『新しい市場のつくりかた』 サヨナラ技術神話

栗下 直也2012年11月30日 印刷向け表示
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新しい市場のつくりかた
作者:三宅 秀道
出版社:東洋経済新報社
発売日:2012-10-12
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「三宅本を推す」。

実は著者のことは全く知らなかったが、ものづくり研究の大家である東京大学の藤本隆宏教授が帯に寄せた、このコメントに釣られて買ってしまったことは内緒だ。自分の権威主義的な一面に辟易してしまうが、良い意味で期待を裏切られた一冊である。

本書の主旨は明快だ。エレクトロニクス業界を中心に不振が続く日本の製造業が凋落したのは、技術神話を未だに信奉しているからである。技術主導の議論をやめて、いかに問題を「開発」するかに目を向けなさいと説く。技術開発まずありきではなく、生活を変えるような問題を設定する「問題開発」こそが企業経営では重要であり、それは「文化」を開発することになる。現在の日本の大企業では、「問題開発」ではなく、コスト削減など「問題解決」の開発に主眼を置いてしまっており、それが今の不振につながっていると示唆する。

確かに、日本でもかつては「問題開発」の精神は根付いていたのは明らかだろう。

例えばウオシュレット。大きな技術的なブレークスルーはないが「おしりを温かい水で洗う」という何とも気持ちのよい「問題開発」をしたからこそ生まれ、それが文化として根付いたことは明らかだろう。もちろん、「問題開発」の次には温水器やポンプをつくるという技術開発の必要性はあるが、それは最大の命題ではない。最高の温水器やポンプをつくる技術があり、それに磨きをかけたところでウオシュレットは決して生まれない。独自技術などなくても皆があっと驚き生活を変えられる製品市場は生みだせるというわかりやすい例である。

ただ、正直、この類の議論は珍しくないと思う読者も多いだろう。米アップルの例を出して、声高にこうした議論を叫ぶエコノミストや評論家は少なくない。文化云々という議論まで言及しなくても、技術主導のものづくり経営をやめるべきだという指摘も聞き飽きた感もある(とはいえ、こうした主張がいまだに当たり前のこととして受け入れられていないことが日本の危なさを物語っているのかもしれないが)。

既視感のある議論に映るかもしれないが、本書の特筆すべきところは、上記のような主張だけでなく、それを裏付けるため、自分の足で多くの企業を回ったところと余談に溢れた軽妙な文章である。

15年間で1000社前後の企業を自ら取材しており、小さいけど「問題開発」した中小企業や大学の製品事例が多数並ぶ。飲み口が斜めに切られた介護用コップや競泳用途以外の運動用の水着などなど。中でも脳性まひを患っている人向けの車椅子の開発話は興味深い。

健常者でもひとつの椅子に長時間同じ姿勢で座っているとつらいが、障害を持つ方は体を自由に動かせない場合が多く、椅子に座ることは「磔の刑」に処せられているような苦痛を伴うという。ただ、こうした障害を持つ人のための椅子の従来の設計思想は使用者の身体変形を直接的に矯正するものが多かった。「使用者の姿勢を正そうとする試みでは変形を防ぐ効果も少なく、体力的な負荷も大きいのでは」と疑問に思った大学の研究者や医療従事者が使用者が考えたのは、「椅子は何のためにあるか」。当然ながら、楽に座るためである。そこで、使用者の体格や体の状況に応じて、車椅子に手作りで調整を続けた結果、ひとつの共通項が浮かび上がる。全ての使用者の椅子が、健常者のような座面と背面の2面に加え、あばらの下を支える面が必要だったのだ。

重要なのはなぜ、あばらの下にもう一面が必要なのかだが、研究を進めた結果、内臓器官を支える効果があるという結論に至った。当然ながら、内臓があるのは健常者も同じで、あばらの下を支える面を設けた椅子は健常者向けのオフィスチェアとしても実用化されるに至った。小手先ではなく、「椅子とはなにか。楽に座るものだ。楽に座れる椅子を開発しよう」という「問題開発」に挑むことで、車椅子だけでなく椅子そのものの本質的な欠陥を見つけることに成功したのだ。これは身体変形をいかに矯正するかという障害者向け車椅子の「問題解決」の延長線上では決して生まれなかった視点であるのは明らかだし、健常者の椅子だけを見ていても決して得られなかった視点だろう。 

足で稼いだ情報が多いからか、本書はなぜか話が脱線しまくるのだが、そこも何とも面白い。織田信長の茶器、水泳帽の普及の歴史、ワイングラスの口はなぜすぼまったか、大戸屋はなぜ一階にないのかまで著者自ら余談だらけと語るように、寄り道の連続だ。だが、「おいおいまた余談かよ。司馬遼太郎ではあるまいし」と思いつつも、読んでいるうちに寄り道を期待する自分がいる。当然ながら「余談」が著者の主張をより強固にして、読後には著者の製品開発論の広がりを感じさせることにうまく成功している。記し忘れていたが、本書の副題は「明日のための余談の多い経営学」である。

経営書として読んでもよいし、おもしろい開発特集として読んでもよい。私のように余談を楽しんでも良い。取材した経営者の共通項を探り、問題開発のためには「知らない人と積極的につきあうべき」など自己啓発的な開発のヒントも豊富で実用書としてよめる人もいるかも。現場視線の目線の低さから、高いところから偉そうなことを叫んでいる経営学の本にはない新鮮さと納得感がある。

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