『イーロン・マスク 未来を創る男』マスクの下の素顔

内藤 順2015年09月16日 印刷向け表示
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イーロン・マスク 未来を創る男
作者:アシュリー・バンス 翻訳:斎藤 栄一郎
出版社:講談社
発売日:2015-09-16
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今年の前半くらいのことだろうか、「世界の終わり」をテーマとしたノンフィクションが非常に目についた。人類は人工知能に負かされるというもの、絶滅期がすでに進行しているというもの、テクノロジーを扱う人間側の問題として滅亡を予測するもの。いずれにしても悲観的な論調が多かったことを記憶している。これは多くの人がテクノロジーに対して希望を抱かなくなったことの証左なのかもしれない。

そんな中でも、少なからずテクノロジーに対する大きな期待を抱かせてくれる人物は存在する。その代表格が、スペースXテスラモーターズを率いて、電気自動車・太陽光発電・宇宙ロケットといった壮大な夢をぶち上げる男、イーロン・マスクだ。本書はイーロン・マスクによって公式に認められた、初の評伝である。

波瀾万丈という言葉が似つかわしい彼から、いよいよ目が離せなくなったのは2012年初めのこと。リーマン・ショックの後には、もはや終わりかと思われた彼の会社が、次々に前代未聞の成果を上げ始めた。

スペースXは、国際宇宙ステーションに物資補給用の宇宙船を打ち上げ、見事に任務を完了した後、地球へ帰還させた。そしてテスラは、セダンタイプの電気自動車「モデルS」を発売し、自動車業界を震撼させたのである。

はたして彼はどのような足跡をへて、宇宙移民の実現を目指したり、電気自動車を開発するようになったのか。そして彼の行動原理は、どのようなものなのか?ジャーナリストとして唯一、イーロンマスク帝国内部を描くことを許された著者が、その全貌に肉薄する。

祖国・南アフリカで壮絶ないじめにあった少年時代。苦い記憶の中にも、現在のマスクを彷彿させるエピソードが散見される。ペイパルマフィアの御多分にもれず、爆弾やロケットを手作りしようとしたこと。そしてSFが大好きで1日10時間、本にかじりついていることも珍しくなかったという。好んでいたのは、『銀河ヒッチハイクガイド』『指輪物語』『月は無慈悲な夜の女王』など。

そんな彼がコンピュータと出会い、導かれるようにシリコンバレーを志す。やがてかの地で会社を起業し売り払った後、銀行業に目をつけて立ち上げたのがペイパルマフィアの巣窟、X.comであった。ここでは、シリコバレー史上最悪と言われるクーデターにも遭遇する。

新婚旅行のさなかに、役員たちが不信任動議を提出し、すでに退いたはずのピーター・ティールが復帰する。しかし、そんな目にあってもイーロン・マスクはピーター・ティールを支持し、相談役として、むしろ投資額を増やしたのだという。この判断が、後に飛躍するための元手となるのだから、世の中分からない。

地球に帰還する能力を持つドラゴンv2
(写真提供:スペースX)

そしてこれ以降、単なる一人物の評伝から、まるでプロジェクトXのような業界再編のケーススタディーとしての色合いも帯びていく。規制にがんじがらめにされることの多いインフラ事業の世界にイーロン・マスクが足を踏み入れると、不思議なほどにその業界は面白くなる。そして人類が忘れかけていた夢、火星への到達を実現させるべく、スペースX社を立ち上げるのだ。

この国家規模の事業を、スタートアップのやり方で成し遂げようとするのがマスク流だ。ハングリー精神旺盛な若いエンジニアを揃え、走りながら考える。気に入らないものはクビにする。ストックオプション、スピード経営からフラットな組織構造まで、あらゆるところにシリコンバレー流を持ち込んだ、ありそうでなかった未来志向型の企業なのである。

この手法による決定的な違いは、コスト意識に表れる。財務面でのリスクをとることで、規制からは無縁の立場で、独善的にプロジェクトを推し進めることができるのだ。「宇宙分野のサウスウエスト航空」になるというミッションのもと、自前でエンジンを開発し、フィジビリティの領域でのイノベーションを目論んだ。

2012年5月22日ドラゴンは宇宙ステーションに接近、ステーション側がロボットアームを駆使して補給カプセルの受け取りに成功する。国際宇宙ステーションとのドッキングは、民間企業としては史上初の快挙であった。

テキサス州マグレガーの試験場(写真提供:スペースX)

そして彼が手がけるもう一つの事業が、電気自動車の旗手として耳目を集めるテスラモーターズである。彼が目指したのは、石油依存から脱却するための「100%の電気自動車」。リチウムバッテリーの性能を追求し、新時代の内燃機関の発明を志したほか、販売やマーケティングを自社でコントロールすることにも、とことんこだわった。

モデルSは後方に電気モーター、底部にバッテリーパックを搭載(写真提供:テスラモーターズ)

これを可能にしたのが、マスクのソフトウェア職人としてのスキルであり、マシンに適用する能力であったという。彼の口癖は「物理学のレベルまで掘り下げろ」というもの。そして思いもよらないような方法で「アトム」と「ビット」を融合させた実例が、本書ではいくつも紹介されている。

次に手がけるSUVのモデルX。「ファルコンウィング」が特徴。(写真提供:テスラモーターズ)

さらに彼の野望はとどまることを知らない。スペースX、テスラ、そして太陽光エネルギー産業のソーラーシティー、これらの企業同士を相互に結びつけ一体的な世界を生み出すという、いわば「統一場理論」である。テスラがバッテリーパックを製造し、ソーラーシティが顧客に売る。ソーラーシティはソーラーパネルを使って、テスラに充電スタンドを供給する。この理論を具現化することにより、人類は火星への移住に一歩ずつ近づいていく。

世間の非常識が、シリコンバレーの常識。だがそんなシリコンバレーの、さらに非常識を地で行くのが、イーロン・マスクの世界観である。裏の裏であるがゆえに、我々の見知った世界のものと一見似通っているのだが、その全貌はパラレルワールドのように斜め上をいく。

世の中を動かす、ヒト、モノ、カネ、情報。現在のシリコンバレーは、カネと情報にリソースが偏りすぎているということだろう。そして、誰もがプラットフォームになりたがりすぎる。だからイーロン・マスクは、その逆を張るのだ。

プレーヤーとしての末端部分まで全てを自分でコントロールし、ヒトとモノの動きにとことんこだわる。何より異なるのは、彼が社会的課題の解決を志向していることだ。最終的な目標はただ1つ、人類の滅亡を救うこと。まさに中二病のような夢を実現させるために、恐ろしいほど精力的に動ける人物、それがイーロン・マスクだ。

ピーター・ティールによる『ゼロ・トゥ・ワン』、リード・ホフマンによる『アライアンス』。昨年よりペイパルマフィア関連の書籍が相次ぎ、いずれも面白かったのだが、イーロン・マスクについては評伝という描かれ方であったことが彼らしいなと思う。

彼は自ら手がける製品を通して、すでに自伝を書く以上に雄弁であった。その背中越しにSF以上のシナリオを描き出していたことが、周囲の人物の証言からも見えてくる。そして、これからもきっと伝説を紡いでいく人物なのだ。

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)
作者:ダグラス・アダムス 翻訳:安原 和見
出版社:河出書房新社
発売日:2005-09-03
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文庫 新版 指輪物語 全10巻セット (評論社文庫)
作者:J.R.R. トールキン
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作者:ロバート・A. ハインライン 翻訳:矢野 徹
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