の中が止まってしまい、せっかくならこの機会に長いものでも読もうと全集などに手が伸びたりして、後回しになっていたのだ。ところが、本書を読み始めた途端びっくり。むちゃくちゃ面白いじゃないか!

本書が説くのは「まわり道」の効用である。ひとつの分野に早めに特化した人と、興味の赴くまま多様な分野に手を出してきた人とでは、どちらが不確実性の高い現代にフィットするか。答えはもちろん、経験に幅(レンジ)のあるほうである。

寝かせていたせいで、HONZで紹介するタイミングを逸してしまっただけでなく、あのビル・ゲイツが先日ブログで「厳しい年だからこそ読むべき5冊」の一冊としてあげているのをみて、つくづく買った本はすぐ読まねばと思った次第。謝罪と書評はスピードが肝心。新しい年はこれを肝に命じておこう。

久保 洋介 今年最も「読み直すべき」一冊

昭和16年夏の敗戦-新版 (中公文庫 (い108-6))

 

作者:猪瀬 直樹
出版社:中央公論新社
発売日:2020-06-24
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新型コロナウイルス対応に右往左往したこと含め、2020年も「空気感」に流されやすい1年だった。データやサイエンスに基づいた判断をなぜできないのか。太平洋戦争での敗戦の教訓は活かされているのか。そんなことを考えさせられた。

1983年に刊行された名著が、今年、新版として文庫化された。太平洋戦争開戦前後に30歳前後の精鋭で構成された模擬内閣は「アメリカと開戦すれば日本必敗」とデータに基づいて提唱したが、時の内閣総理大臣である東条英機や世論に無視された。データよりも「空気感」が重視されたのだ。その後の日本の悲劇は言うに及ばない。

同じ過ちは太平洋戦争にとどまらない。バブル崩壊、日本企業の衰退、東日本大震災、そして新型コロナウイルスの脅威。日本は同じ過ちを繰り返している。

昭和16年に悔し泣きした若きエリート達はどんな想いで当時開戦回避を提唱し、その後の歴史を後悔しながら歩まざるをえなかったのか。データとサイエンスを基にした国家経営や企業経営が求められる現代、今一度、本書を通して歴史の教訓を噛み締めたい。

今年はなぜか原稿を送ってくるときに、タイトルを忘れて送ってくるレビュアーが続出。こちらのページはタイトルを忘れた人たち、原稿の送付が遅かった人たち、原稿が規定より大幅に長かった人たちによる一冊。でも愛すべき人たちなんです。

仲野 徹 今年最も「唸らされた」一冊 

浪花節で生きてみる!

 

作者:玉川 奈々福
出版社:さくら舎
発売日:2020-12-12
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待ってました!女流浪曲師・玉川奈々福、渾身のデビュー作。元大手出版社の編集者だけあって、書くのもうまいっ。かつて一世を風靡した浪曲とはどのような芸能なのか、奈々福さんがどのような経緯で浪曲師になられたのか、などなど、いろんなことがたっぷりと紹介されている。と書いても、浪曲なんか聴いたことないし、なんのことかさっぱりわからないかもしれない。そんな人は、むっちゃおもろいから、だまされたと思ってまずはYouTube「奈々福チャンネル」を見てほしい。

奈々福さんの三味線を弾いておられる曲師は沢村豊子師匠、83歳。どこまでもファンキー。その豊子師匠と奈々福さんの関係には大爆笑、これ以上はありえない世界一のコンビではないかと思えてくる。むっちゃおもろいこの本、ぜひ大当たりをとってほしい。

ん?どうして最も「唸らされた一冊」かって?そらあんた、浪曲だけに唸らされましてん、でんでんっ。と、これが書きたいがためだけにつけたタイトルなんです、スンマセン。それだけだとあんまりなので、もう一工夫。「待ってました」、「たっぷり」、「世界一」、「大当たり」という浪曲定番の掛け声を散りばめておいたでござるぞ。

