『ザ・ナイン アメリカ連邦最高裁の素顔』 アメリカの正義を決める9人

村上 浩2013年07月02日 印刷向け表示
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ザ・ナイン ---アメリカ連邦最高裁の素顔
作者:ジェフリー・トゥービン
出版社:河出書房新社
発売日:2013-06-20
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2013年6月26日、アメリカ連邦最高裁判所は2つの大きな決断を下した。1つは、「男女間の結婚に与えられる税制優遇などの権利を同性婚のカップルには与えない」とする連邦法(DOMA)は違憲であるとするもの。もう1つは、「同性婚を禁止するカリフォルニア州法は違憲である」という地裁の意見を維持するとしたものである。

このニュースは全米で歓喜の声をもたらし、レディー・ガガは「偏見を持っている人は、もはや少数派だ」とTweetした。ガガの言うように、この決断に反対する人は少数派かもしれないが、多数派との差はそれほど大きくないようだ。なにしろ、2つの決断のどちらにも、最高裁判事9人の内の4人が反対している。つまり、1人の判事でも逆の意見に票を投じていれば、今回の結果は全く異なったものとなっていたということだ。

国の行く末を大きく左右する決断を下すこの最高裁の内側では、どのような議論が闘わされているのか。何より重い9票を握る最高裁判事たちは、どのような人物なのか。いまだに超大国であり続けるアメリカは、どのような正義を追い求めるのか。

連邦判事補としての経験も持つ著者は、判事たちの人物像をそのキャリア、就任の経緯、過去の判決文などから浮かび上がらせていく。最高裁の歴史や制度の解説よりも人間にフォーカスが当てられ、400ページを超えるボリュームを一気に読ませるドラマに満ちている。彼、彼女らは何を信じ、何に怒り、どのような票を投じるのか。エリート中のエリートである判事たちがときに悩み、ときに迷う姿を知るほどに、最高裁という組織ではなく、限界も誤りもある人間が、答えのない問いに答えを出そうとしているのだと思い知る。

最高裁判事が向き合わねばならない問いは、原告や被告だけでなく、未来のアメリカそのものに大きな影響を与え得る。アメリカは、人種をどのように扱うのか、妊娠中絶は女性の権利なのか、表現の自由はどこまで許されるのか。これはつまり、アメリカとはどのような国であるべきかを規定する問いなのだ。そして、本書で描き出されるのは、無味乾燥な条文や憲法の解説などではなく、多くの葛藤を抱えながらも自分の信じる正義を貫こうとする人間の姿だ。

神ならぬ最高裁は憲法を拠り所としながらも、外部の影響を受けざるをえない。三権分立とはいっても、最高裁が政治や世相から完全に切り離されてはいないということを示す事例がある。1930年代後半に公立学校が生徒に国旗へ敬礼し、忠誠を誓うよう強制していることに対し、エホバの証人が「このような強制は自らの教義に反する」として最高裁へ保護を訴えた。しかし、最高裁の多数派は、学校にはこのような目的で生徒の参加を要請できるとして、1940年に彼らの訴えを退ける判決をくだした。

判決から数カ月、ヨーロッパではファシズム、ナチズムが猛威をふるっていた。罰則をちらつかせながら忠誠心を強制する社会が、どれほど恐ろしい帰結をもたらすかを目の当たりにしたアメリカは、言論と信教の自由の重要さを痛感する。そして、1940年の判決からからたった3年後に、エホバの証人の同様の訴えを今度は認め、自らの判例を覆した。このときジャクソン判事によって書かれた多数意見は、今でもアメリカの在り方の一部を規定し続けている。

我が国の憲法という星座のうちに不動の星があるとすれば、それは、上位下位を問わず公職者が、政治、ナショナリズム、宗教といった多様な意見について、なにが正統であるかを示唆したり、国民に言葉や行為によって信ずるものの告白を強いることはできない、ということである

9名の最高裁判事(内1名は長官)は、大統領によって指名され上院の承認よって任命される。ただし、日本の最高裁判事が70歳で定年となるのとは異なり、アメリカの最高裁判事に定年はない。基本的には死亡か辞任以外でそのポストが空くことはない(弾劾裁判によって罷免されうるが、過去一例もない)ので、大統領が自分の希望する判事を指名できるチャンスに恵まれるかは運任せの部分もある。実際、1994年からレンクイスト長官が逝去する2005年まで、9名の顔ぶれは全く変わることはなかった。この11年間が本書の中核となる。

歴史に「もし」はないが、そう思わずにはいられない判決がある。ブッシュ対ゴア事件として知られる、2000年大統領選挙の票の数え直しを巡る裁判だ。フロリダ州で最初の集票が終わったとき、その差はわずか1,784票でブッシュを支持していた。国中を巻き込んだ議論に発展したものの、最高裁は票の数え直しを認めず、ブッシュの勝利が確定した。その後のブッシュ政権の迷走を見るたびに、フロリダの人々は「もし、ゴアに投票していれば」と思っただろうか、判事たちは「もし、票の数え直しを認めていれば」と思っただろうか。「もし」が入り込む余地のないほど最高裁の議論は憲法に則っていたのか、本書はこの事件の実情を明らかにする。

法曹界における保守派の台頭も本書のテーマの1つである。事実、長い間共和党大統領指名の判事が多数派を占めている。しかし、最高裁判決が共和党の思いのままでなかったことは明らかだ。共和党と民主党、保守派とリベラルとそれぞれの判事にラベルを付けることは簡単だが、二元論で割り切れるほど人間は単純ではない。それぞれの判事が、それぞれの信念に基づき、自らの頭で出した結論を信じて一票を投じている。どちらに票を投じるか、どのような言葉で自らの正義を語るか、「自分だったら」と考えずにはいられない。

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裁判百年史ものがたり (文春文庫)
作者:夏樹 静子
出版社:文藝春秋
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こちらは日本の歴史をつくってきた裁判史。取り上げられるテーマすべてがこちらもドラマに満ちており、ぐいぐいと読まされる。Kindle版も出ている。レビューはこちら

裁判と社会―司法の「常識」再考 (日本の現代)
作者:ダニエル・H. フット
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ハーバード・ロー・スクール出身のアメリカ人でありながら、日本での勤務経験のある著者による、日米における裁判の違いを浮き彫りにする一冊。アメリカ人は本当に裁判好きなのか。日本人は本当に裁判を嫌いなのか。その違いは日本の”特殊性”に起因するのか。日米の裁判制度の違いもわかりやすく解説されている。

これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
作者:マイケル・サンデル
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大ベストセラーのこちらもKindle化されている。正義とはなにか、公平であるとはどういうことかを改めて考える。

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