『理系の子』 2012年No.1の第1候補登場!by 成毛眞

成毛 眞2012年03月26日
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理系の子―高校生科学オリンピックの青春
作者:ジュディ ダットン
出版社:文藝春秋
発売日:2012-03
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早くも2012年のNo.1候補が登場した。サイエンス系のノンフィクションなのだが、読んでいる途中なんども目を拭ってしまった。サイエンスで泣けるとは夢にも思わなかった。登場人物は12人の高校生。彼らの純粋さと熱中して研究に打ち込む姿に胸を打たれる。子供扱いすることなく支えつづける周囲の大人たちに共感する。人間の持つ前に進むという力と、善意に感動してしまうのだ。

 

最初の数ページで膨大な取材のうえに書かれた本だということがすぐわかる。登場人物の子供のころのエピソードや、家族の事情などもじつに丹念にインタビューしているのだ。文章はスピード感にあふれ、平明に書かれており、中学生でも読める本に仕上がっている。本書は、子供を独創あふれる人間に育てたいと思っている親と、少しでも科学に興味のある中高生に読んでほしいと思う。

 

インテル国際学生サイエンスフェア。毎年アメリカで開催される高校生の科学オリンピックだ。賞金総額は4百万ドル以上、世界50か国から1500人の高校生が集まり、6日間をかけて研究成果を競う大会である。審査員だけも1000人以上という巨大イベントだ。動物科学、分子生物学、コンピューターサイエンス、地球科学、環境マネージメント学、数理科学など17部門に分かれて審査・表彰される。

 

この分野別の表彰とは別に アメリカ物理学会やアメリカ微生物学会など多数の学会賞、NASAや陸海空3軍などの政府機関賞、リコーやコダックなどの企業賞などが用意されていて、賞金以外にも1千万円を超える奨学金やCERN(欧州原子核研究機構)への見学旅行なども含まれるのだ。

 

出場者の5人に1人は特許を出願する。成果物目当てにスポンサー企業が付く出場者もいる。上位者の研究は博士課程の水準を上回り、じっさいに医学や工学で利用されはじめている。癌治療薬はもちろん、超小型核融合炉、自閉症児の新しい治療法、遺伝子組み換えによって作られた青虫などなんでもありだ。研究テーマにはたとえば「脈絡膜新生血管での成人造血細胞の取り込みにおけるCD144とSDF-1への抗体の影響」などという名称が付けられていることもあるのだ。

 

研究機会や実験設備に恵まれた天才少年少女たちの独壇場かというと、じつはそうではない。暖房器具もないトレーラーハウスに一家6人で住むナヴァホ族の少年は、病気がちの妹の身体を温めようと廃物のラジエーターや炭酸飲料の缶から新しいタイプの太陽光エネルギー回収装置を作り上げた。彼の成績表はCのオンパレードだった。のちにアリゾナ州立大学は彼の名前をつけたネイティブ・アメリカン奨学金制度を創設したという。

 

少年院のなかでは火星周回探査機から送られてくるデータを分析して、水のある場所を推定する研究を行ったものもいる。武器になるため鉛筆やシャープペンシルは授業中だけ少年たちに貸し出されるという、まさに野獣の檻の中での研究だった。のちに彼もアリゾナ州立大学の奨学金と陸・海・空軍の賞を獲得している。このときの研究内容は生命がいる可能性のある太陽系外惑星の推定だった

 

全米で150人しか発症しないハンセン氏病に罹った女子高校生は、自らの体から「らい病菌」が消える様子を研究した。父親と仲良しの女子高校生は、大好きな馬をつかったセラピーを研究した。自閉症の従妹をもつ女子高校生は音楽をつかった教育プログラムを開発した。モデルの仕事をしているブロンド美人の女子高校生は突然ミツバチがいなくなる蜂群崩壊症候群(CCD)と農薬の関係を研究した。サイエンスはまた、けっして男の子の専門分野ではないのである。

 

