『夜の経済学』-数字が照らすアタリマエの裏側

栗下 直也2013年10月10日 印刷向け表示
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夜の経済学
作者:飯田 泰之
出版社:扶桑社
発売日:2013-09-26
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著者の一人である明治大学准教授の飯田泰之氏は本書の刊行によって講演がキャンセルになったという。「『夜の経済学』なんてタイトルの本を書く奴の話なんて聞く気にならない!」といきなりのキャンセルを喰らったとか。講演の依頼先までは明らかにしてないが、確かに、眉をひそめてしまう人もいるかもしれない。帯には「セックスから政治まで」とあるが、タイトルからわかるように、セックスやら風俗のお話が中心。敬遠されがちだが我々の生活と陸続きのお話であるが、ぱらぱらと捲るだけで「ソープランド」、「ワリキリ(個人売春)」、「ナマでやる」、「TENGA」などの単語が目に飛び込む。キャンセルも仕方なしか。

当然だが彼らも別に風俗が好きなわけではない(たぶん)。自明でありがちだが、データの裏付けなく語られる領域で数字を語ることで、通説のでたらめさや意外な事実を明らかにするのが本書の試みだ。

まず、第1章「フーゾク業界を経済分析」。日本の風俗店の稼動店舗数や推計在籍人数、県民所得と風俗の標準価格の関係性を割り出すのに全264ページ中、丸々1章(50ページ弱)を割いて分析する。ちなみに現代の日本女性の3・6%から5・4%が風俗経験があり、全国の70分コースの全国標準価格は1万6000円と類推される。一部の方には「だからどーした」と言われそうだが、講演を断られるはめになっても、風俗嬢の人数や標準価格を計算する姿は美しいではないか!(念のために書いておくと、一部の人の仕事と思われがちな風俗に従事している女性の割合が意外にも高いからこそ踏み込んだ議論が必要なわけである)。

上記の標準価格はスポーツ新聞や風俗雑誌の広告などに基づいて算出している。風俗と言っても表もあれば裏(個人売春など)もある。当然、裏のデータなどないわけだが、本書ではデータが無ければ著者たちは自ら調べる。3000人超のワリキリ(個人売春)の経験がある女性のデータを揃えてしまうのだ。ワリキリの価格、月収、学歴、旅行の頻度、行為時に動画を撮影するのをOKする上乗せ価格はいくらか。そしてOKする女性はどのような体型が多いのか。ここに書くのを躊躇してしまう項目まで細かく聞いている。

ひとつひとつの質問の結果自体も面白いが、データの積み重ねで、社会通念とは異なる事実を浮かび上がらせる。彼女たちは、自由意志でワリキリをしているといえばしているのだが、データから読み取れるのは教育機会の欠如や貧困だ。「もはや、貧困で売春する人間などいない時代」と考える人も少なくないが、著者のひとりである荻上チキ氏は一億総中流の意識の結果、貧困が見えにくくなってしまったと説く。つまり、期待水準が高められ、自分とその周辺がアタリマエでそれ以外に想像が働かない。そして、それに悪気がないだけに始末に終えない。氏はこうした社会のひずみを前著作でも記しているが、今回著者たちは数字を軸に問題を再提示する。

本書では2人のこうした視座は一貫している。全体のボリュームからは風俗が中心だが、学歴と幸せの相関関係や生活保護問題などに章を割いて言及する。

もちろん、サンプル数も含めて調査方法には突っ込みどころはある。著者たちもそこは認める。ただ、把握しづらいテーマに挑み、たたき台となる結果を出したことが大きな一歩であろう。

どうでもよさそうなデータの積み重ねで常識を覆すと書いたものの、そもそも「週刊SPA!」の連載がベースだけに、ただただ笑えるマメ情報も少なくない。例えば「バストサイズを偽ると指名が25%アップ?」。そんなに、みんなおっぱいが好きなのでしょうか。

秀逸なのは、「日本が誇るクオリティーペーパー」東京スポーツの過去30年分の広告に基づく、風俗嬢の名前の変遷。1986年は、瞳、マリ、エリカ、ハニー、綾、コロンビアなどが人気。一方、2012年は、りん、じゅん、ともみ、みいな、など。カタカナ、漢字からひらがなへという大きな流れはあるが、呼び名の鉄板は「あい(愛)」だとか。うーん、「あい」か。「あい」は鉄板か。それ以上でもそれ以下でもないけど。東スポを必死にめくる著者たちに拍手である。

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彼女たちの売春(ワリキリ) 社会からの斥力、出会い系の引力
作者:荻上 チキ
出版社:扶桑社
発売日:2012-11-29
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彼女たちがワリキリをなぜ行うかを探ることは社会がどのような状態にあるのかを明らかにすることである

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