『英国一家、フランスを食べる』日本版へのあとがき

飛鳥新社2015年05月30日 印刷向け表示
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NHKでアニメ化もされた大ヒット作『英国一家、日本を食べる』『英国一家、ますます日本を食べる』。その著者、マイケル・ブースの原点ともいえる作品が、待望の翻訳。英国で「ミシュランシェフの包丁よりキレッキレの書き味!」などと大絶賛された本作の、日本版あとがきを公開します。

英国一家、フランスを食べる
作者:マイケル・ブース 翻訳:櫻井祐子
出版社:飛鳥新社
発売日:2015-05-30
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最近引っ越しをした。棚や屋根裏の片づけをするときによくある話だが、昔の写真や書類に気をとられて、荷造りなんかそっちのけで、久しぶりに目にするアルバムについつい見入ってしまった。

そのなかには、家族を連れてパリで暮らしていたころの書類もあった。山をあさっていると、ル・コルドン・ブルーへの出願書類が出てきた。この学校の入学希望者は、一般的な出願書類や履歴書のほか、入学審査委員会宛てに志望理由を書いて提出しなくてはならない。たぶん学校側はこれを読んで、経験豊かなシェフたちの貴重な時間を無駄にしない、真剣な生徒かどうかを判断するんだろう。僕がどんなことを書いていたのか、ちょっと見てみよう。


なぜ私はいまこの時点でル・コルドン・ブルーの料理講座を受けたいと思っているのか? 理由はいくつかあります。
第1に、私は大の料理好きで、料理にすっかり魅了されているのに、どれほど料理の本を読み、料理番組を見ても、まともに料理ができるようになっていないからです。
現在私はジャーナリストとして、料理やシェフ、レストランについて書いています。仕事柄ミシュランの星つきレストランで食事をする機会が多いため、最高峰の料理に触れ、関心をもつようになりましたが、その反面プロのキッチンでどのようにして料理がつくられているかをまったく理解していないことを、いつも痛感させられます。自宅のキッチンで本のレシピの通りに料理をつくることはできても、それは「うわっつらの料理」に過ぎません。料理の方法を「一から」学び直し、オート・キュイジーヌの技法を身につけ、食材を選んで使いこなせるようになり、最終的にはプロ並みの料理とメニューを自分で考案できるようになりたいのです。


第2に、ジャーナリストの仕事を長年続けてきた私は、心機一転新しい課題にとりくみたいと思っています。この課題を足がかりに新しいキャリアを見つけ、料理の世界に入ることになるかどうかは、ときを経なければわかりませんが、その答えを見つけるために、コース修了後はパリのレストランで研修生としてはたらくことを望んでいます。
いずれにしても、ル・コルドン・ブルーで要求されるレベルの料理をつくれるようになれば、より充実した人生を送れるようになり、一般のフードジャーナリストにはない、深い知識と権威をもって、料理について語れるようになると思うのです。

さいわい僕の応募書類は受け入れられ、その結果できたのが、あなたがいま読み終えたばかりのこの本だ――とても未熟だが熱意だけは人一倍の料理愛好家が、自分の技術に満足できなくなって、家族を連れて料理界の首都パリに引っ越し、フランスの経験豊かなシェフたちの下で修業した物語だ。シェフが教えてくれた知恵や知識をお教えし、僕たち家族がパリでどんな風に暮らし、どんな料理を食べたかをお伝えできたなら嬉しい。

パリとル・コルドン・ブルーですごした日々は、僕の人生をとても豊かにしてくれた。でも僕は、世界中に散らばった同級生の何人かとはいまも連絡をとり合っているものの、卒業以来一度も母校を訪れていない。パリにはもちろんしょっちゅう戻っているが、あの街に降り立ったときにいつも感じる、胸の奥が疼くような感傷――昔幸せに暮らしていた場所を再び訪れ、二度と味わえない穏やかな日々に思いを馳せるときに感じる、甘酸っぱいノスタルジア――のせいで、あの狭苦しく少々ガタが来た、15区の母校に戻れずにいるのだ(それに、思い出の場所には絶対に戻るなと言うじゃないか?)。

ル・コルドン・ブルーでシェフ修業をした1年の間に、僕は料理や食材、技法、盛りつけについてとても多くを学んだ。それだけでなく、自分の限界や強み、(とても意外な)潜在能力、欠点などについても理解を深め、プロのキッチンの実態に関するつらい真実を知った。

最近では自分の人生を、「ル・コルドン・ブルー前」と「ル・コルドン・ブルー後」に分けて考えるようになっている。つまり、完璧なジュ(だし汁)のつくり方を知る前の人生と、知ってからの人生だ。いまにして思えば、包丁セットや制服をもらうために学校に初めて行ったあの日の時点で、僕は15年間も料理をつくり続けていたのに、料理のことをほとんど何もわかっていなかった。あれはまさに人生を変える経験だった。

