『ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい』人を育てるということ

成毛 眞2014年03月28日 印刷向け表示
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ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい
作者:クリスティン・バーネット
出版社:KADOKAWA/角川書店
発売日:2014-01-30
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本書は子を持つすべての親と、教育者にこそ読んでほしい物語である。主人公はジャイコブ・バーネット、この5月に16歳になるアメリカ人の少年だ。ジェイコブ君はただの少年ではない。9歳で大学に入学し、専門は数学と宇宙論。IQは170を超えるという。いわゆる天才少年なのだ。

しかし、このジェイコブ君は何万人に1人の割合で生まれるといわれる、いわゆる知的早熟児ではない。2歳で自閉症と診断され、16歳になったときに自分で靴ひもを結べるようになっていたらラッキーだと専門家が診断するほどの症状だったのだ。

父母はインディアナに住む労働者階級。父親は小売りチェーン店勤務、母親は自宅を託児所にして生計を立てていた。信仰深いアーミッシュのつつましい家庭に授かった最初の赤ちゃんだった。

自閉症と診断されたジェイコブ君は3歳になる前から、州の補助により言語療法セラピー、作業療法士、理学療法士、発達セラピストなどが週に40時間も訪れる療法を受けたが、自閉症の症状に改善は見られなかった。

当然、発達障害児のための特別支援クラスに入学することが求められ、そのためのプレスクールに通うことになった。しかし、その時母親はプレスクールに通い始めてからの息子の様子に違和感を覚えるのだ。ジェイコブ君の反応がより鈍くなりはじめたのだ。そして、こう思うのだ

なぜみんな、この子たちができないことにばかり焦点を当てるのだろう?なぜできることにもっと注目しないにだろう

と。母親がジェイコブ君を自力で教育することを選択した瞬間だった。

それ以来、ジェイコブ君が夢中になれるあらゆるチャンスが与えられた。ジグゾーパズル、タングラム、スーパーでの買い物(買ったものすべての価格を記憶するあそび)、車に乗せて街を走る(道路ですれ違う車のナンバーや電話番号)、アメリカの地図。自閉症の症状は改善されないまでも、ジェイコブ君のなかで恐ろしいまでの才能が開花しはじめた。

書店で大学生向けの宇宙の教科書に夢中になったのは当然の帰結だった。母親はここでもまわりにまったく無反応なジェイコブ君を連れて、プラネタリウムに向かい、さらには大学の天文学教室を聴講できるように手配するのだ。この時ジェイコブ君はまだ3歳。宇宙に興味をもつ自閉症児だった。

それ以来、母親はジェイコブ君がさらに好きなことに熱中できるようにあらゆることを行った。彼は9歳で大学に進学し、15歳のいま宇宙論の学者としてTEDにも登場するという活躍をしている。もちろん、自閉症の症状は解消しているという。

本書のなかで母親は


わたしたちは、自閉症児を失われた子どもたちだと考えがちです。治療しなければならない存在だと考えてしまいます。でも、自閉症児を治療するということは、科学や芸術を「治療」することに等しいのです。


という。

これが自閉症児だけに適用されるべき原則なのかどうか、子を持つ親も教育者も、もう一度考えるべきなのではなかろうか。子どもに自分が何を好きなのかを知ることができる、さまざまなチャンスを与えること。そして、みつかったそれに熱中することができる環境を整えることこそが必要なのかもしれない。

「テレビゲームばかりして」と叱る親は、もしかするとリモコンだけでなく、子どもから何かに熱中するという才能も取り上げてしまっているのかもしれないのだ。

ところで、本書の著者はそのジェイコブ君の母親、クリスティン・バーネットだ。じつは彼女はジェイコブ君だけに時間を使い尽くしていたわけではない。家計を助けるために託児所を営み、週末には実績を聞きつけた他の自閉症児たちを無料で預かる施設を開設した。

2人目の赤ちゃんも授かったのだが、なんと反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)だった。突然死の恐怖との闘いを強いられた。幸い3人目には異常はなく、母親のまさに献身的な育児によって、すっかり回復した2人の兄とともに元気に暮らしているという。週末の施設ではジェイコブ君以外の自閉症児たちにも顕著な改善が見られた、彼女の自閉症治療法は全米に知られることになり、注目があつまっているという。

なんと、母親とは強いものなのであろう。子どもを持つ親や教育者ならずとも、本書を読めば母親に電話の一本でも掛けることになるであろう。久しぶりに心から感動するノンフィクションを読んだ。この春、おススメの一冊だ。
 

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