栗下 直也 今年最も「意外に楽しんじゃった一冊」

岩波新書解説総目録 1938-2019

 

作者:
出版社:岩波書店
発売日:2020-06-20
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シリーズ創刊から約80年、約3400点が発行順に解説付きで並ぶ。今年、在宅ワークが常態化したこともあり、「飲みに行く機会も激減したし、古典でも買うか」と案内役を期待したが、その役割はほとんど果たしていない。というのも、この本を読むだけでも十分に楽しめてしまう。

「果たしてノンフィクションなのか」とお叱りをうけそうだが、眺めているだけで時間を忘れて楽しめる。例えば、「おお、こんな時代にこんなタイトルの本が出ているのか」と発見がある。

2019年に話題になった『独ソ戦』はタイトルだけみれば戦後すぐでも違和感はないし、ロングセラーになった『知的生産の技術』の出版は約半世紀も前だ。今、適当に開いたら『キノコの教え』というタイトルが目に飛び込んできたが、これは2012年の刊行。新書というと世相を反映したものを想像するが、タイトルだけではいつの時代かわからない作品も少なくないから興味深い。

ちなみに、岩波新書の一冊目は19世紀末に満州に渡ったスコットランド人クリスティーによる回想記『奉天三十年(上)』である。

冬木 糸一 今年最も「来年に持っていきたいと思った」一冊

ゼロからつくる科学文明: タイムトラベラーのためのサバイバルガイド

 

作者:ライアン・ノース ,Ryan North
出版社:早川書房
発売日:2020-09-17
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もし一年に一冊しか翌年まで本を持ち込めないとしたら何を2020年から選ぶだろうか……と考えたたが、ライアン・ノースの『ゼロからつくる科学文明 タイムトラベラーのためのサバイバルガイド』はかなり良い線行く本だ。

もしあなたが過去にタイムトラベルして、装置が動かなくなってそこに取り残されてしまったらどのように科学文明を再建すればいいのか? をテーマにした一冊で、言語のつくり方、水車、蒸気機関、セメントのつくり方……とページをめくるごとに、より複雑な物の仕組みを解き明かし、リアル『Dr.STONE』を堪能させてくれる。

一冊に文明にとっておおむね必要な情報が詰まっているので(パソコンにも到達する!)、これがあれば明日世界が滅んでもかなりマシに生きていくことができるだろう。

足立 真穂 今年最も「動かされた」一冊

伝統芸能の革命児たち

 

作者:九龍 ジョー
出版社:文藝春秋
発売日:2020-11-20
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舞台に立つ人たちにとっては、過酷だった本年。私自身も、能と落語にはよく足を運ぶ方なので、厳しい一年でした。再開して観に行った久しぶりの能舞台では、涙をこぼすほど。人それぞれに精神的な不安はどこかに表出するのか、私には能が相当に大事な存在になっているようで驚きました。

さて、古典芸能好きの間では知られる存在である九龍ジョーさん。書き手でもあり編集者でもあり、時にプロデュースもされているのでもはや何者なのやら。名前からして謎なこの方が、歌舞伎、能楽、文楽、講談に浪曲、そして落語――など伝統芸能全般について、最新の観劇をレポートした雑誌連載をまとめつつ、面白い舞台人やテーマ、挑戦を教えてくれるのが本書です。

この本を読んで、創作話芸ユニット「ソーゾーシー」を観に行ったり、2月の文楽を申し込んだり、神田伯山の講談を往復はがき(今時!)で申し込みしたり、と実に「動かされ」ました。つまり、この災禍の中で「舞台」を続ける全ての古典芸能者を応援しつつ、読むと最適なガイドブックになるという本なのです。来年の観劇に向けて、どうでしょう。

ちなみに、九龍さんも関わっているというYouTube「神田伯山ティービー」を、TBSラジオ「問わず語りの神田伯山」(クラウドで過去回を聞けます)と合わせて見て、ステイホームをしのぎました。来年こそ、舞台を思う存分楽しめる、良い年になりますように。

塩田 春香 今年最も「懺悔したい」一冊

カモノハシの博物誌~ふしぎな哺乳類の進化と発見の物語 (生物ミステリー)

 

作者:浅原 正和
出版社:技術評論社
発売日:2020-07-13
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書店で本書を見たときの衝撃は、忘れない。だって、あのカモノハシですよ? 哺乳類なのに卵を産むんですよ? くちばしや水かきまであるんですよ? オスは足に毒腺まで持っているんですよ??