僕が日本と日本料理を愛するようになったのは、もちろんコルドン・ブルーを経た後だが、じつはふたつは直に結びついている。そもそも僕が栄えある日本料理の伝統を知るようになったのは、ル・コルドン・ブルーの同級生のおかげだ。伝統的なフランス料理漬けになった1年間で、膨大な生クリームにバター、チーズ、脂肪、スイーツを食べすぎて、ズボンのサイズが2サイズ上がってしまった僕に、彼はこれを読めよと、辻静雄氏の驚くべき著作『Japanese Cooking: A Simple Art』をくれた。あれはル・コルドン・ブルーでの日々と同じくらい、人生を変える瞬間だった。その意味で、僕はパリに行かなければ、こんなかたちで東京に行くこともなかった。つまり、日本のみなさんにこれほど読んでいただけるとは思ってもみなかった、『英国一家、日本を食べる』が書かれることもなかったわけだ。

このところパリと同じくらい東京に行く機会が増えていて、僕の大好きなこの2つの都市とその食文化の似ている点、違う点は何だろうと考えることが多くなった。

日仏間では過去50年のうちに料理においてさまざまな交流が行われ、豊かな実を結んでいる。フランスのシェフが日本料理の精緻さや繊細さ、簡潔さに初めて触れたのは、1964年の東京オリンピック時にフランス選手団とともに日本を訪問したときだと言われる。フランスに戻った彼らは、キッチンを根底から変革し始めた。当時フランスのオート・キュイジーヌのレストランは、まだ18世紀中頃のレシピとオーギュスト・エスコフィエの技法を主体とする、バターとクリームたっぷりの肉料理を出していたが、こうした新種のシェフたちと、彼らに感化されたポール・ボキューズ、アラン・シャペル、トロワグロ兄弟などが、すべてを変えた。地元で採れる旬の食材を重視し、魚介類や野菜を増やすことによって、伝統的なフランス料理から余分な脂肪をとり除き、より軽く、シンプルで、見た目にもそそるものにした。いわゆる「ヌーヴェル・キュイジーヌ」と呼ばれる料理革命だ。おなじみの話だろう?

皮肉なことに、フランス人が日本料理の叡智に気づき始めたのとちょうど同じころ、日本人もフランス、とくにパリのすべてに夢中になった。ル・コルドン・ブルーが、日仏関係のこうした一面で大きな役割を果たしたのはまちがいない。何十年にもわたって東京校とパリ校の両方で、偉大なレストランの伝統を日本人生徒に教えてきたのだから。僕がいたときにもパリ校には日本人生徒が何人もいたし、フランス中のミシュラン星つきレストランでは多くの日本人が研修生としてはたらいていた。いつか日本に帰って、フランス料理店やブーランジェリーを開くための準備をしていたのだ。

日本人のフランスへの心酔は、フランスの花形シェフが日本に押し寄せ、パリの有名レストランの支店を次々と開いた1980年代に定着したように思われる。ボキューズやアラン・デュカスをはじめとする有名シェフが東京や大阪に、また偉大なミシェル・ブラスが北海道に支店を出すなどした。もちろん、この本でもくわしくとり上げた、熱烈な親日家のジョエル・ロブションもだ。日仏の相互交流といえば、僕の大好きなパティスリーについても語らなければ片手落ちになるだろう。パリのパティスリーに日本が与えた影響(その逆も)はとても大きく、そのことはサダハル・アオキのめざましいキャリアにもよく表れている。僕はコルドン・ブルーからの帰り、ヴォジラール通りの彼の店によく寄り道したものだ。いまでは青木さんのおかげもあって、抹茶がチョコレートやバニラと並んでマカロンやエクレアの味として定着しているし、ゆずのガナッシュがダークチョコレートに絶妙に合うことに、パリのショコラティエの多くが気づいている。僕としては本家のパリよりも、東京の街中や、高島屋や三越のデパ地下のパティスリーで見かけるケーキの方が、洗練されていて繊細でおいしそうだと思うのだ。

ル・コルドン・ブルーでは、食事客は「最初は目で食べる」と教えられた。料理の見た目は、少なくとも初めのうちは、味と同じくらい大切だということだ。美しい盛りつけは究極の食欲増進剤なのだ。僕は盛りつけが苦手なせいで、ル・コルドン・ブルーのシェフに高得点をつけてもらえないことも多かった。日本人の同級生の盛りつけを見て、いつも反省させられた。彼らは皿の上に食材をどう配置すべきかを、生まれながらに深いところで理解していて、あの「仔牛のブランケット」でさえ、美しく見せることができた。

日本人はなぜこのように、料理の美しさをあたりまえのように理解できるんだろう? それは、見た目も麗しい多くの料理から成る、懐石料理の伝統があるからだ。美しい料理を愛でる心は、日本人のDNAに埋めこまれているように思える。懐石はとくに過去10年間に、欧米のオート・キュイジーヌに計り知れないほど大きな影響を与えている。フランス人だけでなく、イギリスのヘストン・ブルメンタールやスペインのフェラン・アドリア、そして僕の第2の故郷デンマークの友人レネ・レゼッピなどの新しい世代のシェフたちが、懐石料理の名人から学ぼうと、日本にはせ参じているのだ。

