他人の立場にたつということ 『黒檀』 カプシチンスキ著 工藤幸雄/阿部優子/武井摩利訳

村上 浩2010年12月14日 印刷向け表示
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採点:★★★★★

2010年のベスト1。2010年どころか、アフリカもの、ルポルタージュものでもNo.1。どんな人にも手放しでおすすめ!!

2010.9.26付けの日経書評で知り直ぐに購入したが、読み終わるのがもったいなく、3ヶ月くらいかけてちまちま読んだ。池澤夏樹氏による世界文学全集の中の一冊だが、本書はフィクションではなく、ポーランド人ジャーナリストのリシャルト・カプシチンスキによる、40年に亘るアフリカを巡るルポルタージュである。


黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集) 黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)
(2010/08/11)
リシャルト・カプシチンスキ

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本書は各章が独立しており、どの章からでも読み始めることができるので、立ち読みでも良いので是非気になる国の章を読んでみて欲しい。映画ホテル・ルワンダに涙した人ならルワンダ講義(ルワンダ編)を、アフリカで頻発するクーデターの裏側を知りたい人ならクーデター解析(ナイジェリア編)を、ラゴスで非黒人が窃盗に会わずに現地住民と一緒に暮らす方法を知りたい人はぼくの横町(ナイジェリア編)を読めば、本書の良さが分かると思う。

著者のカプシチンスキは日本ではあまり評価されていない(アマゾンでも新刊で買える日本語の彼の著作は本作のみ)ようだが、海外では極めて評価が高く、ノーベル文学賞の受賞が話題になっていたようだ。彼の人生については、解説に詳しいが、非常に魅力的な人である。

「アフリカの悲劇は、無理やりに国境線を引かれたことではなく、無理やりにまとめられたことである」と言われるように、本書にはアフリカの”無限の多様性”が生き生きと描かれている。アフリカと一口に言っても、国、地域、更には所属する氏族(クラン)が異なればその文化や風習はまるっきり異なることが良く分かる。そのような多様性の中にときにはクーデターの只中に駆けつけ、ときには白人にとっては通りがかることすら憚られる現地住人の居住地に住むことで、文字通り”命がけ”で飛び込んでいる。とはいえ、そのような手段は彼にとって、その街や人、ひいてはアフリカを理解するためには欠かすことの出来ない当たり前の手段だったようで、その文章から悲壮感は感じられない。クーデターが起こった島への潜入と脱走(失敗)劇はそこらのアクション映画よりもずっとハラハラドキドキできる、最高のエンターテインメントに仕上がっている。

アフリカの中の無限の多様性も興味深いが、白人と黒人、西洋とアフリカという対比での考察も面白い。時間や距離が相対的なものであることはアインシュタインが相対性理論で照明したが、西洋的な時間の捉え方とアフリカ的な捉え方は大きく異なる。

「絶対的で、真実で、かつ数学的な時間はそれ自体で流れており、その性質上、単調不変、外部にあるいかなる客体とも無関係である」これがニュートン流。ヨーロッパ人は、自らを時間の奴隷と感じており、時間に従属し、時間の家来なのだ。存在し、機能するためには、彼は、時間の侵しがたい鉄則に従い、その強固な原則や規則を守らねばならない。
アフリカ人の受け取り方は、まったく異なる。彼らにとって、時間とは、遥かに緩やかでオープンで、弾力性のある、主観的なカテゴリーだ。時間の形成、時間の経過、そのリズムには、人間の側こそが影響力を持つと彼らは考える(この場合の人間とは、もちろん、祖先や神々の意向に沿って行動する者のことだ)。
だからバスに乗るアフリカ人は出発時間を尋ねるようなことはしない。バスに乗るべき人が乗り、運転の準備が整ったときが出発のときなのだ。それまで”待つことの天才”である彼らは、死んだような待機の姿勢に落ち込むのである。

同様に、アフリカで目的地までの距離を尋ねても、「あー、あそこまではXXXkmだよ」という答えは期待できない。同じ100kmの道のりでも灼熱の太陽が出り付ける昼間と漆黒の闇に包まれる夜では、目的地に辿りつくまに必要な時間も装備も全く異なるからだ。

アフリカの歴史や、アフリカを襲った数々の悲劇についても独自の視点で非常に分かり易くまとめられている。民族の対立という一言で片付けることのできない、ルワンダの大虐殺にいて、ベルギーによる植民地体制、フランスの横槍の影響が良く分かった。カプチシンスキは、この悲劇とナチのガス室やスターリンによる大粛清の違いを以下のように総括している。

ヒトラーやスターリンの体制下では、殺しの実行役は特別な機関、つまりヒトラー親衛隊(SS)やソ連内務人民委員部(NKVD)であり、虐殺は人目につかぬ場所で行われました。ルワンダで目論まれたのは、だれもが殺しに手を染めることです。犯罪が大衆により行われること。草の根的で、人間の根源に関わる自然発生的産物であること。体制が敵の烙印を押した人々の血、その血に染まらぬ手がひとつとしてないようにすること。

危険地帯への侵入と脱出を繰り返すアクションシーンあり、多発する軍事クーデターの歴史的視点からの解説あり、現地の生活のど真ん中へ飛び込んで描かれた日常のアフリカありと、多様なアフリカを描き出す本書の内容にも実に多様な面があり、是非皆に楽しんでもらいたい。

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