……そのへんまでは、動物好きの良い子たちには、よく知られた事実でしょう。でもね、あのくちばしが、ぶよぶよとした肉質で、獲物の居場所を察知できる鋭敏な感覚器だったなんて! あのダーウィンも、カモノハシを捕まえちゃったなんて! 超マニアックな形態や生態や進化の話題、この特異な生物が発見された経緯、著者の研究史などなど、動物好き、進化学や形態学や分類学などに興味ある人にはたまらない本なわけですよ!! 

え、でもそんな素敵な本がなんで懺悔したい一冊なのかって?……じつは数年前に出版の相談をお受けしたことがあるのです。なのですが、当時私は表面上普通にしていたものの心身ともに厳しい状況で、大変魅力を感じながらも目の前のことをこなすだけで精一杯、どうしても着手ができなかったのです。そして書店で本書に遭遇し、「あ、本になってる!」(本稿冒頭に戻る)。

あの時は申し訳なかった、そして私もできなくて無念です……でも、素敵な本になってよかった! でもでも、本当にごめんなさい!!

仲尾 夏樹 今年最も「横浜に帰りたくなった」一冊

国道16号線: 「日本」を創った道

 

作者:柳瀬 博一
出版社:新潮社
発売日:2020-11-17
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「通勤も予算も考えなくていいとしたら、どこに住みたい?」と聞かれた時、私の答えは迷わず「横浜」だった。私は横浜生まれ横浜育ちのハマっこだ。16号線育ちとも言える。

16号線は横須賀、横浜、町田、八王子、川越、柏、木更津と、東京の郊外をぐるりと巡る全長330キロの環状道路だ。本書は16号線をベースに日本の歴史、経済、文化を紐解いていく。

根岸、黄金町、伊勢佐木町、関内、桜木町、みなとみらいなど、横浜の馴染みある地名が次々と登場すると、ユーミンや山崎まさよしを聴きながらドライブしているような気持ちになる。

じつは冒頭の質問をされてから2週間後、横浜へ帰ることが決まった。引越しまではまだ少しあるので、本書を繰り返し読み、横浜愛を深めようと思う。

峰尾 健一 今年最も「物の見え方が変わった」一冊

雑貨の終わり

 

作者:三品 輝起
出版社:新潮社
発売日:2020-08-27
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「雑貨化」というコンセプトを軸に西荻窪の雑貨屋店主が書いたエッセイ。「雑貨化」の意味合いはひと言で言い切れないが、ひとつは雑貨屋に置かれるものがどんどん増えていくこと。今年なら「マスク」だろうか。機能とは別のところに重きを置いたような「ハンドメイド」「おしゃれ」マスクは、すでに雑貨屋のラインナップに違和感なくすべりこんでいる。

衣食住あらゆるものを「雑貨化」していく雑貨界の中心にしてインフラ、無印良品について書かれた一編だけでも読んでほしい。ペンから家(!)にいたるまで、その絶妙に中立な(ように見える)価値観で束ねて、常に新たな「消費」を生み出していく手さばきの周到さと空恐ろしさが見事に言語化されている。的確すぎて何度も膝を打った。

「オーガニック」「暮らし」「エコロジー」といった潮流を経て、時にはアートの香りもまといながら次々と領土を広げてきた雑貨界。もはや誰も疑問に思わなくなった、物が道具としての役割と切り離されたところで消費されるこの現象の正体はいったい何なのか。雑貨化の濁流に飲み込まれ葛藤してきた前線からの考察は、これから物欲そのものがますます減っていった先の未来を考える上でも興味深い。

