『吉田神道の四百年』 “神使い”の人びと

高村 和久2013年01月19日 印刷向け表示
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吉田神道の四百年 神と葵の近世史 (講談社選書メチエ)
作者:井上 智勝
出版社:講談社
発売日:2013-01-11
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本書は、室町時代後期より400年に渡り神道界に大きな影響を及ぼした “神使い” 吉田家の歴史を描いたものだ。吉田家は、亀卜を行う神職の家系卜部(うらべ)氏の系統で、『徒然草』の吉田兼好もこの一族になる。吉田神道は、京都の神主であった吉田兼倶(かねとも)によって構想された。「唯一神道」「卜部神道」とも言われる。

1468年、応仁の乱の戦火で吉田神社が焼け落ちた後、兼倶は動き出す。

まずは、自邸内にあった「斎場所」を吉田山に移転した。兼倶はこの斎場所を「日本最上神祇斎場」と呼び、神武天皇が橿原に都して以来、代々日本中の神を祭ってきた「神社の総本山」であると宣言した。移転に際しては、後土御門天皇からは「日本国中三千余座、天神地祇八百万神」と記した勅額を頂いた。

そんなことができたのは、兼倶が朝廷の祭祀を担う役所である「神祇管」の最高位の祭官(神祇管領長上)だったからだ。兼倶は、自らの神道を「元本宗源神道」と呼び、天地開闢以来、国常立尊(くにとこたちのみこと)から天照大神、天児屋命(あめのこやねのみこと)へと脈々と受け継がれてきた一族であるとした。神道においては最高の血筋であり、しかも、天皇のお墨付きだ。

兼倶はさらにダメ押しをした。応仁の乱の時代には伊勢神宮も混乱の外ではなく、門前町同士の争いで外宮が放火されて御神体が不明になっていた。都では、風雲雷雨に乗じて伊勢神宮の神様が飛来するという「飛神明」が人々の噂になった。

この状況下、兼倶は、「雷鳴とともに天から斎場に落ちてきた」器物を天皇に謁見し、それが伊勢神宮の御神体であるという見解をもらってしまう。伊勢神宮の外宮の神様が吉田神社に逃げてきた、という意味である。もちろん伊勢神宮は黙っていない。再三にわたって朝廷に猛抗議したが実らず、吉田神道は伊勢神宮に「怨敵」と呼ばれつつも影響力を強めていく。吉田山の斎場は日本一のパワースポットになった。

全国の神社を統括できる立場となった吉田神道は、「鎮札」「宗源宣旨」「神道裁許状」という証文を発行することで権限を行使した。「鎮札」は文字通り神様の怒りや祟りを鎮めるためのお札である。「宗源宣旨」は神社の位を証明するための証明書、「神道裁許状」は神社で礼を欠く行動を行っても祟りが起こらないようにする証文だ。

このような祈祷や証文の発行は、今で言う保険や薬に似ているように見える。科学が無い時代、神社の木を一本切るだけでも祟られないかと精神的なストレスになった。もちろん自然災害や病気の際にも頼られた。娘の豪姫が病になった時に豊臣秀吉が送ったとされる手紙には、「早々に立ち退くがよい。詳しくは、吉田の神主に伝えさせる。 稲荷大明神殿」と書かれている。吉田家の影響力がわかる事例だ。応仁の乱の後、戦国時代に入っても吉田家は影響力を維持した。織田信長にはいち早く接近し、「堂上公家」の位階に格上げされる。明智光秀の時代は公家の代表として京都の治安維持を図り、豊臣秀吉の死後には、「豊国社」を設立して秀吉を神にした。

吉田一族が一時の落ち込みを見せるのは家康の死後であった。天台宗の僧である天海の主張により「山王一実神道」形式で家康が祭られることになり、当時の継承者の吉田梵舜が「当家零落、是非に及ばず」と述べる状況となった。法事に20人しか来ない時期もあった。

40年近い後、この劣勢を巻き返したのが吉川惟足(これたり)である。元々は江戸の商人であった。遅ればせながら38歳で弟子入りして頭角を顕し、遂には神代から代々伝わってきた一子相伝の奥義「神蘺磐境伝(ひもろぎいわさかでん)」を伝授されるに到る。吉田家と全く血縁がない人物への伝授に反対もあったが、将軍家綱の後見人であった会津藩主 保科正之や、老中 稲葉正則の信任を獲得し、幕府から「諸社禰宜神主法度」を発布させて吉田神道を再興した。この法令は、位階を持っていない全国の神職を吉田家の管轄下に置くというものであり、発布直後から多くの神職が吉田家に集う事になった。

著者によれば、この制度には幕府の意向が2つ考えられるという。一つは統制がとれていなかった神職の再組織化のため、そしてもう一つは、隣国の「明」が女真族に侵攻を受け「清」が建国されるという大事件を踏まえ、日本が「儒教」に基づく上国であることを内外に示したかったというものだ。そのためには、仏教ではなく神道のほうが都合が良かった。吉川惟足は、最後には幕臣に取り立てられる。暦を製作する「天文方」、和歌を指南する「歌学方」と共に新設された「神道方」という役職に就き、将軍綱吉に仕えた。

このように幕府を補完する神道権力として存在した吉田家であったが、その後、矛盾点等を指摘されたり、階級制度すら超越したなりふり構わぬ顧客獲得競争に巻き込まれたりと、徐々に他の神道からの反撃を受けるようになる。これらが「怨敵」伊勢神宮の系統であったり、「神祇管」でのライバルであった白川家であったりするのが興味深い。また、こうして全国に行きわたった神道と儒教の精神が、最終的には明治維新に繋がり、その後の宗教的基盤を整備したという。幕府に仕えた “神使い” 達の意外な役回りである。


神道とは何か - 神と仏の日本史 (中公新書)
作者:伊藤 聡
出版社:中央公論新社
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より一般的に、神道について解説されている一冊。仏教や儒教との関わりがおもしろいです。

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関東一円に広がる犬の絵柄の御札「オイヌさま」の由来を追うノンフィクション。成毛眞東えりかのレビューをどうぞ。

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作者:冲方 丁
出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)
発売日:2012-05-18
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将軍綱吉の「天文方」渋川晴海を描いた小説。「神道方」吉川惟足も出てきます。

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