いっぽうで、ニューヨークの金融関係の大金持ちの家に生まれ、学校に通わず母親から教育を受け、14歳で大学教授の研究助手となり、学会で議論になっていたカーボンナノチューブの可溶解性を明らかにし、カーボンナノチューブの延長線上にあるグラフェンの研究から起業した高校生もいる。ハーバードに入学したときにはフェースブックのザッカーバーグよりも有名だった。

 

10歳で硝酸カリウムと砂糖を混ぜ合わせた爆薬をつくった少年は、祖母からもらった『放射性ボーイスカウト』という本に刺激され、ガイガーカウンターを買い、大学の研究室に潜り込み、ついにサイエンス・フェアで「2.5メガエレクトロンボルト中性子流量における臨界値以下の中性子増幅」という研究発表を行った。つまり彼はわずか14歳で核融合炉を作ったのである。

 

本書を通じて驚かされるのは近年のアメリカのサイエンス教育の充実ぶりである。日本でやっとゆとり教育に幕を引きかけているあいだに、アメリカはこんなシステムを作り上げていたのだ。2009年オバマ大統領は「次の10年で理科と数学の成績を世界の平均レベルからトップレベルに引き上げる」と宣言し、「科学者と技術者は、人々の見本として、スポーツ選手や芸能人とともに肩を並べるべきだ」と発言している。

 

学校設備の充実ぶりについていえば、たとえばCCDを研究したブロンドの女子高校生の場合、すり潰したミツバチに含まれる農薬をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)で分析している。この装置のとなりにはフーリエ変換分光光度計があった。これは彼女が通う普通高校の理科実験室なのだ。

 

本書の舞台であるインテル国際学生サイエンスフェアは、もちろん半導体の覇者インテルのスポンサーシップだ。いっぽうでビル&メリンダゲイツ財団も「早期カレッジ・ハイスクール」を全米に200校以上設立している。少数民族や低所得者の子供たちに教育の門戸を開くためだ。本書にも登場するAMES(数学・工学・科学アカデミー)はその中の一校だ。アメリカは国と民間の総力を挙げて理系の子を育て始めたのだ。

 

とはいえ、ネイティブ・アメリカンや少年院の高校生でも立派な研究ができたように、教育システムや設備に劣った日本でも優秀な研究者は出てくるはずだ。じっさい、本書の巻末には2010年の世界大会で米国地質学会賞を獲得した日本の高校2年生の手記が掲載されている。「有孔虫による堆積古環境の推定」という研究は独創的で粘り強い研究の成果である。

 

さて、自分の子供をこのような少年研究者に育てる秘訣はいったいなんなのだろう。その答えが本書の最後の1行に書いてある。「成功するために子供たちに必要なのは、やりたいことをやる。それだけなのだ」と。では、子供たちにどのようにしてやりたいことをやらせるか、子供たちにどうやってやりたいことを見つけさせてやれるか、子供たちをどうやって励ますのか、については本書を通読してもらいたい。子育て中の親にとってたくさんのヒントがあるだろう。もちろん大人にとってもこれからの生き方のヒントになることが多いはずだ。

 

2009年の受賞式には6名ものノーベル賞受賞者がゲストで参加していた。そして、1500人の若者たちに楽しいメッセージが伝えられた。「1969年にニール・アームストロングが月に降り立ったとき、陰でそれを支えていた技術者の平均年齢は26歳だった。そして、ケネディー大統領が人類を月に送ると発表した1961年にはかれらは18歳だった」。時代が彼らを生んだのではなく、彼らが時代を作り上げてきたのだ。

 

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我田引水で申し訳ないが、あえて拙著を紹介したい。『大人げない大人になれ!』最大のメッセージは子供のままでいることが成功の秘訣だということだ。子供のようにやりたいことだけをやれ!と。やりたいことであれば徹底的にやることができるはずだ。

大人げない大人になれ!
作者:成毛 眞
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2009-11-20
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ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
作者:
出版社:中央公論新社
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