『ヒトはなぜ眠るのか』 24時間、戦エマセン。

鈴木 葉月2012年10月18日 印刷向け表示
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ヒトはなぜ眠るのか (講談社学術文庫)
作者:井上 昌次郎
出版社:講談社
発売日:2012-09-11
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眠るという行為にはどうしてもサボる・不謹慎といったマイナスイメージが付きまとうようだが、はたしてそれは正しいのだろうか。眠りとは、自分が生産的であり続けるための創造的行為なのだと、今こそ声高らかに叫びたい。そんな私の心境に科学的見地から応えてくれる一冊が見つかった。

睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2種類があることは広く知られている。レム睡眠というのは、閉じたまぶたの下で眼球が素早くきょろきょろと動く「急速眼球運動(REM=Rapid Eye Movement)」を伴う。体はぐったりしているが、脳波覚醒に近い状態になっていて夢を見ていることが多い。対するノンレム睡眠は、いわゆる安らかにぐっすりと眠る睡眠である。

ヒトが2種類の眠りを併せ持つ起源、それは生物進化の過程と深いかかわりがある。

レム睡眠はもともと古い型の眠りであると考えられている。大脳皮質があまり発達していなかった冷血動物(変温動物)が体を不動化させ、身体を休ませることを主目的に開発した休息法を基本としている。

しかし、鳥類や哺乳類のような温血動物(恒温動物)へ生命が進化し、大脳が大きく発達すると事情は一変する。身体を不動化させるだけでは、体温を下げてエネルギー節約を図ることも発達した大脳機能を低下させることもできない。

そこで開発された新技術がノンレム睡眠だ。ノンレム睡眠には系統発生(種が進化していく過程)のうえでも個体発生(卵が受精して成体になる過程)のうえでも新しい眠りであると考えられ、レム睡眠にかけている機能をカバーしている。

ほんの少しばかりまどろんだり、ぐっすりと熟睡するなど、大脳皮質を色々なレベルで休息させることができるのもその特徴のひとつだ。さらに、生体の諸機能(体温、呼吸、血液循環、ホルモン分泌、免疫)をノンレム睡眠の深度と連動して調節することができ、ある程度の筋緊張を保つことも可能となった。

高次機能を持つノンレム睡眠を獲得した後も、レム睡眠はお払い箱とはならずに新しい付加価値とともに生き残った。ここでレム睡眠は、意識水準や体温を下げてしまうノンレム睡眠とその逆の性質を持つ覚醒との間にうまく橋渡しをする役割を担うことになる。その橋渡しの有効な手順として見直されたのは、じつはレム睡眠の欠陥そのものだった。

まずは大脳を静かに休息させる能力の欠如を利用することで、情報処理と記憶の過程を睡眠中に補強できるようになった。脳への外部入力が減少しているのを好機に、脳内部での情報の再編成に利用する。(その結果は奇怪な夢として認識されることがあるのだが。)

また体温を調節する能力の欠如を利用し、ノンレム睡眠による体温低下を阻止し、体温上昇が実現できる。明け方が近づくにつれて睡眠全体に占めるレム睡眠の割合が増え、意識は覚醒レベルに近づいていくのはこのためだ。

さらに、レム睡眠は系統発生的に古い眠りなので、個体発生・誕生の初期に多いのが事実。人の新生児の眠りの3分の2はレム睡眠だが、この眠りは発育途上の脳を構築し、試運転し、整備点検するのに巧みに利用されているとみなされている。

人間の睡眠時には、このほか成長ホルモンの分泌をはじめ、睡眠物質による活性酸素等の細胞毒の解毒、過度の学習および記憶の抑制など、生命の維持や高度な知的活動に必要なイベントが体内で行われている。

睡眠は動物にとっても重要だが、本書では冬眠について興味深い考察が紹介されている。一見、動物の冬眠は睡眠の延長線上であるようにも思えるが、1990年代の研究で、冬眠は覚醒の一状態だとみなされるようになったという。

研究者の観察の結果、動物の冬眠の状態は長続きせず、厳冬のさなかにも、ある間隔を置いて短い目覚めの期間が断続的に繰り返されることが確認された。冬眠中に深いノンレム睡眠を十分にとっていたとすれば、必要以上に出現しないはずの深いノンレム睡眠が冬眠終了直後に最大限に出現しないはずだろう。

こんな矛盾が判明したことから、冬眠を続けていると睡眠不足になってしまうので、睡眠を補給するために目覚めるのではないか、と推論された。冬眠は低体温のもとでの特殊な「覚醒」の状態であって、冬眠を続けることは断眠に相当するから、時々睡眠不足を解消しないと、冬眠ひいては生命が維持できない、というわけだ。

そしていったん目覚めるのは体温が低すぎると「眠れない」ためだ。厳冬の真冬に、こんな無理をしてまでも眠らなければならないという事実が、睡眠の重大さを改めて考えさせてくれる。

睡眠は単なる活動停止の時間ではなく、高度の生理機能に支えられた適応行動であり、生態防御技術である。とりわけ発達した大脳を持つ高等動物にとっては、睡眠の適否が覚醒しているときの高次の情報処理能力を左右する。

よく知られているように、スリーマイル島やチェルノブイリの原子力発電所の大事故は、深夜から明け方にかけて起きている。スペースシャトル・チャレンジャー号の事故やアラスカ沖の巨大タンカー、エクソン・ヴァルデス号の座礁は、現場の担当者が睡眠不足のせいで注意力を欠いたことが原因であった。

睡眠がテーマの寓話といえば「ウサギとカメ」が真っ先に思い浮かぶ。よくよく思い直してみよう。怠け者のウサギ、努力家のカメとの思い込みも睡眠学的には考えものだ。カメは変温性。走って筋肉を動かせば動かすほど、体温は上昇し調子が良くなるので、休まず走ったほうが有利、大脳機能も体温が上昇した分だけ向上しているはずだ。

他方、恒温動物で厚い毛皮で覆われたウサギは、疾走すればすぐ過熱状態になる。大脳がオーバーヒートすることは大変危険であり、脳の過熱を避ける最良の生理的な手段は熟睡だ。事実、マラソンランナーが競技後に熟睡することは、睡眠研究者に良く知られているという。

そう、ウサギが短い間隔で睡眠を繰り返すのも、理にかなった生存戦略だったのだ。そして、ヒトもまた恒温動物。眠らず走り続けるカメとは、そもそも体のつくりが違うのだ。我々もここはひとつウサギ君に見習って、脳がオーバーヒートする前に賢く睡眠を取ろうではありませんか。

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