『ヤルタからヒロシマへ: 終戦と冷戦の覇権争い』by 出口 治明

出口 治明2013年10月29日 印刷向け表示
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ヤルタからヒロシマへ: 終戦と冷戦の覇権争い
作者:マイケル ドブズ
出版社:白水社
発売日:2013-07-10
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本書は、日本の運命を決したヤルタ会談(1945年2月)からポツダム会談(7月)へ、そして原爆投下までに至る第2次世界大戦末期の激動の6カ月を再現した物語である。新しい発見はないが、関係者の証言が寄木細工のように丁寧に積み重ねられており、読者はまるでその場に居合わせたかのような、迫真の臨場感を味わうことができる。まさに、「神は細部に宿る」のである。

第1部は、ヤルタ会談である。病に侵されたルーズヴェルト大統領が、「セイクリッド・カウ(聖牛、大統領専用機)」で、マルタ島から飛び立つシーンから、物語が始まる。向かうはクリミア半島である。会談場所となったヤルタのリヴァディア宮殿(ルーズヴェルトの宿泊地)は、最後のロシア皇帝ニコライ2世の離宮であった。ホストのスターリンは、ルーズヴェルトを丁重にもてなす。しかし、得る物はしっかり得る。ヤルタでは、ドイツの分割統治や、東欧諸国の戦後処理、ソ連の対日参戦(見返りは北方領土)、国連5大国の拒否権など、戦後世界の大きい枠組みが取りきめられた。なお、スターリンの取り分が大きかったのは、「ドイツ軍のはらわたを抜き取る主たる仕事をした」(チャーチル)からであった。慧眼の外交官、ジョージ・ケナンは、スターリンが取り仕切るヨーロッパの暗い未来について警鐘を鳴らすが、病み衰えていたルーズヴェルトにとっては「それが、私にできる精一杯のことだった」のである。

第2部は、鉄のカーテンである。ルーズヴェルトは、4月に病死し、トルーマンが登場する。それでも、予定通り、4月25日には、サンフランシスコで国連設立会議が開かれる。この日は、偶然にも米ソ両軍がエルベ川で合流した日でもあった。しかし、米英とソ連の溝は確実に深まりつつあった。ポーランド問題(自由選挙を求める米英と、共産党主導政権を樹立したいソ連)を焦点にして、チャーチルはドイツの最終的崩壊から4日後の5月12日にトルーマンに充てた電信で、早くも「鉄のカーテン」に言及している。老いた百戦錬磨の英国貴族は、スターリンに微塵たりとも幻想を抱くことはなかったのである。なお、赤軍の(占領したドイツからの根こそぎの)略奪振りは、凄まじいの一言に尽きる。

第3部は、ポツダム会談から原爆投下までを扱っている。ポツダムに到着したトルーマンは、ベルリンをドライブする。チャーチルは下車して、瓦礫の山と化した(ヒトラーの)帝国首相官邸を歩きまわる。スターリンは素通りする。一切の感傷は、スターリンには無縁なのだ。ポツダム会談の間に、核実験に成功したトルーマンは、俄然、強気に出る。しかし、スターリンは、秘かにその情報を入手していたので、少しもたじろがない。チャーチルは選挙に敗れて、会談途中に姿を消す。そして、ポツダム宣言を無視されたトルーマンは、「ロシアが介入(対日参戦)する前に、日本問題を片付ける」べく、原爆使用を最終決断したのだ。ヒロシマ・ナガサキは、ドレスデン同様、アメリカの力をスターリンに見せつけるための犠牲となったのである。

スターリンが3度にわたる3巨頭会談(最初はテヘラン)で、相対的に有利に駒を進められたのは、インテリジェンス(情報収集・分析)にもたけていたからであった。それに比べ、本書に書かれた日本のインテリジェンス能力のレベルは、目を覆いたくなるようなお粗末さである。ポツダムでスターリンは、日本が終戦の仲介をソ連に頼んできたことを、トルーマンに打ち明ける。もちろん、トルーマンは暗号解読によって、そのことを既に知っていた。先日、「虚妄の三国同盟」を読んで、当時の日本の外交能力(インテリジェンス)のあまりの低劣さに慄然としたが、敗戦から約70年、わが国のインテリジェンス能力は当時に比べて、果たしてどの程度、向上したのだろうか。

出口 治明

ライフネット生命保険 代表取締役会長。詳しくはこちら

*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。

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