『スエロは洞窟で暮らすことにした』 お金がなくても豊かに生きられる!?

峰尾 健一2014年03月24日 印刷向け表示
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スエロは洞窟で暮らすことにした
作者:マーク サンディーン
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2014-03-06
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米国ユタ州の砂漠の町モアブに、10年以上まったくお金をつかわずに暮らしている男がいる。スエロと名乗る彼は、50歳をすぎた現在でも、月の半分以上は野草やごみ箱から拾った物を食べ、人里はなれた洞窟に寝るという穴居生活を送っている。本書は、スエロの旧友でもあるノンフィクションライターの著者が、リーマンショックを機に、資本主義の煩わしさとは無縁の世界に生きる彼の元を訪れ、密着取材をしたことで生まれた。

10年以上もお金をつかわない生活なんて聞いたことない! と、本書を読み始めたのだが、実はこの手の強者は世界を探せば他にもいるようだ。調べてみると、本まで出した人もいる。はい、レビュー断念。となるところだが、読み進めていくとどうやら スエロは他の無銭者とはひと味違う。著者をもって「フリーランスの哲学者」といわしめる彼の哲学は、資本主義の世に生きる我々にとって、はっとさせられるような気づきをもたらしてくれるのだ。

世の中には貧困者に手を差しのべるシステムもあるが、彼は基本的に自発的な贈与でなければ受けとらない。例えば、公的福祉サービスや民間のホームレス向けシェルターなどの慈善事業は利用しない。国民が法的義務から仕方なく払っている、税金でまかなわれるものは自発的贈与ではないからだ。安易に物乞いをすることもない。与えてくれる人が現れなければ、自分で食料を調達し、洞窟やテントで寝る。もちろん善意で寝床を提供して くれたり食事をふるまってくれたりする 人々の、無償の厚意ならばありがたく受けとる。貧しくとも依存のイメージとはかけ離れており、たくましく自立しているのがわかる。

さらに彼は見返りを求めない贈与の達人でもある。日々ボランティアや農作業の手伝いなどに精を出しているが、対価はけっして受けとらない。自分のもっているものを見返りを気にせず与え、他人から無償で与えられるものを負い目を感ずることなく受けとるのが彼の哲学なのだ。

金銭を放棄することで、逆に人との交流が深くなるのは興味深い。スエロは色々な集まりに積極的にでかけ、人々と互いに善意の贈与を通してつながっている。

「フリーミール」と呼ばれるボランティアの食事提供イベントに行ったときには、皿洗いなどを手伝いながら、食事をもらったり、そこに集う人々との交流を楽しんだりしている。コンビニで誰とも会話せずに買ってくる弁当なんかより数倍おいしそうだ。見返りを求めない贈与で成り立つつながりには、依存による上下関係も、ギブアンドテイクのような脆さもない。ただ、純粋に、人間味あふれる関係性がそこにある。「まったくお金はなくても豊かに生きられますよ」という信じがたいセリフも、彼が言うと本当っぽく聞こえるから不思議だ。

ただやはり現実はそう簡単ではない。スエロが今の境地に至るまでには紆余曲折が、それも人並み外れた葛藤の日々があった。その過程を包み隠すことなく、しかもかなりの分量を割いて書ききっているのが本書の素晴らしいところだ。

キリスト原理主義の家庭に生まれ、幼い頃から聖書の解釈に頭を悩ませていたという、彼の悩みのなんと深きことか。じつは青年時代、彼は自殺を図っている。志願した平和部隊での慈善活動。ホームレスシェルターでの勤務。仕事を求めて旅する人々を支援する慈善団体での務め。どこにいてもお金のため、組織のために目の前の人を助けられないというもどかしさが募り、ゲイに目覚めるという性の悩みも相まってすべてを投げ出したのだ。奇跡的に生き延び、今のような生活をはじめてからも、毒サボテンをたべて一度死にかけたことがある。お金に抗うことの難しさを、いやというほど味わってきた彼の言葉は、決してきれいごとで終わらず、心に響いてくる。

本書を読み始めたばかりの時点では、超人的なサバイバル生活を送るスエロに、正直いって距離を感じてしまっていた。お金さえあればすぐ手に入る食べ物を、わざわざごみ箱から拾ってくるのは大変だし、なんせ労働もしているんだから、最低限の給料くらいもらえばもっと楽に生きられるのに……。参考にはならない生き方だと素直に思ってしまった。

ところが読み進めていくうちに、案外悪くないな、無銭生活。と思わせてしまうのが本書なのだ。今はむしろ、ちょっぴり憧れている。

お金を使い、相手にとって「客」という立場になれば誰でも一瞬にして、払った額に見合うものが買える。一方、お金を介さないで、自発的に与え、受けとり合う関係では、お互いがお互いの「恩人」になる。

その関係こそ、最近人々が強く求めるようになった「つながり」であり、「つながり」こそが、これからの時代の新たな「豊かさ」なんじゃないか。

そんな青臭いことをわりと本気で思わせてくれる本書は、お金を使うすべての人にオススメだ。 読み終えた時には間違いなく、あなたもきっと誰かに何かしてあげたくなるはず! 

ぼくはお金を使わずに生きることにした
作者:マーク ボイル
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2011-11-26
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GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)
作者:アダム グラント
出版社:三笠書房
発売日:2014-01-10
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食べる野草図鑑
作者:
出版社:日東書院本社
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