『進化とは何か』編・訳者あとがき by 吉成 真由美

早川書房2014年12月29日 印刷向け表示
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進化とは何か:ドーキンス博士の特別講義 (ハヤカワ・ポピュラー・サイエンス)
作者:リチャード ドーキンス
出版社:早川書房
発売日:2014-12-19
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「何かについてすべてを学び、すべてについて何かを学ぼうとせよ」
「きっぱりと決断して行動し、その結果を引き受けよ。優柔不断は何   の良い結果も生まない」

──トーマス・ヘンリー・ハックスレー

「私たちはスポットライトの中で生きている」とドーキンスは言う。「『現世紀』というのは膨大な時間の流れの中の小さな一スポットライトに過ぎない」のだと。

このフレーズは、シェークスピア悲劇『マクベス』の中の “To-morrow, and to-morrow, and to-morrow”で始まる有名な一節を想起させる。マクベスの野望をかりたててきた夫人の死を知らされ、忍び寄る自身の最後を思いながらマクベスが独白する。

「明日、また明日、そしてまた明日が
 一日一日、ひたひたとしのびよる
 過ぎ去りし時間の尻尾を目指して
 そしてすべての昨日は、バカどもに火をともし
 死して塵となしてきた
 消えろ、消えろ、はかないろうそくの火!」

はかないろうそくの火とはもちろん、刻々と闇の中に消えていく人間たちの命のこと。
そして、

「人生は歩き回る影にすぎない、哀れな演者が
 自分の持ち時間だけステージで気取ったり不機嫌になったりして
 やがて何も聞こえなくなる。これは
 愚か者が語る物語、大音響と激情に満ち満ちているものの
 何の意味もありはしない」(第五幕、第五場)

と続く。

しかし、マクベスの科白が人生のはかなさ、無意味さを象徴するものであったのに対して、ドーキンスは同じコンセプトにまったく違った意味を持たせる。

延々と続く永い時間の帯の中で、現在というのは、たった一つのスポットライトに照らされた一点に過ぎないとドーキンスも指摘する。その一歩手前(過去)も一歩後ろ(未来)も闇の中。しかしドーキンスのほうは、私たちはたまたままったくの偶然でこのスポットライトの中に生きていて、ここに存在すること自体が、実は驚くほどラッキーなことなのだと言う。なぜなら、生きとし生けるものは、その大方が子孫を残すことなく死んでしまうのであって、われわれの祖先だけが運よく子孫を残してきたから、私たちがここに存在していると。しかも、認識の範囲を超える永い時間を使った「進化」の過程を経て生み出された、まったくもって美しい世界に私たちは生きていて、その美しさをつまびらかにするのが科学の力であるというわけです。

この本は、リチャード・ドーキンス(オックスフォード大学、進化生物学)が「宇宙で育つ」と題して1991年に英国王立研究所で行なった、子供たちを対象にした「進化」についてのレクチャーを編集・翻訳し、それに新たに行なったインタビューを加えて、一冊にまとめたものです。刮目すべきは、20年あまり前に行なわれたこのレクチャーが、内容的にほとんど手を加える必要がないどころか、かえってますます時代に強く訴えかけるものになっているということ。それはとりもなおさずドーキンスの慧眼、その洞察力を証明する結果となっている。

ドーキンスといえば、1976年に出版された『利己的な遺伝子』で、個体は遺伝子が自己複製するための乗り物に過ぎないという表現の仕方で、遺伝子を中心にすえて進化のプロセスを明快に説明し、ピーター・メダワー(イギリスの生物学者、ノーベル賞受賞者)やW・D・ハミルトン(イギリスの進化生物学者)など優れた科学者たちに強く支持されている。

本書は、進化の問題を考える上で最も重要な、われわれの認識をゆるがす「永い時間の概念」や「デザインの問題」、「微々たる違いの積み重ねによる力」といった事柄を、実にわかりやすく見事に説明していて、優れた進化論入門になっているのはもとより、ドーキンスの著作のエッセンスが網羅されているので、彼の世界への入門としても格好の書になっていると思われます。この本は、今私たちが存在するこの世界が、いかに驚くべきすばらしい真実にみちみちているか、科学に忠実に進化を説明することで明らかにしている。

もともとこの本は、Brave Brain「勇気ある脳」という企画を考えたところから始まりました。読者が喜びそうな温かいウソを言うのではなく、たとえ不都合であっても真実がどこにあるのかをあくまでも追求していこうとする科学者たちの真摯な態度に刺激されて、ぜひ彼らの話を聞いてみたいと思った、その第一号がリチャード・ドーキンスでした。

