『「歴史」を動かす―東アジアのなかの日本史 』

麻木 久仁子2011年08月26日 印刷向け表示
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「歴史」を動かす―東アジアのなかの日本史
作者:小島 毅
出版社:亜紀書房
発売日:2011-08-02
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「歴史」はどんどん更新されていくもののようだ。

この数十年で新史料の発見や解析が進み、またかつてのイデオロギー的な歴史観からもかなり自由になったため、「最新の知見」が続々と更新され、学者や研究者の間では共有されていると聞く。確かに、高校生の娘の教科書を眺めても、最近刊行された選書などを読んでも、年号や時代区分の呼称ひとつにしても随分違うことに驚かされる。

それら「最新の知見」の一端を窺える一般向けの書籍に共通していることは、「“日本”の歴史」を閉じた「列島」の内部だけで成立したものとして描かず、常に東アジアを中心とした外国との関係を意識し、あるいは、そもそも「どこまでが“日本”で、いつからが“日本”なのか」を、客観的に捉えたものであるということだと思う。

未だに「最新の知見」とは程遠い視点で描かれた物語なども多く見聞きするなかで、ふと振り返ればいつのまにか「日本史」と「世界史(日本史を除く!)」という受験時の枠組みで歴史をみてしまい、「歴史的事実は過去完了の確定したもの」と思いこんでいる自分がいる。そこから解放されたい! そんなときにナヴィゲータとなってくれるのが、本書の著者・小島毅さんだ。「いつのまにか刷り込まれた枠組み」を気持ちよくぶち壊してくれる!

小島氏は近年、『靖国史観』『近代日本の陽明学』『父が子に語る日本史』『父が子に語る近現代史』などを矢継ぎ早に上梓し、非常にわかりやすく「いま知っておくべき日本の歴史の問題点」を腑分けし、「東アジアのなかの日本史」像を示してくれている。小島氏の専門が、東洋思想史、なかでも宋代に成立した朱子学であるというのが面白い。日本史を専門としていない方だからこそ、描ける概観図というものがあるのだろうか。

第一部は「近代はいつからか」というタイトル。日本の近代は、実は寛政改革期から始まったとし、江戸と明治の断絶をフィクションであると見做している。そうか。いままで、明治維新から近代日本が誕生したといういわば「維新史観」に囚われていたわけか! また、「文明開化」の成功の理由として、明治のリーダーたちに漢籍の素養が普通にある点や、儒教の普遍主義に基づいて西洋文明の摂取を行ったことも挙げており、その明確な解説には唸らされる。長州の長井雅楽や土佐の吉田東洋の先駆性を評価し、彼らの知識の背景にも儒教があったという考察や、横井小楠が儒教の「堯・舜の禅譲」からアメリカの大統領制という民主政体を理解したという話なども、目から鱗の落ちるような思いで読んだ。文明開化という点について、中国や朝鮮が冠婚葬祭など生活の隅々まで儒教が担っていたのに較べ、日本では儒学という、「考え方」の部分にのみ儒教が影響を持った――この違いが、西洋文明を受容し、日本が近代化をいち早く成功させたことにつながるという著者の見解は、実に示唆に富むと思う。

第二部は「三人の先駆者たち」と題し、織田信長、足利義満、来年の大河ドラマの主人公でもある平清盛という三人の傑出した、しかし異端のリーダーたちを取り上げている。彼らと東アジア、特に中国の王朝やその文化との関わり、交易、そして橋渡し役でありブレーンでもある「僧侶」の存在に注目し、この三人の再評価を図っている。

第三部は「変わりうる歴史認識」。主に日本の南北朝時代についての論考を記している。そもそも「南北朝」という呼称が中国のそれに影響を受けたものであることを示し、南北朝期の東アジア史的な意味を検証している。ここにも「僧侶」が活躍していることが面白い。さらに、後世における南北朝時代を語る視点の思想的背景、とりわけ、『神皇正統記』のロジックを、皇統の系図を示しながらわかりやすく説明する著者の語り口には、驚くばかりである。

講演録ということで、一般向けに実に解りやすく語られておりながら、日々更新されていく「歴史」の奥深さを知らしめることに成功している。「小島史観」への格好の入門書であり、ひいては、日々更新される歴史学の「最新の知見」を得るためのパスポートとでもいえる存在だと思う。いま、「いわゆる日本史」をめぐる状況はどうなっているのかを知りたいが、さて、どこから手をつけようかという方におススメの一冊である。

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