そうだったのか 『生理用品の社会史 : タブーから一大ビジネスへ』

仲野 徹2013年09月14日 印刷向け表示
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生理用品の社会史: タブーから一大ビジネスへ
作者:田中 ひかる
出版社:ミネルヴァ書房
発売日:2013-08-25
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読んでよかった、という本がある。いろいろな場合があるけれど、そのうちのひとつは、その一冊を読んだら、この分野では、もう本を読む必要がないだろう、と思わせてくれる本である。『暗号本』はたいがい好きであったけれど、サイモン・シンの『暗号解読』を読んで、もうそれ以上は読む必要がなくなった。『野口英世本』は何冊読んだかわからないが、イザベル・プレセットによる『野口英世』を読んでからは、もうやめにした。

生理-医学的には月経である-についての本はこれまで読んだことはなかった。しかし、この本のおかげで、生理用品についての本は、一生読むことはないだろう。そもそも、男がそんなもんを読むな、と言われそうな気もするが、この本、前書きにちゃんと『日本の生理用品が歩んできた道のりについて、女性はもちろん、男性にも知っていただけたら幸いである。』と書いてあるし、まけといてちょうだいね。

月経は、かつて、『血の穢れ』として忌み嫌われていた。これは、我が国だけではなく、世界的に認められることであり、仏教もキリスト教もイスラム教も、月経を禁忌とみなしていた。月経の生物学的意義がわかっていなかったし、最近まで続いた男性中心の社会の中、女性だけにしかない、ことも理由であったろう。

そのような状況であったから、経血処理に多くの配慮がはらわれてこなかったのは当然のことであった。いろいろと具体例があげてあるけれど、さすがにちょと生々しすぎる感じがするので、ここでは省略。

アメリカにおいてパルプを砕いた紙綿を用いた生理用品・コーテックスが発売されたのは、第一次世界大戦後、1920年頃、キンバリー・クラーク社によってであった。しかし、アメリカでも、羞恥心のためになかなか売れなかった。それを打開したのは、近代広告の父ともいえるアルバート・ラスカーであった。

ラスカーは、コーテックスの横に置いた箱に50セントを入れればよいという方法、すなわち、お店の人を介さずに購入できる方法を考案し、その新聞広告を出した。それをきっかけに、爆発的に売れ出したという。余談になるが、このアルバート・ラスカーというのは、私が一押しのノンフィクション『病の皇帝』で、がん研究において大きな貢献をしたことで大きく取り上げられているメアリー・ラスカーの主人である。

それに遅れること40年、ちょっとした偶然がきっかけになり、日本でも紙綿製の生理用品が爆発的に売れ出すことになる。その主役は当時としては珍しい女性社長、それも、27歳の坂井泰子(よしこ)が社長の『アンネ株式会社』であった。多彩な内容を含むこの本であるが、圧巻はこのあたりだ。

坂井泰子は、発明サービスセンターという会社を設立したのであるが、その中の案件の一つに、当時普及しだした水洗トイレでも流せる生理用品というのがあった。まったく別件であった電気製品の考案を、トランジスタ部品の会社であるミツミ電機の森部社長に持っていった時、何故かその生理用品が話題になった。森部社長は大きな興味を示し、資金提供を決断する。そして、新しい会社の看板として、坂井は大活躍することになる。

この坂井が社長として設立されたのが『アンネ株式会社』である。アンネの語源は、あの、アンネ・フランク。『アンネの日記』の中に、生理について『面倒くさいし、不愉快だし、鬱陶しいのにもかかわらず、甘美な秘密を持っているような気がします』というセンテンスのあることが決定打になった。このあたりが坂井の抜群のセンスなのだが、アンネという固有名詞を『「清純」であり、苦痛でなく「喜び」であり、陰鬱ではなく「明朗」であり、美しいものでなければならない』イメージの象徴としたのだ。

若くて美人の女社長。アンネというネーミング。そして、『40年間お待たせしました-いよいよアンネナプキン登場!』という伝説のキャッチコピーをはじめとする大々的な広告。もちろん製品の高品質と使いやすさもあいまって、1961年の発売から、一気に爆発的な売れ行きをあげるようになった。

それだけではない。若い人はまったく知らないだろうけれど、かつて、生理はアンネと呼ばれている時代があった。それほどに、アンネナプキンの成功は日本人の月経感を大きく変えたのだ。しかし、アンネ株式会社の隆盛はそう長くは続くこともなく、と、話は続いていく。

さして長くはない本であるが、豊富な内容が読みやすくまとめられているし、いろいろな小ネタもおもしろい。明治時代の女性の月経回数について、もその一つである。その頃は現代よりも初潮が2年遅く、閉経が2年早かった。また、子供の数も多かったし、授乳期間が長くてその間も無月経だった、などを考えると、生涯月経回数はわずか50回程度であったらしい。少子化がさけばれる今とはまったく比べものにならず、ひとけた近い少なさだったのである。

このように医学的にも興味ある内容になっているだけでなく、時代に先駆けたベンチャー企業の歴史としても、今ではあたりまえになっているイメージ戦略的な広告のプロトタイプとしても、それに、もちろん、生理用品の問題点や将来についても、と、どの角度から見ても面白い内容になっている。女であるとか男であるとかは関係なく、教養の一つとして読んでおいて損のない一冊だ。

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何でも見てやろう (講談社文庫 お 3-5)
作者:小田 実
出版社:講談社
発売日:1979-07-11
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いまは読まれてないような気がするが、かつてのベストセラー。この本の中に、アメリカでは生理用品をサニタリー・ナプキンという、という記述があって、アンネナプキンという名称が決定した。

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アンネの日記 (文春文庫)
作者:アンネ フランク
出版社:文藝春秋
発売日:2003-04
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ご存じ、アンネの日記。いまさらですが、大昔に読んだことのある人も、深町真理子の訳で読んでみてはどうでしょう。

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