タイムトリップしてみたい 『芸人の肖像』

足立 真穂2014年01月19日 印刷向け表示
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芸人の肖像 (ちくま新書)
作者:小沢 昭一
出版社:筑摩書房
発売日:2013-02-05
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ここ10年くらいでしょうか。そういえば、ちんどん屋さんを街で見かけることがほとんどなくなりました。ましてや、個人宅の玄関先で歌や舞いを披露するべく、別の土地からやってくる人たちも、それを待つ人もいなくなってしまったようです。そんな身近にいた「芸人」の姿を写真で紹介するのが、この新書です。

「芸人」といっても、テレビで活躍しているお笑いの方々を思い浮かべてはいけません。著者の小沢さんの説明によれば、こういうものです。

大黒舞、えびすまわし、春駒、せきぞろ、猿回し、大神楽などの祝い芸、祓い芸から、遊行放浪僧による絵解きや説教。乞食まがいの願人坊主がやったさまざまな勧進芸。今日の浪花節を生む母体となった祭文、阿呆陀羅経、ほめらなど。また琵琶法師、瞽女(ごぜ)といった盲人による語り物芸。さらに祭礼、縁日に見られる見世物から演歌師までの香具師(てきや)傘下の芸。そして法界屋、声色屋など歓楽の巷に出没した流しの芸などなど、江戸といわず明治、大正まで街や道にあふれていた大道門付の芸が、気がついてみるとわれわれの前から完全に姿を消し去った。

阿呆陀羅経? あほだらきょう。ハイ、わかりませんね。だって姿を消しちゃってますから。木魚なんぞぽこぽこ叩きながら、お坊さん姿の人が面白い話を小気味よく語ったものだそうです。ほかにもわからないのが多いかもしれませんが、いいんです。ほとんどを、写真付きで紹介してくれていますから。

たとえば、冒頭に出てくるのは「万歳」です。ボケとツッコミの「漫才」と音は同じですが、これまた違うもの。縁起のよさそうな着物姿のふたりのおじさんが、都会の街を戸別に訪問し、門前で歌ったり舞ったりしつつ新年のお祝いを述べてお米やお金を頂戴するという放浪芸です。

 「漫才」の流れのもとになったこの芸は、三河や尾張などがメッカだったとか。紹介されている写真自体多くがすでに1970年代のもの、「消え行く」とあるので、もはや今では実物を見られる機会はないかもしれませぬ。しょうがないでしょ、といわれればそうかもしれませんが、こういうものがあった、と知るのって愉しくないですかネ。妄想タイムトリップです。

小沢さん、残念ながら2011年12月に亡くなられております。追悼の報道も数多くなされました。なぜそれほどに人気があったかというと、長年俳優として活躍されていたこともあるのですが、TBSラジオの驚異の長寿番組「小沢昭一的こころ」や、軽妙洒脱なエッセイへの絶大なる支持があったからと言えましょう。数多く文庫化されている『小沢昭一的こころ』シリーズは、ダメなおじさん的スタンスがぜんぜんダメじゃなく抱腹絶倒七転八倒。また、芸能研究者としても、全国を回って、なんと先ほど紹介した「万歳」の本物に同行して一緒に門付芸をしていらしたというのですから、まあその思い入れと行動力、そして詳しさといったら並々ならぬものがあります。

そちらに興味のある方は、『日本の放浪芸』(岩波現代文庫)をひもとかれるとよいでしょう。『私は河原乞食・考』(岩波現代文庫)や『私のための芸能野史』(新潮文庫)などには、「芸能」の詳細が実際に携わる当事者目線でわかりやすく書かれており、ほかに類を見ません。
さらに色気のある分野では、ちくま文庫の『珍奇絶倫 小沢大写真館』、永六輔さんとの共著『平身傾聴 裏街道戦後史』のシリーズ2作などもまだまだ手に入るようです(ネット上個人テキトー調べ)。

紹介しているとキリがないのでやめますが、今回紹介する『芸人の肖像』は、生前にご本人と進めていた企画だそうで、全国行脚の際の膨大な写真を編集してまとめています。と、巻末に書いてあります。詳しい本を読むことも大いにお勧めですが、手軽な新書から、不朽の小沢ワールドに入ってみると、違う「日本」の景色が広がることまちがいありません。

ちなみに、若くもないが、年をとっているともいえないアラフォー世代の私自身は、主に本で小沢さんの文章に酔いしれました。ですので、俳優としてよりも、文筆家の小沢さんを後から追いかけることで、味わっています(このレビューも小沢さんの文章を真似して……失敗しています)。なんと、ここだけの話、落語や歌舞伎の会場で、観客としていらしていた小沢さんに「ファンです」と名乗り当惑させた経験も。背が高い方で、遠目でも見つけやすかった。まったくご迷惑なことでしたが、よい思い出なのでした。

というわけで、芸能について調べていたら行き着いた、2013年2月に刊行されているこの一冊。
ほかの著作も含めて読まれてほしいので、プレミアム本としてご紹介いたします。
こういう本気で愉快、芸達者な方がいなくなってしまう。寂しいものです。

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