光は闇より出でて、闇より暗し -『ヤクザと原発 福島第一潜入記』

内藤 順2011年12月21日 印刷向け表示
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ヤクザと原発 福島第一潜入記
作者:鈴木 智彦
出版社:文藝春秋
発売日:2011-12-15
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おどろおどろしいタイトルがついているが、語り口は軽妙。しかし書かれている内容は、やはり恐ろしい。オビにも書かれている通り、命懸けのノンフィクションだ。

本書は、福島第一原子力発電所に作業員として潜入し、その内部の実態を明らかにしたルポルタージュである。メインは福島第一原発への潜入取材なのだが、その入口と出口の取材相手として暴力団が鎮座する。表社会と裏社会は、文字通りの表裏一体。それらが接する界面のような場所が、本書で描かれている世界だ。

著者は暴力団専門ライターとしても名高い、鈴木 智彦氏。HONZの定例会で過去に何度か話題になった人物でもあり、僕も著者の最近の作品には大体目を通している。

きっかけは、暴力団の取材中における何気ない世間話である。「原発は儲かる。堅いシノギだな。」そんな一言に興味をもった著者は、福島第一原発・通称1Fで働くことを決意する。しかし、ここからが大変だ。

簡単には作業員になれないので、暴力団の伝手を頼りに就職活動を行うことからスタート。とある割烹料理屋で、5次請けの企業に就職が決まる。決め手となったやり取りは、「命懸けられるっすか?」「死んでもがたがた言わないと誓約書に書きます。」というもの。炉心周りを得意とする会社で、日当は1万5千円〜2万円程度。危険度が全く考慮されていない安さに、著者も戸惑いを隠しきれない。

就職後すぐに行わなければならないのは、放管手帳の申請だ。これは、原発の敷地内に立ち入るためには、放管手帳の所持が義務付けられていることによるものである。続いて、サーベイメーターを購入。いわゆる放射線測定装置の一種で、被曝量を測るための機械だ。こちらのお値段、約36万円。

また、事前取材を重ねながら決心したのが、造血幹細胞の採取である。造血幹細胞とは、血液の細胞を造る際のおおもととなる細胞のことだ。前もって自分の造血幹細胞を採って、保存しておくのである。もちろん良い事ばかりではないのだが、もしもの事故の時は溶かしてすぐに使えるし、もともと自分自身の細胞のため拒絶反応の心配がなく、よけいな薬も使わないですむという。こちらのお値段、約10万円。

当初はすぐに1Fで働けるはずだったのだが、予定が延び延びになり待つこと2ヶ月。ついに1Fに潜入することに成功する。ここから一気にトーンが緊迫すると思いきや、一見ノーテンキにも思える記述が入り混じる。

まず勤務初日、目が覚めたのは出発の5分前だ。しかも、行きがけのバスで聴いたAKBの歌を熱唱しながら床を掃き、「ふざけない!」と同僚から叱咤される始末。あげくに尿意を我慢しきれず、初勤務で失禁するという失態も犯す。ここら辺の記述は、完全に一介の作業員による視点である。しかし、全体像の見えぬ情報弱者としての立ち位置は、ジャーナリストや専門家のものとは一線を画す書き味で新鮮だ。

作業員にとって死に直結する危険は放射能ではなく、熱中症と交通事故であるそうだ。特に熱中症は8月という時期もあり、体中が火照りという言葉を遥かに超えた熱を持つという。それなのに、もしマスクを外せば会社の責任者が叱られる。どんな場面であれ、マスクを外すのは法令違反、違反行為となるためだ。

そんな状況の中で著者が見たものは、オールジャパンにはそぐわない作業員格差というものだ。誰もが気軽に「もう駄目です」とギブアップできる雰囲気がないために、熱中症にかかる作業員は続出。それでも下請作業員が不満を口にすることはない。原発を生活の糧としていない作業員ならともかく、5次請け、6次請け、7次請けの作業員にとっての恐怖は、仕事を失うことだからだ。工程表通りに作業を進める。が、無理はするな。完全なる矛盾の上に現場が成り立っているというのが実態だ。

