『目の見えない人は世界をどう見ているのか』見えないことから見えるもの

峰尾 健一2015年04月19日 印刷向け表示
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目の見えない人は世界をどう見ているのか (光文社新書)
作者:伊藤 亜紗
出版社:光文社
発売日:2015-04-16
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ずばりタイトルの通り、本書は視覚障害者が世界をどのように認識しているのかについて迫っていく本だ。目が見えない人とその関係者数名に対して行ったインタビュー、ともに行ったワークショップ、日々の何気ないおしゃべりなどを通して、晴眼者である著者が彼らをとりまく「見えない世界」について考えていく。

盲人の生活について書かれた本はこれまでにも色々出ている。パッと見それほど珍しいテーマには思えない。しかしまえがきを読むと、本書が一風変わった切り口から書かれていることがわかる。

 本書は、広い意味での身体論を構想しています。ただし、これはあまり前例のない身体論かもしれません。一般に身体論では健常者の標準的な体を扱います。ところが本書では、「見えない」という特殊な体について考えようとしているわけですから。

本書はいわゆる福祉関係の問題ではなく、あくまで身体論を扱った本であるということだ。「障害者とは、健常者が使っているものを使わず、健常者が使っていないものを使っている人」だと著者は言う。「見える」からこそできることもあれば、できないこともある。同様に、「見えない」からこそできることもあれば、できないこともある。「見えない」ことを欠落としてとらえるのではなく「差異」としてとらえ、「差異を面白がる」のが本書の基本的なスタンスだ。

「見える」と「見えない」の違いについて、著者は「空間」「感覚」「運動」「言葉」「ユーモア」の5つの観点から論じていく。

例えば「空間」について。突然だが、ここで読者の方々に1つ質問をしてみたい。

「富士山」

という単語を聞いたら、あなたの頭の中にはどんなイメージが浮かび上がるだろうか?

パッと浮かんだものは、下の2つの図のどちらに近かっただろうか? 

   

                           (Wikipediaより転載)

きっと、ほとんどの人が1枚目のような「末広がりの八の字」、または「上が欠けた三角形」といったイメージを思い浮かべたはずだ。「この前乗った飛行機で、窓から見る富士山にえらく感動した!」という人でもない限りは、瞬間的に2枚目のようなイメージが浮かぶ人は稀ではないだろうか。

しかし、「見えない人」の場合はどうだろう。著者がインタビューした視覚障害者の話によれば、目の見えない人がパッと思い浮かべる富士山は2枚目のような「上が欠けた円すい形」をしているらしい。

こうした違いは「月」の場合も同様だという。実際は3次元だと理解しているものでも2次元化するというのは、視覚の大きな特徴なのだ。世にある様々な絵画やイラストから受ける文化的影響によって、「見える人」の中には平面イメージが無意識のうちに刷り込まれている。

「見えない人」にはそうした刷り込みがなく、まるで辞書に書いてある記述を覚えるかのように対象を理解している。特に富士山のような実際に触れないものに関しては、模型を使って覚えているため、「概念的」と言える理解の仕方をするそうだ。

さらに言えば、「見えない人」にはそもそも「視点」がない。全盲の文化人類学者、広瀬浩二郎氏がよく挙げる例として書かれているのが、「太陽の塔に顔がいくつあるか」という話だ。

え、2つじゃないの? と思ったなら、それはあなたが「見える人」だからだ。実は正面の2つに加えて背中側にも「黒い太陽」と呼ばれるもう1つの顔がある。視覚障害者の場合、こうした誤認は起きにくいという。「正面」といった視点があるからこそ「死角」が生まれるわけだ。

もちろん知識として知っていた晴眼者も少なくないだろう。だが、「正面の顔」に対する「裏の顔」、という認識をしている時点で既に視覚の影響を受けている。「見えない人」にとっては表も裏もない。3つの顔、すべての面が等価なのだ。(ちなみに太陽の塔には「第4の顔」もあり、復元計画が進んでいる

いかに我々晴眼者は普段から視覚に依存し、囚われ、時に踊らされているものか。読みながら何度もハッとさせられる。本書を読んだ後には、スーパーのお酒コーナーを目をつぶって通り過ぎたり、本屋を見かけても入らないように自重したりと、悪あがきの1つや2つもしてみたくなるだろう(「HONZのサイトを見ない」のはどうかご勘弁を)。反対に、視覚依存をいかに利用するかという視点でみればビジネスや何かパフォーマンスをする時のヒントにもなるかもしれないし、スポーツをやっている人ならばプレーを見直すヒントになるかもしれない。

視覚障害に対するイメージも大きく変わるだろう。特に驚いたのが、よく言われる「視覚障害者は触覚が鋭い」というのは偏見であること。たとえば、点字が読める人に2枚のタオルを渡してその質感の違いを感じられるかと聞くと、答えは必ずしもイエスではない。決まったパターンがある点字は「読む」ことができるが、無秩序なタオルの毛は「読め」ないのだ。「点字=触覚」というのは「見える」側の思い込みだった。

ちなみに、最近は点字そのものがマイナーらしい。古いデータではあるが2006年に厚生労働省が行った調査によれば、日本の視覚障害者の点字識字率はわずか12.6%だという。テキストの電子化が進んだことで音声読み上げソフトを使う人が増え、「活字離れ」ならぬ「点字離れ」が進行しているそうだ。「目が見えない=点字が読める」というのも今や思い込みに過ぎない。

最後に1つ断っておくと、本書で書かれた目の見えない人たちの生活は、視覚障害の世界全体からすればほんの一部分だ。網羅的な内容ではないことを著者自身強調している。本書を読んで目の見えない世界を理解したつもりになっていたら、それこそ視野狭窄というものだ。

むしろ本書のねらいは、目の見えない世界について考えることで、視覚障害者、さらには身の周りの世界に対して無意識に持っていた偏見に気づくという、きっかけを読者に与えるところにあるといえる。

視覚という「晴眼者にとっての当たり前」を見つめ直す過程には、多くの発見が待っていた。

「見えない世界」を考えることで、見えてくるものがある。

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 

※本書には音声読み上げに使えるテキストデータの引換券も付いている

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