『日本の分水嶺』

土屋 敦2011年09月13日 印刷向け表示
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日本の分水嶺 (ヤマケイ文庫)
作者:堀 公俊
出版社:山と渓谷社
発売日:2011-08-19
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著者の名前に見覚えのある人はいるかも知れない。日本のファシリテーションの第一人者であり、『ファシリテーション入門』をはじめとし、その分野の本をいくつも出している。

その彼のもう一つの肩書き(?)は「分水嶺ハンター」である。

雨となって落ちてきた水が、異なる水系に分かれていく境界のことを分水界といい、それが山の稜線に沿っていることが多いため、分水嶺と呼ばれる。

日本の代表的な分水嶺は中央分水界(嶺)。降った雨が日本海に流れこむか、太平洋に流れこむかの境である。「日本の背骨」のようなそれは、またの名を「大分水嶺」と呼び、その支線であるオホーツク海や瀬戸内海やインド洋へと水の流れを分ける分水嶺を含めると、全長は6000㎞に及ぶ。

だからどうした、と言われそうだが、実は分水嶺をめぐっては、人の営みにまつわる無数の物語がある。分水嶺を越えると、植生や景色ががらりと変わることがある、と著者は言う。気候、風土が変わり、人々の風習も、産業も食文化も変わる。現在も多くの分水嶺が地方自治体の境となってなり、人の生活圏を分断する。逆に言えば、分水嶺という境界を越えての人、物、情報の交流が、日本の歴史を影で支えてきた、というのだ。

本書は、そんな境界をめぐる「無数の物語」を紹介しつつ、北海道から九州までの分水嶺を案内する、特異なガイドブックとでもいえる本だ。

鎖を付けた網走刑務所の囚人たちが朝4時から深夜2時まで働かされて道が作られた北海道の北見峠(その「死の道」の周囲には鎖塚という膨大な無縁塚が並んだそう)、海抜わずか20メートルの、日本一低い千歳空港周辺の分水嶺(となると、大分水嶺に行ったことのある人は実は相当数いる、ということになるだろう)。官僚が現地を確認せずに国道指定したため、車はもちろん、自転車さえも通れない国道が走っている青森の竜飛崎などのトリビアのほか、分水嶺に寄り添うようにある名湯の数々や良質なスキー場、そして眼下に広がる絶景、美しい伝説に、文人が愛した峠道、歴史を変えた分水嶺上での戦いなど、旅心をそそる話が盛りだくさん。もう家族の反対を押し切ってでも、次の旅行は分水嶺に行きたい気分になってくる。

さらに著者は、自分で分水嶺を発見する楽しみも提示している。川がいっぱい載っている大きな地図を広げ、太平洋に注ぐ川と日本海に注ぐ川の境目を鉛筆でなぞっていけば、分水嶺は発見できるのだ。さらに詳細にやるなら五万分の一、二万五千分の一の地形図を買ってきて、位置を確定する。

著者曰く、ここまでくると、かなり「症状」が進んでいるそう。やがて現地に行きたい衝動に駆られ、「分水嶺ハンティング」マニアの一丁上がり、だそうだ。

読者の皆さまには、深刻な病状に陥らぬようくれぐれも注意しながら読んでいただきたい。私はこれから地形図を買いに行くので、今回はここで筆を置くことにする。

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北の分水嶺を歩く―襟裳岬から宗谷岬へ北海道主脈縦断
作者:工藤 英一
出版社:山と溪谷社
発売日:1994-07
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著者もおすすめの一冊。絶版だが中古で書けます。

ワケありな国境―教科書には載っていない!
作者:武田 知弘
出版社:彩図社
発売日:2008-04-28
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歴史においても、地理においても、数学においても、デザインにおいても、境界というものは本当に興味深い。雨粒の運命を分けるのが分水嶺なら、人の運命を分けるのが国境。

世界飛び地大全―不思議な国境線の舞台裏 (国際地理BOOKS (VOL.1))
作者:吉田 一郎
出版社:社会評論社
発売日:2006-08
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国境といえば、HONZ食客ハマザキ氏編集によるこちらも必読。面白いです。

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