『公衆トイレと人生は後ろを向いたらやり直し ソープの帝王 鈴木正雄伝』

内藤 順2012年08月19日 印刷向け表示
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公衆トイレと人生は後ろを向いたらやり直し ソープの帝王 鈴木正雄伝
作者:木谷 恭介
出版社:光文社
発売日:2012-08-18
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首都圏一円に32店舗のソープランドを展開し、世界チャンピオンを3人輩出した角海老宝石ボクシングジム、角海老宝石などを所有。いまや500人を超すグループ企業となっているのが「角海老グループ」である。

これらを経営者として率いてきたのが、角海老グループの元総帥・鈴木 正雄氏。本書は、これまでに、ほとんどマスコミには登場しなかったことから「闇の帝王」「ソープランドのドン」などとも呼ばれた鈴木氏の半生をまとめたものだ。

取材をしたのは、かつて風俗ライターとしての経験もあるミステリー作家・木谷 恭介氏。84歳が80歳にインタビューを行い、生き字引同士で昭和の裏面を描き出す。まさに役者が揃いも揃ったりという状況である。

木谷氏の周辺取材によると、同業者からは角海老グループの荒稼ぎっぷりに、いささか羨望めいた非難まで聞こえてきたそうだ。唯我独尊、己が商法を貫き通し、今日現在”ソープランドの帝王”とまで呼ばれるようになった鈴木 正雄とはいかなる人物なのか。

その幼少期は、やはり壮絶だ。妾の子として生まれ、父は戦後の混乱で割腹自殺。焼け跡の瓦礫の山のなかで、はじめて兄、弟、妹二人の兄弟と巡り会う。

精神面で大きく鍛えられるのが、中学生で便所掃除のアルバイトをしたときのこと。この作業を通じて、問題を先送りしてはいけないということを痛感したのだという。

汚れた便所を前にして腕を組み、どうしたら汚されないかとか、どうしたら汚れないかを考える前に、まず目の前の汚れている場所を掃除することです。 問題解決策を考えるのは、それからで十分だということを忘れている人が多いようです。

ビジネスマンとしてのスタートは、浅草界隈を中心に芸者衆を運ぶ人力車の商売から始まる。しかし持ち前の嗅覚を頼りに職を転々としていくと、あれよあれよという間に女郎屋の経営へと行き着いてしまう。そして、その後の半生は、まさに昭和の風俗史との二人三脚だ。

1957年の「売春防止法」施行の時こそ、時代が大きく変わった瞬間である。それまで公認されていた赤線地帯と呼ばれていた売春地帯が廃止され、昨日までシロだったものがクロへと変わることになるのだ。しかしその後も名称こそ変わったが、ソープランドはほとんど姿を変えることなく60年近く存在し、平成23年度版警察白書によれば1238軒も存立しているという。

ここに見えてくるのは、「是非で論じられない」行為を、取り締まる側の為政者・取り締まられる業者・利用する社会、この三者が合意できる落とし所として生み出された不思議な構造体としてのソープランドなのである。日本は取締当局が常に正しい判断をするという前提に立ち、その実、すべての面で曖昧なのだと鈴木氏は語る。

一線を退いた鈴木氏が、今なお声高にこの問題を叫ぶのは、昨今のデリヘルという無店舗型システムが性風俗業界の半数を超えるシェアを持つようになったこととも関係がある。

デリヘルはネットや新聞広告で見て、電話をすると、指定した場所に女性が出張サービスを行うシステムだが、広告やネットでしか「存在」を確認できないものも多い。要は、曖昧ながらも可視化される存在であった現代日本における風俗産業の多くが、いまや地下に潜行してしまっているということに危惧を覚えているのだ。

後半、テーマはどんどん大きくなり、日本全体を憂う言論へと論調は変わっていく。この中で鈴木氏は、この国を良くするためにすべきことの一つとして「真実を伝える」ということを挙げている。これは性というものの本質について、政治や司法がまじめに取り組むべきであるということとも繋がっている。

ある側面においては、常識のある人が、しごく真っ当なことを述べているという印象も受ける。それだけだと通常は読み物としての物足りなさも感じるものだが、特殊な立ち位置からくる"見えているもの"の違いが、言葉に力を与えているのだと思う。それはグレーな領域を「正業」と捉え、事業として発展させてきた男の、胆力のようなものである。

風俗の問題に限らず、世の中に曖昧な領域というのは、実に多い。そして語られることこそ少ないが、その中で生きてきた人たちは確かに存在し、その歴史を無かったことにするなど到底出来はしないのだ。このようなところから目を逸らさずに生きていきたいものだと、つくづく思う。

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