文章がすばらしく巧みで、小難しくないのもいい。本書が響いた人は、前作『すべての雑貨』(夏葉社)も必読だ。

麻木 久仁子 今年最も「目からウロコが落ちた」一冊 

最高のおにぎりの作り方

 

作者:樋口 直哉
出版社:KADOKAWA
発売日:2020-03-30
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今年は本当に散々な年だった。コロナで仕事のほとんどがキャンセルになり、薬膳の教室も中止せざるをえず。それにしても気が重いのは、年が明けてもしばらくは厳しい状況が続きそうなことである。どうか皆様も、くれぐれもご自愛ください。

今年は外出や外食を控えるということで、にわかに自炊派が増えたようだ。私も元々自炊派ではあったが、さらに料理熱が上がり、緊急事態宣言中などは毎日かたっぱしから料理番組を見ては、食材や調理道具を通販でポチっていた。レシピ本も目につくものはガンガン買っていた。

そこで出会ったのがこの一冊。

『最高のおにぎりの作り方』である。著者の樋口直哉さんはnoteでフォロワー4万人超えという大人気料理家である。そのスタイルの特徴は「徹底的に現代的な合理性をもとめる」ところにある。

よく「昔の〇〇はおいしかった」と言われますが、数十年前と比べると流通の発達や品種改良など食の現場に携わっている人の努力によって、食材はおいしくなっています。例えば大根は以前であれば米糠や研ぎ汁を使って下ゆでした後、水にさらしてエグみを抜く必要がありましたが、現代の大根にはその手間は必要ありませんし、逆にそのまま煮れば持ち味が生きます。これが現代的な合理性を追求するということです。

というわけで、おにぎりである。『炊いたご飯が熱々のうちに塩(または塩水)をつけた手で、三角形(または俵型)に握る』とされてきた従来の作り方は、本当においしく出来るのか?

海苔や具とのバランスを考えた時のおにぎりの大きさはどれくらいか。適切な塩分量は?0.1%~1.2%まで細かく段階に分けて実験!塩分濃度が決まったら今度はどのように塩分を含ませるか。握るときにまぶすか、ご飯に混ぜ込むか、炊くときに塩を入れる炊きこみ型か。合理的論理的に実験を重ね、結論を出していく。おにぎりができる過程がこんなに面白いものだったとは!そして最後、握る直前にご飯に今までの常識では考えられないような一手を施すのだが、これも説明を聞けばなるほどと膝を打つばかり。

とにかく、おにぎりが作りたくてたまらなくなる。おにぎりなんて残りご飯を適当に握っていた。ご飯に謝りたい、ごめんなさい。

最高の焼きそばの作り方は?3袋入ってソースが付いているような、なんの変哲もないいつもの焼きそばがあっと驚く味に!いままでぞんざいに炒めていた焼きそばにも謝りたい。ちゃんと生かしてあげてなかったね、ごめんねと。

ステーキの焼き方。従来は『中火に熱したフライパンにステーキ肉を入れる。焦げ目がついたら裏返し、日を弱火に落として好みの加減まで火を通す。肉を裏返すのは一度だけというもの』で、わたしもずーーーーっとこうしてきた。が、樋口さんは一刀両断『この方法は科学的には間違い』というからビックリで、じゃあどうするのというと・・・。コンコンと理由が説かれて、納得せざるをえない驚きの焼き方が示されます。いままで科学的に間違った焼き方でいて食べてしまった数多のステーキ肉に謝りたい。そのポテンシャルを生かしてあげられず申し訳ありせんでした。

このほか、さんまの焼き方、パスタの茹で方、完璧な煮卵、ナポリタン、肉じゃが、カレー等々、作り飽きていた定番料理が、全く新鮮な姿で目の前に立ち上がってくる。

ページをめくりながら、なんども「えーっ!そうなの!」と文字どおり声に出した。目からウロコが落ちまくりの一冊である。

とにかく樋口さんのレシピ本はすべておすすめ。ツイッターやnoteもフォロー推奨。おいしい情報を届けてくれます。

鰐部 祥平 今年最も「内容を語りたくなった」一冊

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

 

