『絶対に見られない 世界の秘宝99』クロムウェルの首

2015年7月19日 印刷向け表示
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『絶対に見られない世界の秘宝99』は、二度と目にすることができなくなった世界の秘宝や財宝をイラストと写真で読み解いた一冊である。どのなくしものにもそれぞれにユニークで興味深い物語があり、その核心にはどれにも共通の永遠の謎がある。連載2回目となる今回は、17世紀イングランドでクロムウェルの身におこった数奇な物語をご紹介。
1:失われた化石 7月17日公開
2:クロムウェルの首 7月19日公開
3:モンテスマの秘宝 7月20日公開

絶対に見られない世界の秘宝99 (NATIONAL GEOGRAPHIC)

作者:ダニエル・スミス 翻訳:小野 智子
出版社:日経ナショナルジオグラフィック社
発売日:2015-07-16
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死刑にされるのは、ただでさえ忌まわしい運命なのに、病死で埋葬された遺体を掘り起こされた上に、さらなる侮辱的な扱いに耐えなければならないのは、まさに二重の屈辱だ。これは、17世紀イングランドの 「国王殺し」の首謀者であり、初代護国卿のオリバー・クロムウェルの身に起こった数奇な運命の物語である。現在、クロムウェルの首はケンブリッジ大学シドニーカレッジ内の秘密の場所に埋められているはずなのだが、果たして真相は……?  

Getty/Bridgeman/English School

クロムウェルは、1640年代に勃発し国を荒廃させたイングランド内戦(ピューリタン革命)で、議会派「円頂党員」の中心として名を挙げた人物だ。1649年、クロムウェルは「国王殺し」、 つまり、国王チャールズ1世の斬首の判決に署名した代表者の一人となった。その後、彼は1651年 に成立したイングランド共和国(コモンウェルス)の指導者となり、自らを護国卿と呼んだ。しかし、7 年続いた彼の統治の独裁ぶりは、チャールズとたいして変わらなかったという。

クロムウェルは1658年9月3日にロンドンで病死した。その時から、彼の遺体は信じがたい運命をたどることになる。遺体は弔問のためにしばらく安置された後、王族の葬儀に準じた壮麗な儀式が執り行われ、ウェストミンスター寺院に埋葬された。父の後を継いで護国卿になった息子リチャードには才覚が無く、その無策な統治はあっという間に破綻した。それがなければクロムウェルの遺体は、そこでいつまでも安らに眠り続けていたかもしれない。民衆はイングランド共和国の終焉を求めて抗議の声をあげ、1660年には先王の息子チャールズ2世のもとで王政が復活した。処刑された父の無念をなんとかして晴らそうと画策したチャールズは、クロムウェルと、「国王殺し」 に加担した他の2人の遺体を墓から掘り出して、刑場があるロンドンのタイバーンへ運ぶように命じた。彼らの遺体はそこで絞首刑にされた後、切り刻まれ首を切り落とされた。体は穴に投げ込まれ、首は鉄の棒の先に突き刺されて、共和制主義者の残党たちへの警告としてウェストミンスター・ホールの前でさらしものにされた。

こうしてクロムウェルの首は、1661年前半から少なくとも1680年代の半ばごろまでそこにさらされていた。ところが1688年のこと、ロンドンを大嵐が襲い、クロムウェルの首は棒の先から吹き飛ばされて地面に転がり落ちてしまったという。それを見つけた守衛は大急ぎで首を拾い上げると家に持ち帰り、煙突の中に隠してしまった。

その後、クロムウェルの首は多勢の人々の手から手へと渡り、18世紀には金儲けの見せ物にされ、もはや不気味な警告を発するおどろおどろしい骨董品などではなくなっていた。こうした間に首の来歴はうやむやになり、買い手は売り手の話を鵜呑みにするしかなかった。あの偉大な歴史家にして文学者のトーマス・カーライルは「にせ密造酒」と称して首の由来を疑っていたが、1815年、ジョサイア・ヘンリー・ウィルキンソンは本物だと確信して首を手に入れた。首はその後、ウィルキンソンの子孫に受け継がれてゆき、ついに1960年、 ホレイス・ウィルキンソンによって、クロムウェルの母校ケンブリッジ大学のシドニーカレッジに安置されることになった。

これが、一般的に知られているクロムウェルの首の物語だ。しかしこれには、とんでもない矛盾が隠れている。実は、クロムウェルが死んだその瞬間に、遺体は行方をくらましてしまっていたのだ。遺体が防腐処理されたことまでは確かだが、その後すぐ、密かに埋葬されてしまったという有力な証拠がある。掘り返された棺の中に盛装姿で安置されていた遺体は、実は人形の胴体に蝋で作った頭を取り付けたものだったことはほぼ間違いない。その他にも、クロムウェルがウェストミンスターには埋葬されなかったと主張する説は多い。ウェストミンスターでは彼を敵視していた者に墓をあばかれる恐れがあったからだ。

クロムウェル永眠の地として挙げられている多くの地名の中で最有力候補はロンドンのホルボー
ンとネーズビーだ。市民戦争で彼が大勝利を収めた戦場である。これらの説がもし真実なら、シドニーカレッジにある首は、絶対にクロムウェル本人のものではないこということになる。

それでも、首は本物だとする証拠もある。1930 年代にカール・ピアソンとG・M・モラントという二人の医師がそれまでで最も科学的な試験を行った結果、その首は間違いなく当時の男性のもので、防腐処理が施され、確かに死後に首をはねられているという合意に達している。さらに、この首からは頭頂部の骨が外されていて、クロムウェルの首も死後に同様の憂き目をみたことと一致している。クロムウェル以外に、死後に頭蓋骨の骨を外されて、それから防腐処理が施され、さらに首をはねられた人物がいたなどという偶然はまず考えられない。ピアソンとモラントは「状況証拠から引き出された強い確信」によって、これは間違いなくクロムウェルの首だと結論づけた。

しかし、仮に彼らの見解が正しいとしても、埋葬場所は分らないままだ。クロムウェルの安らかな眠りを守るために、首が埋葬されている正確な場所について、カレッジ当局は固く口を閉ざしている。カレッジではまた、首の本当の身元についても、これ以上の科学的な調査を行うことは不本意だと言明している。

絶対に見られない世界の秘宝99 (NATIONAL GEOGRAPHIC)

作者:ダニエル・スミス 翻訳:小野 智子
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日経ナショナル・ジオグラフィック社 
雑誌「ナショナル ジオグラフィック」のほか、書籍、DVD、ウェブニュースを扱っています。1888年に設立されたナショナル ジオグラフィック協会において、初の海外版として創刊。写真のもつ力を駆使して世界のさまざな事象を伝えています。ウェブサイトTwitterfacebookで毎日情報を発信中。  

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