『アルビノを生きる』白皮症。つながり。そしてその先へ

2013年7月8日 印刷向け表示
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アルビノを生きる

作者:川名 紀美
出版社:河出書房新社
発売日:2013-06-19
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彼らの姿を私はじかに見たことはない。大理石のような白い肌と白髪に近い金髪、眉毛や体毛も金色か白だ。透き通るような瞳はブルーやグレー。色素が無い瞳は、個人差が大きいが大抵は弱視だ。そしてその白い肌は紫外線に弱い。「アルビノ」と呼ばれる遺伝性の疾患は様々な動物にも見られる。メラニンの生合成に関わる遺伝情報の欠損により先天的にメラニンが欠乏する病気だ。日本語では「先天性白皮症」と呼ばれる。

劣性遺伝子なので両親の片方がアルビノに由来する遺伝子を持っていても、アルビノの子供が生まれてくることはほとんどない。しかし、日本では1万人から2万人にひとりの割合でアルビノの子供が生まれている。珍しい病ではあるが、極端に少ない数ではない。さらに、日本人では50人から100人にひとりの割合でアルビノの遺伝子を受け継いでいるようだ。つまり私や、あなたや、あなたのパートナーがアルビノに関わる遺伝子を持っていても全く不思議はないのである。歴史上の人物では清寧天皇がアルビノであったといわれている。

思ったよりも身近な存在であるアルビノだが、差別が現在でも大きな問題になる場合がある。特に有色人種の間ではアルビノの存在は目立つ。アフリカの一部では「アルビノ狩り」などが横行し、多くのアルビノの人たちが今でも襲われている。常に一定の数のアルビノの子供が生まれているにもかかわらず、私たちは彼らの存在にあまりにも無知で無関心だ。

白い旅人という名前のサイトが存在する。石井更幸というアルビノの男性が立ち上げたサイトだ。彼は1973年生まれ。透き通るような白い肌と白髪の姿でこの世に生を受ける。千葉の田舎に住む家族は、この事実をなかなか受け入れることができなかった。まれな先天性の疾患のため、出産した産婦人科でも原因がよくわからなかったようだ。狭い農村社会の因習を生きてきた祖父は「世間にたいしてみっともねえ」と吐き捨てた。

血を分けた家族さえこの調子である。学校へ進学した更幸に待っていたのは凄まじい虐めの日々だ。さらに見ず知らずの大人にも暴言を吐かれることもある。少年時代、電車が好きだった更幸だが東京の地下鉄で迷ったときに、いあわせた駅員に道を尋ねた。その際に「おまえ、気持ち悪いんだよ」と駅員に言われたという。胸が痛むエピソードだ。ときに人というものは異質な存在に対し、どこまでも冷酷になれるものなのかもしれない。

祖父から存在を否定され、親族に責められ、苦しむ母を目の当たりにし、学校でも容赦のない虐めを受ける彼の心は、どれほどの苦悩に苛まれていたのだろうか。また、更幸の家族が彼の病を正面から受け入れようとしないため、彼は自分のアイデンティティの喪失にも悩まされたようだ。なぜ、自分だけ白いのか。なぜ、世間や家族と違う存在なのか。まさにサイトの名のように、彼は自らの存在を問い続ける「白い旅人」として成長期を送ることになる。彼の人生の転機は同級生たちが、彼の障がいを理由に更幸は長生きできない、という内緒話を偶然に耳にしたことによる。

その言葉で最初はやけくそになった彼だが、盲学校へ進学すると状況は変わる。学ぶことの喜びに触れた更幸は短い命を有効に使おうと前へと進みだす。実はアルビノは寿命の長短には関係がない。しかし、アルビノの話題を避けて通る家庭に育った彼は、自らの疾患を詳しく知ることがないまま成長していた。

早死にを覚悟した彼はやりたい事にはとことんチャレンジした。弱視というハンデがありながら南極旅行という冒険にも出た。特殊な器具を使いパソコンを独習し、「白い旅人」を立ち上げ、全国のアルビノの人たちに情報を発信し、お互いの交流の場を作りあげていく。気が付けば全国のアルビノの人々をつなぐ中心的な人物にまでなっていく。

そんな彼でも、学校での講演で少年時代の虐めの経験を話すときには古傷が開き、血がにじみ出てくるような辛さを感じる。虐め、疎外、アイデンティテーの喪失、家族との相克などの問題は、異質な者に対する人間内部の防御反応と、それを反映した社会の拒否反応に起因しているのではないだろうか。そんな経験をしても「アルビノに生まれてよかった」と語る彼の言葉の裏にどれほどの苦難の歴史が詰まっているのか、私には想像するのさえ難しい。

本書ではアルビノの人々が実名で多く登場する。関西方面でアルビノの交流会「ドーナツの会」を起ち上げた薮本舞。日本初のアルビノ、エンターテイナーを自任するする粕谷幸司などネットや交流会で活躍する者。また、パラリンピックに出場経験を持つ笠本明里など広い世界で活躍する人々もいる。アルビノであるために経験した様々な苦難を乗り越え、前に進もうとする彼らの話は心を打つ。アルビノは一昔まえなら座敷牢に閉じ込められたり、生まれてすぐ間引かれることすらあったのだ。そして、世間の差別にも怯まず、自らの道を進む彼らに影響を与え、彼らを結び付けていく石井更幸という人の存在の凄さに改めて驚かされる。

彼らの人生で大きな障壁のひとつは結婚と出産だ。本書でも中盤はその部分に焦点が絞られている。そのことをあっさりクリアーした者もいれば遺伝疾患である故に子供を持つことを諦めた人。結婚自体を諦めた人もいる。彼らがどのように強く生きようと決意しても、マジョリティである私たちが変わらない限りこの問題の多くの部分は変えられない。

異質な者に対する拒否反応は遠い昔、私たちの先祖が効率よく生き残るためには必要なシステムだったのであろう。だが、現代ではそのようなことに過敏になる必要のない世界を私たちは築くことに成功しているはずだ。私たちは見た目の異質さに惑わされることを、そろそろ止めにするべきではないか。なにより私やあなたもアルビノになる可能性はあったし、自らの子や孫がなる可能性だって十分にある。誰が悪いわけではない。すべては遺伝子による偶然の産物なのだ。そんな事で誰かが不必要な苦しみを受けるべではない。そう強く思わずにはいられい。

日本アルビニズムネットワーク – JAN

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