数式などを駆使せず、内容を必要以上に誇張せず、はしょることも犠牲にすることもなく、わかりやすくかつ正確に伝える。これは、ジョン・メイナード・スミス(20世紀における進化生物学の第一人者)はじめ優秀な科学者たちが認めるドーキンスの力であり、徹底して真実に忠実であろうとする一科学者の真摯な姿勢を示しています。

時にそれは、1998年《ネイチャー》誌に発表された「仮面を剥がれたポストモダニズム(Post-modernism Disrobed)」と題する彼の書評(物理学者アラン・ソーカルとジャン・ブリクモンが「ポストモダン」哲学を痛烈に批判した著書『「知」の欺瞞』について書かれたもので、『悪魔に仕える牧師』に収録)に顕著なように、デリダ、ガタリ、ラカン、フーコーらによるポストモダンの欺瞞を容赦なく論破したりする。また、科学者フランシス・コリンズ(「ヒトゲノム計画」のリーダーを務め、現アメリカ国立衛生研究所〔NIH〕所長、キリスト教信者)と行なった「神vs科学」の討論(2006年、《タイム》誌ほか)は、ドーキンスの厳格な科学者としての面目躍如といったところで、その勇敢さが際立っていました。

一九世紀の生物学者トーマス・ヘンリー・ハックスレー(THH)は、「ダーウィンのブルドッグ(番犬)」と呼ばれたほどダーウィンを徹底して擁護した、弁舌さわやかにして、形だけの権威などへとも思わない、プリンシプルの人でした。病弱なため田舎に引きこもって研究を続けていたダーウィンに代わって、「誰が正しいかではなく、何が正しいかを問うべし」という姿勢で「進化論」の公開討論を重ね、いい加減なロジックや、自分の論理のために事実を都合よく合わせようとする姿勢に対しては、まったく容赦がなかった。ドーキンスも、果敢にダーウィニズムを解説するそのゆるぎない姿勢と、公開討論での歯に衣着せぬ発言から、THHになぞらえて、「ダーウィンのロトワイラー(番犬)」と呼ばれることがあるくらい。

太古の時代にあっては0%の眼より1%の眼のほうが、あるいは半分の眼や翼でも生存競争には有利だった──まったく微々たる違いなのだけれども、この違いが積み重なることによって、進化がゆっくりと進むという話。人間を含めた地球上に生息するすべての生物は親類なのだという話。またティンバーゲンによるジガバチの実験を説明して、昆虫から人間まで脳を持った生物は、すべて脳内にヴァーチャル・リアリティーを構築しながら生きているのだという話など、ドーキンスはわれわれの認識力を広げるために実験をふんだんに取り入れて説明する。加えてSFファンにとっては、『銀河ヒッチハイク・ガイド』の著者ダグラス・アダムスが生出演して、自分の作品を朗読するといううれしいおまけもあった。

またこの本にも出てくる「バイオモルフ」(デズモンド・モリスの命名)は、ドーキンスがアルゴリズムを作ったコンピュータ・プログラムで、ボストンの科学博物館でも長いあいだ常設され、毎日多くの人たちが、ランダムな突然変異がランダムでない選択によって強化されていく過程、すなわち「人為選択」や「自然選択」のコンセプトを簡単に体験できるようになっていた。

やさしく間違わずにことの本質を伝えるには、大変な努力を要する。ことの本質をよく知らない人にとっては、むしろわかりにくく難しく説明するほうが高邁な内容に聞こえてしまうというやっかいな現象もあったりして、やさしく説明するには勇気がいる。

密につながりつつあるグローバル社会で、共に生き残っていくために必要なのは、自分たちを俯瞰できる広い視野と、永い時間を掌握できる洞察力を身につけることであり、進化を知ることはこういった力をはぐくむことになるのでしょう。

この本の実現にあたっては、次のような才能ある方々に協力していただいたことを、心から感謝しています。企画のはじめから一貫して温かいサポートをしてくださった Rand Russell氏、途中から強力な助っ人となったDiana Khew 氏、英文チェックでお世話になったJane Wilson 氏とHanna Tonegawa 氏、英文校正をしてくださったLucy Wainwright 氏、訳文チェックをしてくださった山口素臣氏、校正にあたられた二タ村発生氏、イラストを担当してくださったいずもり・よう氏、そして、果敢に編集作業をしてくださった早川書房の伊藤浩氏とそれを賢明に支援してくださった山口晶氏にそれぞれ深く感謝しております。

なお挿入画像は、レクチャーの雰囲気を残すために、なるべく本物のレクチャーから切り出して編集してあります。

紆余曲折を経て、やっとこの本を読者に届けることができることを、心から幸いに思っております。

2014年12月 吉成 真由美
 

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