飲むなら読まねば 『実録!あるこーる白書』

仲野 徹2013年05月03日 印刷向け表示
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実録! あるこーる白書
作者:西原理恵子
出版社:徳間書店
発売日:2013-03-15
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タイトルにあるとおり、お酒の話である。西原理恵子と吾妻ひでおの本であるし、表紙も楽しそうだから、エンターテインメント系かと思って買ったのであるが、ちがった。もちろん両氏のことであるから、サービス精神満点にすごい経験談がどんどんと繰り出される。しかし、この本の目的はそこにはない。西原がいうように、アルコール依存を正しく理解してもらい、少しでも減らそうという崇高な理念をもった対談である。えらく勉強になった。

西原は、いまは亡き夫・鴨志田穣が強烈なアルコール依存であった『日本で一番有名なアル中の家族』としてえらく苦労した漫画家。一方の吾妻は、鬱病と仕事のストレスからアルコール依存になった『日本で一番有名な生きてるアル中漫画家』。西原に言わせると、吾妻は『良いアルコール依存』だったそうで、確かに、西原の語る思い出話の方がすさまじい。ちなみに、実際には、この本は対談ではなく、もう一人のアルコール依存経験者である月乃光司との鼎談になっている。

大学で病理学を教えているのであるが、教科書の一つの章には『環境と食物による疾患』というのがあって、アルコールもとりあげられている。教える都合もあるから、少しは知っているつもりでいたけれど、アルコール依存というのは、私が思っていたようなものとはまったくちがうものであることがよくわかった。

『この本を読んで、病気の本質を理解してもらえれば一歩前進ですしね』という西原に言わせると、アルコール依存症というのは『ある日、その人にだけ、お酒が覚醒剤になる病気』というのが一番わかりやすい説明だという。もちろん、そこへいたるには、習慣的飲酒を続けて、ある一線を越えなければならないのであるが、その一線には個人差が大きい。しかし、お酒が覚醒剤のような状態というのは、想像するだにおそろしい。

覚醒剤というのは、買ったことがないからよくわからないけれど、高そうだし、身近に買えるものではない。しかし、お酒は違う。コンビニに行けばすぐに手に入るし、料理にだってはいっていることがある。はやい話が、『覚醒剤』の誘惑が身近なところにごろごろころがっているのである。もともとが酒好きで、飲めば気持ちよくなる人たちが依存症になるなのであるからたちが悪い。『覚醒剤』にたとえられると、依存症から抜け出るのがいかに困難かがわかる。

アルコール依存症からの回復率は20%ほどで、これも、覚醒剤と同じくらいに低いのである。それも、断酒するには本人の強い意志が必要なので、『底付き』という『もはや自力で這い上がることもできないような、どん底の状態に自分が置かれていることを自覚すること』が不可欠らしい。とことんまでいかないと、回復の機会さえ与えられないというのも怖い。

もう一つ恐ろしいのは、『スリップ』してしまえば、元の木阿弥になってしまうことだ。断酒に成功したとして、断酒を何年もつづけられたとしても、一度アルコールを口にしたら、また連続飲酒に引き込まれてしまう。これはアルコールの量によらず、奈良漬けやお菓子にはいっているキルシュ程度でもだめらしいから、断酒者にとっては、いたるところに『覚醒剤』的なスリップ因子があふれている状態だ。

いやはや、漠然と思っていたよりもアルコール依存症はこわすぎる。依存症、という言葉が持つイメージと実態がかなりかけ離れているせいかもしれない。英語では『Alcoholism』であって、なんとなくアルコール主義、みたいな感じがして、よけいに印象がちがうのであるけれど。ただし、急性アルコール中毒は acute alcoholism、アルコール依存症が chronic alcoholism と、統一はとれている。『アル中』という言葉は蔑称であって、今は使わないことになっているらしいけれど、なんかいい言葉ないんですかね。『アルコール症』いうのもしっくりきませんよね。

なんでこんなに怖がるかというと、アルコール依存のチェックをしてみると、『あたなの飲酒には問題あり(問題飲酒群)と疑われます』という診断になって、『本格的なアルコール依存に陥りつつある状態です』などと言われるからなのである。まぁ啓蒙をかねてのHPであろうから、きびしいめになっているのはわかるのであるが、気分はよろしくない。

『酒を飲んだ翌朝に、前夜のことをところどころ思い出せないことがしばしばある』とか、『商売や仕事の必要上飲む』と答えた程度でそんなことといわれてもなぁ、と否定したくなるのも事実だ。けれど、アルコール依存というのは、『否認の病』とも呼ばれていて、認めてしまうと断酒しなければならないので、自らの病状を否認するのが特徴である、とか言われると、ひょっとして、と、やっぱり怖くなるのである。

Wikipediaで『アルコール依存症』をひくと、『日本の飲酒人口は6,000万人程度と言われているが、このうちアルコール依存症の患者は230万人程度であると言われている。』って、ほんまですか…。どういう基準で診断するかにもよるのであろうけれど、まさか、『アルコールが覚醒剤』状態の人はそんなにはいないだろう。しかし、バカにならない患者数であることは間違いなさそうだ。

テレビでドキュメンタリーをやると『支えていた周りの人々』が美談として紹介されてしまうでしょ。厳しい言い方をすれば、周りの人々が支えていたから死ぬまで飲んだんですよ。

という言葉は手厳しいが、アルコール依存症であった有名人である『中島らもさんとか赤塚不二夫さんが、魅力的に描かれるのは、じつはこの病気にとってマイナス』だというのもうなずける。アルコールによる奇行をおもしろがるとかいうのはとんでもないことなのだ。

吾妻:俺の場合は鬱病があったから、鬱病とアルコールって一番悪い

   取り合わせだって聞きましたけどね。

西原:ダメになる仲良し、バリューセットってやつですよね。

吾妻:ホームレス断酒ってのがあるんですよね(笑)。

西原:実践者は語る。あとは、刑務所断酒もありますね。

月乃:手首を切ったりしました?

吾妻:それもやりましたけど、首つりとかしょっちゅうやってましたよ。

西原:それだけやってて死ねなかったっていうのは、ツメが甘かったんでしょうね。

吾妻:まあ、そういうことです。気合いがたりなかった。

などというシュールな話が続いていくこの本。見事な啓蒙書になっていることは間違いない。読んだからといって、お酒をやめられるわけではないけれど、すべての飲酒者はこの本を読んでおいたほうがいい。

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失踪日記
作者:吾妻 ひでお
出版社:イースト・プレス
発売日:2005-03-01
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吾妻ひでおの名作。失踪からアルコール依存まで、全部実話らしい。すごい。

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生きる悪知恵 正しくないけど役に立つ60のヒント (文春新書 868)
作者:西原 理恵子
出版社:文藝春秋
発売日:2012-07-20
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こういう人生相談ができるのは、壮絶な体験があったからでしょうねぇ。レビューはこちら。

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