『社会はなぜ左と右にわかれるのか』 - 断層を乗り越えるための技法

内藤 順2014年05月01日 印刷向け表示
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社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学
作者:ジョナサン・ハイト
出版社:紀伊國屋書店
発売日:2014-04-24
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保守とかリベラルとか、その手の話題とは願わくば一線を引きたいと思っていたし、あまり深入りせずに真ん中あたりをうろちょろしていると思われたいのが本音だ。だが、ここまで明確に人間社会における道徳の機能的価値を晒されると、むしろ知らないことの方が怖くなってくる。

道徳心理学という手法を活用した本書の明快すぎる論考には、いささか著者固有のバイアスもかかっていることだろう。だが、冒頭に大部分の分量を割いて、そのスタンスを丁寧に明示している。それは、社会的直観モデルとされる「まず直観、それから戦略的な思考」というもの。つまり直観の概念を重視しながら、人間の本性を描き出そうとしている。

このスタンス自体、論争の対象になりうるだろうし、実際、本書にはいくつかの批判も寄せられたのだという。だが、紹介されている膨大な新事実を前に、その種の議論が周回遅れの印象を受けるほどの興奮を感じた。

冒頭から、道徳を理解するためのアナロジーが冴えわたる。

一つは「正義心は、6種類の味覚受容器を持つ舌である」というものである。善悪といった単純な二元論ではなく、人間の道徳的基盤は「ケア/危害」「公正/欺瞞」「忠誠/背信」「権威/転覆」「神聖/堕落」「自由/抑圧」という6つにまで及ぶ。そしてこれらの基盤の組み合わせによる「6次元の道徳マトリックス」の存在が、膨大な実験から導き出される。

そしてもう一つが、「人間の90%はチンパンジーで、10%はミツバチだ」というものだ。これは、近隣の個体同士の情け容赦ない闘争を通じて心が形成されたという意味で人間は一種のチンパンジーであり、集団間の情け容赦ない闘争を通じて心が形成された超社会的な生物であるという意味ではミツバチでもあるという両義性を指す。

いずれにしても「情け容赦ない闘争」という記述が含まれていることには苦笑いだが、「集団のための個人、個人のための集団」という二つのモードに心を切り替えることが可能であるということは注目に値する。この「ミツバチスイッチ」と呼ばれる機能は、一定の条件のもとで、自分より大きなものの中に自己を埋没させ、超越することができ、人類の歴史も大きく変えてきた。

歴史家・マクニールが、服役中に軍隊の行進をしながら引き起こされた高揚感を「筋肉の結合」と称したものもその一種であるだろうし、自然に対する畏敬の念、薬物、レイブなどによっても、この集合的沸騰は引き起こされるという。

道徳はしばしば、集団内の緊張を、集団間の緊張へと向け変える手段としても使われきた。ゆえに人々を結びつけると同時に、盲目的にもするのだ。人類が神の住む宗教的な世界を必要とすることも、そして宇宙を志向することもまた、内なる安定を求めて集団の外を希求することによる、道徳的な必然であったのだろうか。

そしてこれらの原理を用いて導き出される事象が、政治にも大きく影響を与えてきたというから、さらに衝撃を受ける。先にあげた6つの道徳的基盤について、リベラルは「ケア/危害」「自由/抑圧」「公正/欺瞞」の3つ、保守主義者は6つすべての基盤(「忠誠/背信」「権威/転覆」「神性/堕落」を加えたもの)に依存する傾向があるというのだ。

この差異が生み出す違いは、大きい。たとえば共和党(米国)の政治家は、あらゆる方面から国民の不安を煽ろうとしている訳ではなく、すべての道徳基盤に依拠して人々の直観に訴える術を心得ている可能性が高い。一方で左派の政治家は、「忠誠」基盤や「権威」基盤を大事にする有権者には、上手く訴えることが出来ない傾向にある。

このように道徳の受容器に注目した研究は、道徳的な判断を知覚の一種と捉えているようでもあり、非常に新鮮に映る。はたして政治は、理性ではなく感情によるものなのか?また、リベラルと保守の間では、いくつかの異なる遺伝子の存在が明らかになっているという点も興味深い。

本書は600ページを越え、非常に固いテーマを扱っているにもかかわらず、スラスラと読み終えることが出来る。これも、本書の主張の一つである直観に訴えるということを、愚直に実践しているからに他ならない。

だが時間がかかるのは、読み終えた後からだ。本書が面白いということはすぐに分かるのだが、なぜ面白かったのかを考え出すと様々な心の機微が頭の中に浮かんできて、一人だけ時間の止まった世界へ没入してしまう。

そして一番の収穫は、道徳の持つ静的なイメージがアクティブなものへと変わることにあるだろう。遺伝子から政治へと至る一筋の経路が明確に示され、さらにコミュニケーションの技術にはまだまだ革新の余地を残していることが理解出来る。圏域が細分化し、とめどない対立が溢れそうな現代社会において、本書の主張に添ったコミュニケーションが事態を打開することも考えられるのではないだろうか。

ただ思い、願い、議論するだけではダメなのだ。認識を変えることによってイノベーションが起きる可能性 ーー それを、まざまざと実感出来る一冊。 

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