全米が泣きそう『紋切型社会』

足立 真穂2015年06月14日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす
作者:武田 砂鉄
出版社:朝日出版社
発売日:2015-04-25
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • 丸善&ジュンク堂
  • HonyzClub

「若い人は、本当の貧しさを知らない」「会うといい人だよ」「うちの会社としては」「誤解を恐れずに言えば」……う、言っちゃってるよ。使っちゃってるよ。そう自らを反省してしまうあなたこそ読むべき一冊。さて、「言葉で固まる現代を解きほぐす」とはどういうこと?

決まりきったフレーズがいかに思考を硬直化させているか。よくあるフレーズを例に挙げて、それぞれの言葉の背景にある社会の症状を読み解く。内容を書くとそうなる。だから、展開して行くストーリーがあったり、衝撃的新事実が明かされたり、というものではない。むしろ、テレビを見ていて感じていた違和感を、頭のいい毒舌の友達よ、シャキッと小気味よく斬ってくれてありがとう。そういう類いの本だ。小田嶋隆さんのコラムと、そういえば読後感は似ているかもしれない。

話題の一冊で、すでに書評も数多く出ているのでご存知の方も多いだろう。また、刊行が4月ですでに3刷とのことで、売れてもいるようだ。が、やっぱり紹介したくなる。というのも、なんともいえないパワーのある本で、身近な体験談や目にした言葉、読んだ文章の背景を鋭く模索してく道のりを描く筆致が、痛快なのだ。ついつい周りのひとに「あの本読んだ?」と感想を聞いてみたくなるのである。

紋切型定型句というのは無意識に使ってしまいがちなもの。なにしろその場をやり過ごすには楽なアイテムだと思う。何も考えずに済むから。だから私も使っている。あなたもきっと使っている。 

数ある中で、私がありがとう、ビシッと言ってくれて、とお礼を言いたくなった例をひとつふたつあげてみたいと思う。 

「全米が泣いた」<絶賛>の言語学

これは著者の武田さんが、長年出版社で編集者をつとめていた時代の体験談がベースになっている。事の発端は、書籍の帯に入れる文章だ。この帯文は担当編集者が書くもので、同業の私もよく書いている。武田さんは「待望の文庫化」と文庫の帯文に書いて、上司に「これは、誰が待望しているの?」とカウンターをくらったようだ。文庫に限らず単行本や雑誌のコピーなどなど、ほかにも落とし穴は業界に山ほどある。「新進気鋭」の例も文中にはあがっているが、そのシンボリックな紋切型ワードが「全米が泣いた」なのだ。

この辺りまで私は笑いながら読んでいた。だが、章の終盤になって他人事でなくなってきた。

「渾身」である。

10年も書籍単行本の編集者をやっていると、いろいろな事が起こる。7年ほど前のことだっただろうか、同業他社ながら同じ書籍編集者同士、数人で飲んでいたときのこと。こんな会話があったのだ。 

A:営業会議(多くの出版社で、本の内容やコンセプトを営業など他部署に編集部が伝える社内会議がある)でさあ、営業のヤツが急に叫びだしたのよ。「渾身、禁止!」って。

聞いたら、「最近は書籍のコピーに『渾身』が多すぎる。腹が立つ。もうやめろ」って。編集部サイドは全員シーン。沈黙しかないでしょう~。

B:「渾身」、見るね~。あと「珠玉」とか。……あっ。

C:他人事とは言えないね~。

『紋切型社会』の文中に紹介されている、北尾トロさんが鼎談で吐露したという次の言葉も、Aの会社の営業部員と同じ気持ちからだろう。

帯の文に、『渾身の』を安易に付けとく、みたいな風潮がさ。オレは『渾身』慣れしてるから、あ、また『渾身』だ!って目に付く
(『季刊レポ』17号からの引用)

渾身禁止令以来、数年は、Aの出版社の帯から「渾身」が消えた。確かに、21世紀初頭の10年ほどは特に、「渾身」が書籍周りには多すぎたように思う。ここでは「渾身病」と名付けておくが(というか、私の周囲ではそう呼んでいるが)、この病は、病巣ははっきりしないが少しでも気を抜くと症状が出てくる、なかなか治らないやっかいな病だ。本人が心底信じている場合も、もちろんある。

ところが、数年前のこと、Aの出版社のとある小説の単行本の帯に再びおなじみの二文字を発見。担当者は若手だったので、渾身禁止令を知らなかったのではないかと、状況を聞いた私は想像している。時代とともに、感性とともに、紋切型は変わりうる。

話がそれているが、念のため、この本では、紋切型の言葉を一切使うなとは書いていない。人を傷つけかねないことを、定型句に乗せて安易になにも考えずに伝える事にもの申す、という姿勢だからだと思う。つまり、考えてもっと言葉を選べ、言葉はこんなにあるんだぜ、と強調しているように私は読んだ。どんな状況であっても、問題は言葉そのものではなく、使う人にあるはずだしね。この本のおもしろさは、紋切型の言葉そのものよりも、背景を語るまでの途上にある。

ちなみに本書の帯文もチェックしておく。

いろいろと書いてあるが、紋切型を避けようとしたのか、面白いことになっているのが重松清さんの言葉だろう。

柔軟剤なしのタオルと同じ。読むとヒリヒリ痛くて、クセになる

読んでから目にすると納得の推薦の言葉だが、全米が泣きそう。私は「ヒリヒリ」の一言で書店でレジに持って行ったが、皆さんはどうだろう。 

紋切型になるかは受け手の問題もありうる。それぞれの症状とその背景には、腑に落ちるものもあればそうでもないものもあるかもしれない。でもだがしかし、筆致の快刀乱麻ぶりがあっぱれで、読んでいてやめられなくなった。

あえて言おう。新進気鋭の書き手の、待望の一冊だ。

もう続けざるをえない。著者渾身の力作だ。

ぜひ一読をお勧めする。 

記事へのコメント コメントする »

会員登録いただくと、記事へのコメントを投稿できます。
Twitter、Facebookにも同時に投稿できます。

※ 2014年3月26日以前にHONZ会員へご登録いただいた方も、パスワード登録などがお済みでない方は会員登録(再登録)をお願いします。

コメントの投稿

コメントの書き込みは、会員登録ログインをされてからご利用ください。

» ユーザー名を途中で変更された方へ
 変更後のユーザー名を反映させたい場合は、再度、ログインをお願いします。

HONZ会員登録はこちら

人気記事