最近の欧米のレストランは、どんなに現代的で野心的、急進的な店であっても、懐石を料理の模範としている。地元で採れる旬の食材をもとにメニューを考え、視覚的なインパクトと知的複雑さに味と同じくらいの重点を置き、15から20種類、またはそれ以上の料理を少量ずつ出すシェフが増えている(数年前、念願かなってスペインのいまはなき《エル・ブジ》に行ったときには、40品を超える料理が出てきた)。

そのせいか、欧米の一部のフードジャーナリストの間には、シェフが独断で決めるコースメニューに対する反発があるように思われる。なぜなら器用さと斬新さをアピールするだけで終わっているものが多いからだ。こうした料理は、誇り高き日本の料理人が決して許さない、くだらない自己満足でしかない(《菊乃井》の偉大な村田吉弘さんは、あるとき僕にこう語ってくれた。「日本の料理人は、神さまが与えてくれた自然の産物を活かそうとするが、フランスのシェフは自分を神さまだと思っている」)。

偉大なシェフは、ヨーロッパ人だろうと、アメリカ人、日本人だろうと、キッチンにエゴをもちこまず、謙虚な気もちで食材を扱い、客の立場に立ったサービスを提供する。これはどんな料理のシェフについても言えることだ。

もちろん、ここ何年間で欧米をたちまちとりこにしてしまった、まったくちがうタイプの日本料理のシェフについても、同じことが言える。ヌードルスープの芸術家、ラーメン・シェフたちだ。ロンドン、パリ、ロサンゼルス、ニューヨークでは、とくに豚骨ラーメンが目下大流行中だ(とは言え、ロンドンで最高と言われるラーメン店でも、東京や博多のレベルにはまだまだ及ばない)。まともな焼き鳥を食べさせる店も、欧米を中心に増えている(デンマークでは、「スティック(棒)」というひどい名前で呼ばれているが)。

パリなど欧米のレストランでいま最も刺激的なトレンドも、日本を発祥としている。それは緻密で複雑なミシュラン星つき料理を、よりリラックスした雰囲気で提供する、格式張らないカウンター形式のレストランだ。ニューヨーク・ブルックリンの《ブランカ》やパリの《スプリング》、僕の地元コペンハーゲンの《レレ》などがこれにあたる。こうしたオープンキッチンの原点は、もちろん日本にある。大阪で生まれ、いまも栄える割烹料理の店だ。そしてこの本でもくわしく紹介したように、ジョエル・ロブションの世界的に成功しているレストラン・チェーン《ラトリエ》は、黒塗りのカウンタートップをはじめ、日本の割烹料理店の様式に大いに影響を受けているほか、旬の食材を使ったシンプルな料理という、日本料理の柱をなす原則も大いにとり入れているのだ。

僕がいま夢中なのは割烹料理の店だ。こぢんまりしているが、誰にでも開かれていて、連れと一緒に行ってもいいし、仕事柄ひとりで食べなくてはならないときでも楽しく食事ができる。僕にとって割烹料理店で食事をする大きな楽しみは、料理人がはたらく様子を見られることだ。ル・コルドン・ブルーでも、教官のシェフが料理をするのを直に見たことが、一番の刺激になった。熟練したフランス人シェフたちが、目の前ですばらしい料理をつくり、そのやり方をじっくり説明してくれたのだ。

パリですごした時間は、僕の人生の最良の時期だと思っている。楽しい経験ばかりではなかったが、どれも大切な思い出であることに変わりはない。

本書『英国一家、フランスを食べる』を通じて、日本のみなさんにそうした経験を紹介できるのをとても光栄に思っている。日本人とフランス人がお互いを、またお互いの料理をどんなに尊重し合っているか、僕は知っている。料理やフランスを愛好する日本のみなさんにこの本を読んでもらえれば、こんなに嬉しいことはない。
 

2015年4月 マイケル・ブース(翻訳:櫻井祐子)

マイケル・ブース
英国・サセックス生まれ。トラベルジャーナリスト、フードジャーナリスト。
2010年ギルド・オブ・フードライター賞受賞。日本の食文化を100日間取材した『英国一家、日本を食べる』『英国一家、ますます日本を食べる』(ともに亜紀書房)は大ヒットととなり、2015年、NHKでアニメ化もされた。本書も英ガーディアン紙、Time Out誌などで絶賛され、BBC Radio 4の週間ベストセラーにランクインするなどきわめて高い評価を受けている。他の著作に『The Almost Nearly Perfect People』『Eat, Pray, Eat』などがある。現在、家族とともにコペンハーゲン在住。
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