作者:ロバート・B・チャルディーニ
出版社:誠信書房
発売日:2014-07-10
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このコーナーは今年に発売された本の中でベストな本を紹介するという趣旨であったと記憶する。しかし私が今年、読んだ本の中で最も人に語りたくなったのは米国を代表する社会心理学者であるロバート・B・チャルディーニ著『影響力の武器』なのである。私が読んだのは第三版であり初版が発売されたのは2014年。HONZ的にはアウトであろうか。だが内藤編集長のこと。きっと大目に見てくれるに違いないと期待して本書を紹介する。

動物の中には固定的動作パターンと呼ばれる行動パターンが確認されている。さながらカセットデッキよろしく、ある条件がそろうと「カチ」とスイッチが入り「サー」と音が出るように一定の行動が行われる。この習性を理解し、うまく使えば下等動物の行動を操ることが出来る。

実は人間にもこのような行動パターンが存在することを本書は明らかにしている。例えば、あるNPO団体があなたの家を訪れて「交通安全啓蒙のために自宅前にこの看板を設置させて下さい」といって下手な文字で「安全運転をしよう」と書かれた看板(しかも大きい)の設置許可を求めてきたらどうするであろうか?

ほとんどの人は断るであろう。実際に実験でも承諾率は17パーセントだ。しかし、二週間ほど前に、同じ内容が書かれた小さなシールをポストに貼るようお願いされたとする。この時に反射的に承諾した人々の半数は、後に看板の設置を許可したのである。これを「段階的要請法」という。

ハードルの低い要請を出し一度「コミット」させてしまえば、人は「一貫性」を保つために、似た内容の難易度の高い要請も承諾してしまう。このコミットと一貫性の維持は朝鮮戦争時に中国軍が米兵捕虜の洗脳に利用した言われている。ブラック企業が研修と称して会社への忠誠や目標達成を大声で誓わせるのもこうした理由からだ。

本書では人間の心理を巧みに突き、人々の行動をコントロールする技術が次々に紹介されている。当然、ビジネスマンにはとても役立つ内容であろう。一方でブラック企業や詐欺師、新興宗教団体の手口を知ることも出来る。承諾の交渉においては、攻めにも守りにも役立つ最高の戦略書となる一冊だ。

成毛 眞 今年最も「後悔させない」一冊

弾道弾 (兵器の科学)

 

作者:多田 将
出版社:明幸堂
発売日:2020-11-22
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明幸堂さんに無理を言って、発売前から見本を手に入れた一冊だ。弾道弾に関する完璧な知識を手に入れた気分である。ボクの友人諸君は飲み会などで、この話題に触れないほうが良いだろう。3時間は数式とグラフを書きながらしゃべり続けるはずだ。

なにしろテーマがテーマなので、Amazon在庫は少ないはずだから、その筋の人は早めに買っておいたほうが良いかもしれない。ミリヲタ向けというより、サイエンス・テクノロジーヲタ向けの本。

少しだけ紹介しておくと、プーチンがスーパーどや顔で発表した、極超音速滑空ミサイル「アバンギャルド」がなぜ迎撃困難なのかについて、滑空体の2次元軌道、速度変化、各高度での速度、THAADとPAC3の迎撃可能領域などをモデル計算してグラフで示している。ああ!だからあれがこうで、あの迎撃装備はあれなんだねえ、などと理解は進む。

ちなみに多田さんの本は、前著『核兵器』もとんでもなかった。いまだ欧米中などで翻訳出版されていないことに驚くばかり。価格は高いが、良いものは高くていいのだ!という見本のような一冊。世界中見渡しても、これ以上の核兵器の本が見つかることはないと断言できる。

2021年も読者の皆様にとって、素晴らしい本と出会える年でありますように!