本書の論調で特徴的なのは、原発や暴力団そのものについては、是も非も論じられていないということだ。むしろその矛先は、タブーを生み出す空気のようなものに向けられている。語られているのは、理想や未来ではなく、どこまでもリアルな現実なのだ。実際に、著者自身もそのようなタブ―が生み出す情報の曖昧さによって、その身を危険に晒されている。

原発内部とは、明らかに危険で百パーセント確実に被曝する場所だ。そして、大量被曝すれば高確率で死に至る危険性もある。その被爆の指標となるのがシーベルトと呼ばれる線量であり、本書においても原発内部で数値を計測するシーンが何度も登場する。しかし、実際は線量よりも汚染度の方が問題が大きいということを、著者は後から知ることになるのだ。多くの人はシーベルトに気を取られ過ぎであると、著者は警鐘を鳴らす。そして、本書に掲載されている写真の一枚一枚は、そんなリスクを侵したうえで、作業の合間に腕時計型カメラを使い撮影されたものなのである。

また、ヤクザと原発が結び付く背景の分析にも余念がない。かつてヤクザの分類に博徒系、的屋系などと並んで、「炭坑暴力団」という項目が存在していた。暴力という原始的、かつ実効性の高い手段は、国策としてのエネルギー政策と常にセットとして昔から存在しており、原発への関与もその系譜の中に位置するものなのだ。

さらに、このような話は原発だけに留まるものではないということも明かされる。火力でも水力でも原子力でも、その手法は変わらないのだという。民間の工場はどんどん海外に進出し、大手メーカー、製造業のほとんどは、人件費の安い国に工場を新設するようになっている。そんな時代における、たった一つの例外が発電所だ。こればかりは、海外で作るわけにいかないということなのである。

本書で描かれていることは、光の当て方の一つに過ぎないという見方もあるだろう。しかし突きつけられているのは、僕たちの暮らしを煌々と照らしだす電気が、どこまでも深い闇の中から生まれているという現実だ。

そして、それが簡単には表に出てこないという構造自体にも問題があるのではないだろうか。たしかに暴力団や放射能は怖い。しかし、事実を知らないということは、もっと怖いことでもある。光は闇より出でて、闇より暗し。

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「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか
作者:開沼 博
出版社:青土社
発売日:2011-06-16
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原発が都市部から離れた田舎に建設される理由の一つに、地縁・血縁でがっちりと結ばれた村社会なら、情報を隠蔽するのが容易であるということが挙げられるそうだ。そんな原子力ムラの実態を、正面玄関から突破しようと試みているのが、本書『「フクシマ」論』である。ここで明らかにされる地方の服従の様相は、実に複雑だ。原発への推進/反対というコードは、いかにして愛郷/非愛郷というコードに変換されてしまうのか?

ゴーストタウン チェルノブイリを走る (集英社新書)
作者:エレナ・ウラジーミロヴナ・フィラトワ
出版社:集英社
発売日:2011-09-16
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チェルノブイリの原発事故から、はや四半世紀が経過した。本書『ゴーストタウン』は、モーターサイクリストにして写真家でもある著者によって映し出された、チェルノブイリの今。廃墟に残る暮らしの息づかいや、かろうじて戻り始めた生命の息吹。写真に写される風景は、あまりにも静かだ。

ヤクザ1000人に会いました!
作者:鈴木 智彦
出版社:宝島社
発売日:2011-04-08
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鈴木智彦氏の著作で、個人的に一番面白かったのが、本書『ヤクザ1000人に会いました!』である。特筆すべきは、ヤクザ1000人に敢行した前代未聞のアンケート調査。ヤクザにだって、ハレもあればケもある、恋もすれば悩みもある。そんなヤクザの実像に限りなく迫った一冊。

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