『糖尿病とウジ虫治療』 ウジ虫が人類を救う!?

村上 浩2013年10月12日 印刷向け表示
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本書の主役はウジ虫。虫嫌いの方はこの時点で、読み進めるのをやめようと思われたかもしれない。確かにウジ虫は、ぶにょぶにょしていて、バイ菌だらけで、気持ちが悪い。これまで、「ウジ虫が大好きだ」という人にはお目にかかったことがない(HONZ虫班の野坂美帆、土屋敦などはもしかしたら好きなのかもしれないが)。しかし、本書にはウジ虫や生々しい傷口の写真は掲載されていないので、安心してページをめくって欲しい。本書では、このウジ虫にヒトを救う力があることが明らかになる。

小学校時代に図書館で『はだしのゲン』を読んだことのある私は、ウジ虫と聞くだけで傷口にウジ虫がはい回るあの恐ろしいシーンが思い出され、何ともいい気がしない。それでもこの本を手に取ったのは、本書が岩波科学ライブラリーの一冊だったからだ。1993年に創刊され、「最先端の科学知識だけでなく,真理の発見に至るドラマ,研究者たちの感動をじかに伝える読み物シリーズ」である岩波科学ライブラリーの刊行点数は200を超え、今月末から一部電子書籍化も始まる。HONZ内にも本シリーズのファンが多く、本書のレビューも内藤順に先を越されてしまった。 

このシリーズでは、他所で取り上げられることのないような科学トピックも新書の半分ほどのボリューム(100頁ほど)でコンパクトにまとまっているので、馴染みのない分野や新奇な生物の特徴を知るのにちょうどよい。今やその独特のルックスで一部に強烈なファンを持つ『ハダカデバネズミ』は2008年、最強の生物として知名度をぐんぐん増している『クマムシ?!』は2006年と、かなり早い段階で取り上げられている。もしかしたら、3年後くらいにウジ虫ブームがきているかもしれない。いや、こないか・・・ 

さて、ウジ虫(英語でマゴットmaggot)とはハエの幼虫である。どうにも不潔そうに思えるウジ虫を治療に使うのは突飛なアイデアにも思えるが、オーストラリア先住民のアボリジニや中米の古代マヤ族もウジ虫を治療に用いていた記録があるという。しかし、ウジ虫治療がマゴットセラピーとして体系的に確立されたのは1人のアメリカ人医師による偶然の発見と、患者を救いたいという強い意志が重要な役割を果たしている。 

第一次世界大戦時に米国主任従軍整形外科医の命を受けたウイリアム・ベア医師は、深い外傷を負った兵士を診断して2度驚いた。1度目の驚きは兵士の衣服を剥ぎ取り、傷口を見ようとしたときにやってきた。そこには数え切れないほどのウジ虫がうじゃうじゃとはい回っていたのだ。ベアは咄嗟に襲ってくる吐き気を抑えるだけで精いっぱい。2度目の驚きは、吐き気に耐えながら、ウジ虫を取り除いたときにやってきた。なんと、ウジ虫の下には健康な肉芽組織が形成されており、感染も起こしていなかったのだ。

いったいこれはどういうことだ?

疑問とともにアメリカに帰国したベアは、小児科病院でウジ虫の秘密の力の謎に迫っていく。ウジ虫の無菌化、最適な繁殖条件や創傷部へのマゴット固定方法の追求など、クリアすべきハードルは多かったが、ベアは見事にマゴットセラピーの原理を築きあげた。1930年から1935年の間に、北米300以上の病院で5,700名以上の人々にマゴットセラピーが施されたという。

様々な理由からその普及は順調には進まなかったものの、現在海外では、床ずれや感染症をともなう術後創や慢性骨髄炎などにも広くマゴットセラピーが使われているという。米国FDA(食品医薬品管理局)は、2004年に医療材料としマゴットの生産と販売に許可を与えているが、日本では今でも保険外診療であるため高額な治療法となってしまっている。本書では、日本でマゴットを生産・販売するためのベンチャー企業の奮闘も描かれており、日本での本格的普及にはまだまだ困難があることがうかがえる。

それにしても、なぜハエはこれほどまでにヒトの傷治療に有効なのだろうか。著者は、昆虫としてのハエの起源、進化の観点からその能力の特異性を解説していく。このハエの知られざる能力がヒトの治癒機構にどのように作用しているかは、近年の研究によって続々と明らかになってきている。それは、ハエはヒトの傷を治療するために創造されたのかと思えるほどのものである。知れば知るほどウジ虫が愛おしくなってくる。まぁ、愛おしくなるは言い過ぎだが、あんまり気味悪がっちゃ可哀想だな、くらいには思えてくる。 

奈良県にあるクリニックに勤務する著者は、マゴットセラピーの解説を中心に添えながらも、生物の進化や起業物語、科学者たちの奮闘ストーリーを巧みに織り交ぜていくので最後まで全く飽きさせない。もしかしたら、あなたもウジ虫に救われる日がやってくるもしれない。先ずは本書で、不必要な嫌悪感を取り除いておこう。

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非常に刺激的なタイトルである。傷をしたら消毒というのは、本当に当たり前のことなのか?既成概念に挑戦して新たな治療法をつくっていく。『糖尿病とウジ虫治療』中でも、湿潤治療に関する部分で紹介されている。

とんでもないミッシングリングが発見された。それは、「腕立て伏せする魚」と呼ばれるティクターリクの化石であった。この化石の発見をキーとして、進化の謎に迫る。『糖尿病とウジ虫治療』でも、進化の木の中でもヒトとハエの関係性の部分で紹介されている。

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