『人間と動物の病気を一緒にみる』 - 人間の未知、動物の既知

2014年1月21日 印刷向け表示
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人間と動物の病気を一緒にみる : 医療を変える汎動物学の発想

作者:バーバラ・N・ホロウィッツ
出版社:インターシフト
発売日:2014-01-16
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人間の様々な病を、獣医学という観点から眺めると、新たな道が拓かれる。獣医学者だけが知っていた、人間の病の真実。人間の未知は、動物の既知。よく見知った動物たちの知られざる素顔は、背徳感を感じるほどに面白い。

オーストラリアのコアラたちの間では、クラミジア感染症が猛威をふるっており、絶滅の危機に晒されている。タコや雄の種ウマは、人間のリストカットを彷彿させるやり方で、自傷行為に及ぶことがある。愛嬌のある顔をしたワラビーは、エメラルドグリーンのケシの茎が一面に伸び出る魅惑的な風景をバックに、今日も麻薬でラリっている。

本書の著者が提唱する「汎動物学(ズービキティ)」とは、 このような動物の中に見られる人間的な病や現象を観察し、ヒトの医学へも役立てようという試みである。かつて世界は同じ医者が、動物もヒトも治療していた。だが都市化が進み動物と人間が分断されることに伴い、ヒトを見る医者と動物を見る医者は別々の道を歩むことになったのである。

だが、ヒトと動物の連動性を認識することによって、人類の差し迫った懸案事項をも解決しうるのかもしれない。人間の非常識は、動物の常識。されど人間とて動物。両者の疾病には似通ったところも多々あるのだ。人間がヒト特有であり現代的であると思い込んでいたことこそ、問いかけるに値する。

たとえば、「動物は性病にかかるのか?」という疑問。性感染症は魚から爬虫類、鳥類、哺乳類、さらには植物の間にまで広まっていることが発見されている。ヒヒは性器ヘルペスになるし、ロバやヌー、ホッキョクギツネだって梅毒にかかり、交尾の際に相手にうつしていくのだ。

異なる生物の間に共通の疫病や弱点が見られるということは、種の壁を超えた新たな視点でのアプローチを可能にする。ヒトが性病にかかったケースにおいて一番厄介なのは、感染経路に基づいた分類から生まれる罪の意識である。一方、獣医師は動物の正常な生活の一部としてセックスを捉えるため、性的側面をもっと念入りにチェックして対処する。コアラが顔を赤らめながら「いやぁ、先月ちょっとお遊びが過ぎちゃいまして…」などと語り出すのを待つ必要もないということだ。

精神論を排除した状態で、生物学的のみでのアプローチを行うことは、新たな展開を生み出す可能性もある。性病自体を感染症全般という枠組みの中で考えれば、性感染症の病原体の中に、有益なものも含まれるケースだって否定は出来ないという。このような視点から、受精を助けるプロバイオティクス製品が生まれるかもしれないし、精子を殺す種類のものを研究すれば、新しい避妊薬の開発につながるかもしれないのだ。

これ以外にも本書のセックスネタは、とにかく手厚くて止まらない。コウモリやハリネズミのオーラルセックス、ビッグホーンやバイソンのアナルセックス。ツバメは乱交に勤しむし、もっと悪いヤツになると同類の死体に乗りかかるカエルの例なども見つかっている。

ホモ・サピエンス中心のセクシュアリティ観で押し通そうとすると、オーガズムをヒト特有のものと決めつけてしまう可能性がある。だが汎動物学の観点から眺めると、セックスは必ずしも繁殖とは結びつかないということになる。動物の勃起・交尾・射精・オーガズムなどを幅広く研究すれば、ヒトの性的機能不全の治療の向上にも役立つのではないかと著者は言う。

さらにこの汎動物学の視点は、現代において最も深刻とされる健康問題にも適用しうる。それは、「野生動物は肥満になるのだろうか?」という疑問に答えるものだ。豊富な食物を好きなときに得られる環境という条件こそつくが、野生動物もヒトと同じように太ることが出来る。

明暗サイクルの乱れが体重増加に影響を与えているという事実は、肥満の要因としての意志力や自制心といったものの地位を相対的に下げてしまう。さらに自然界のトンボがメタボリック・シンドロームの一形態を発症するという事実からは、驚くべき結果が導かれた。それは「肥満が伝染する」ということだ。これはよく聞く「類は友を呼ぶ」というような隠喩表現ではなく、文字通りインフルエンザのように感染するケースが見つかっている。

グレガリナと呼ばれる寄生虫が感染すると炎症反応を起こし、脂肪を代謝する機能が妨げられるそうだ。このケースがヒトの肥満の一因にもなりうるかどうか、その答えを出すにはまだ時期尚早である。しかし、さまざまな領域を横断する汎動物学の手法は、トンボの専門家とヒトの肥満に関する研究者という予想もつかなかった組み合わせによって、きっと新たな仮説を生み出すことであろう。

この他にも本書では、がんの新たな治療法、依存症から抜け出す方法、思春期に危険な行動を取る理由、など多岐にわたるテーマが取り上げられている。

「国家の安全性を脅かす」主要生命体6位のうち、5位までは動物由来の疫病が占めると言われる。炭疽病、ボツリヌス症、ペスト、ツラレミア、ウィルス性出血熱である。このような未知の課題においても、医学と獣医学の統一場理論とも言える汎動物学に寄せられる期待は大きい。

人間の未知と動物の既知、並べて見れば叡智になる。それはまさに、視点の移動が生み出すフロンティアだ。リミッターを外すことの破壊力が、十二分に伝わってくるエキサイティングな一冊。

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